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KAMAKURA 今昔 その1 僕らと 杉山清貴 さん 楽曲の関係性

鎌倉の人は、湘南という言葉を使わない 逗子の人はどうだろうか 鎌倉、藤沢、このエリアで生活していて、湘南というワードを聞くことは、そう、せいせい #湘南有料道路  (今はもちろんありません) #湘南電車  (なんのことなく東海道線のことです) 程度、湘南という言葉は、外の人が使う言葉だから、湘南ナンバーなんて代物をつけたがるのは、所詮、人々がイメージする湘南エリア外の人々じゃないかな?? たどと、当時は言ったもので、鎌倉は横浜で十分だし、横浜ナンバーって、品川より、むしろ良くないか? などと感じていた。そんな、自意識の中で、湘南という言葉、サーフィンという言葉は、どこか除外ワードだったのです。

なぜ? サーフィン これは、 #波乗り  が正しいと そんな枕話は良いとして

今朝、午前4時 もちろん眠っていました。

ふと、目を覚ましたのです この55歳のジジイがですよ、目覚めた時 頭の中でこの言葉が、づつと響いていました。 響いて思い返して、何? これ、と思いながら その言葉は

窓際の 写真たてには 好きになる前の君がいる

眠っていた頭に、いきなり降ってきた言葉です。 聞き覚えの有る無しは、明確で、この言葉は物凄く良くしっていて、けれど、その出所が何なのか、頭の中で、結びつけるのには、少しだけ時間がかかりましたよ。なんせ、寝ていた朝4時ですから、紐づけを進めながら、なんか、懐かしいというか、苦しいというか、切なさを超えて、心が苦しい そんな感情に、思わず涙が出そうになったのです。 そうなると、もはや紐づけ作業など無意味で、感情と記憶があふれ出します。

ネタ元は #杉山清貴  さん   #思い出のサマードレス なのです。

それにしても、この詩 1987年のアルバム収録曲 なので、私が、22歳のころ、そうですよね あのころ、結構写真を部屋に置いていたりして、特に22歳でしょ、社会人1年目、あきれるほど目まぐるしい、そうそう。今の時代の人には、感覚的に理解されないかもしれない?? いや、アプリケーションは変わっても、気持ちは同じかも。

とにかく、付き合う前の恋人の写真なんて、常識で考えると考えにくいじゃないですか、でもこれ、サークルの集合写真なんかだと、そう容易に想像できませんか。 ただの、仲間だった時の恋人が写っているみたいな。

この詩が、言おうとするところは、別としても、の歌詞をかける、その能力、才能、感受性?? それに、55歳 親父の気持ちは ・・・

まあ、なぜ、そこまでといえば、そこには人生があるわけで

この作詞をしたのが、 松井五郎 さんだそうで、今更、こんな大物に 素晴らしい何も 無いのですが

そうなると、気になってしまい

#夏服最後の日

#サイレンスがいっぱい

いずれも、刺さる いいや刺さりすぎる歌詞が、襲うのです。

所謂 オケには、キラキラ リフが満載の、デジタル風、打ち込み風を 目指した、純粋アナログ制作物の時代の楽曲ですが、楽曲自体は色あせない魅力があり、一度聞いてほしいものです。

振り返れば

4年間を過ごした仲間 そこには、様々すぎる出来事があり、仲間といえど、笑って騒いで、泣いて騒いで、もう、グチャグチャなのに、好きで一緒にいるということは、本当に強いことで、いやでも肉らしくても、好きで一緒にいる仲間たちだから、男も女も超えていながら、男と女だから、もめて、男と女と男同士と女同士が、ひと時 集うことが、社会に出てからは、いかに無いのかを思うと、バカだった日に、死んでも戻れなくて、会えなくなった奴らを思い浮かべるともう、切なくて。

そんな午前4時が 2020年夏 こんな爺さんに訪れた

この夏、無性にレイバンをしたくなった・・・

サヨナラのリハーサル 

まだ、駄文が続きそうです

あ、マガジンにまとめますが、タイトル変わるかもです

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