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あなたに見えている世界と、あなたが見せている世界はこんなにまでちがう

これはある意味で、コメディであり、ある意味シリアスなどらまであり、明確なコミュニケーションだと言える。

例えば朝の地下鉄、つり革を掴んで立っているあなたの見えている風景は、あなたの居ない景色。例えば、立っているあなたの前で座っている人に見えている景色は、あなたを中心とした地下鉄車内の風景。
見上げるように座っている人から見えるあなたは、どのような印象なのだろうか?
そんなこと、考えて地下鉄に乗っているはずのないあなた。
この事を一瞬でも考えてみたらどうだろうか。

地下鉄から降りて、夏の日差しの中を
暑さと戦いながら、目的地を目指す。
あなたに見えているのは、街景色。
その街景色の中にあなたはいない。
あなたの前から歩いてくる人々
その人達からみたら、あなたは街景色の中に、確実に存在している。
暑そうに見えるか
あなたが感じている暑さよりも、むしろ涼しげに見えているか。
彼らに聞いてみたくても、そんなこと出来るはずもないことはあきらかだけど。
地下鉄の中のあなたも、そして街の中のあなたも、きっとあなたの知らないあなたに違いないから。
そう考えただけで
少し楽しい
あなたのいる世界の中では
あなたは誰かに見られることになり
言い換えれば、あなたは自身を、望む望まないに関わらず、見せていると言うことができるのです。
人間で、意外にも自分自身を引きで見ることが難しいのですよね。
鏡がそれを可能にするとしても、弾きで映るあなたは鏡の中のあなた。
そこには、光の透過も弱く、影も出来にくい。
だから、他人に見えているあなたじゃない。
空気の動き、日差し、身に付けたものの風合い、その素材感
あなたの動きにより
身に付けたものの風合いが、着ている 持っている つけているあなた以上に他人には見えているのですよ。


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