「夜見枯古書店心書譚」第十話
「……孤独が、私に反応したってことですか?」
「意外に察しがいいな。その通りだ」
先程、痛烈な不思議体験をしてしまったせいか、阿光の言葉を鵜呑みにしそうになっている。けれども、今は阿光の語る以外に説明がつかないのも事実だった。
「じゃあ、あなたの手に現れた蛇は、なんなんですか?」
「蛇? ……見えたのか」
阿光が、一瞬だけ鋭い光を目元に浮かべる。だが、美夜子はちょうどマグカップを再び持ったところだったので、それに気づくことはなかった。
「え? 見えましたけど」
「……言っただろ、僕は、物語喰らいだ。『心書』から溢れ出てきた物語を食べることができる」
「物語が、溢れる?」
「僕は、人の物語が見えるんだ」
「人の……物語って?」
「生きている以上、人間は様々な経験や感情を積む。僕にはそれが『物語』という形として見えて、必要以上にあふれている場合、それを食べることができる。お前が見えた蛇で、だ」
阿光はそれ以上説明する気はないようで、立ち上がると居間をぐるりと見まわす。
「親が不在気味なのは予想してたけど、こんな深夜までいないなんてな。今日は邪魔をした」
「あ。い、いえ。おかげで助かりました……タイミング、良すぎる気もしますけど」
「さっき説明しただろ。『心書』からあふれた物語が、お前にまとわりついていたんだ。昼間は問題なかったが、家に帰ったら何かあるかと思って様子を見に来たら、これだ。兄貴同様にとんだトラブルメーカーだよ、お前」
「はぁっ?」
「じゃあな」
一気にケンカ腰になった美夜子を見て、一瞬だけにやっと目を細めた阿光は、言葉通りそのまま玄関から去っていった。
ガランと人気のなくなった今に残された美夜子は、はっと今更ながら大事なことを忘れていたことに気が付く。
「どうやって、鍵のかかった玄関から入ってきたの……?!」
翌日、到底納得できない説明で放っておかれた美夜子は、案の定、寝不足により目の下にクマを作って登校した。
どんなに頑張ってあくびをかみ殺しても集中できない一日がやっと終わる――美夜子の肩の力が抜けそうになったその時に、担任から教室にいる生徒全員に向けての間延びした注意喚起で美夜子の集中力がぐんと上がる。
「はーい、みんな静かにー。えー、最近、この街で通り魔と思われる犯行が増えています。みんなも気を付けるように」
そうして、いつも通りに礼をして終わる。そうだ、通り魔だ、と同級生にあいさつされてにこやかに返事をしながら、美夜子は思った。通り魔だ。
兄が、あの夜見枯阿光と行動するきっかけになったのは。
5年前にも同じことがあった。
この街で愉快犯のような通り魔が現れたのだ。母が心配して美夜子を小学校まで送り届けする中、兄の帰りが遅くなったのをよく覚えている。
あの時から、兄と阿光の関係が始まったのだ。
そして、その通り魔は結局捕まらなかった。
もしかして……と、美夜子は頭の中で理論武装しながら、再び、夜見枯古書店へと向かった。
もしかしてこの街は、『心書』がたくさんある街なのでは? と、阿光に聞きに行くために。