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往復書簡的な

メタバースで一度もリアルで面識なくコラボしている『横浜読書会』そしてマロンさんへ。と公開書簡的に。

8周年のスライド資料制作のため、「約半年間。毎月1回」メタバース、clusterでコラボ読書会をしている横浜読書会のWEBサイトを拝見すると。さっそく今月の読書会のレビューが掲載されていたのだけれど。

(おそらくわざとw)私こと「スナ」が覗くことを事前に想定していたかのように自分の名前が文中で連呼されていて吹き出しそうになった。

まあ、それに対抗するかのように書くわけではありませんが。「気さくで優しくて楽しい」私もこちらで。

そうですね「マロン」さんとは直接の面識はありませんが、同じく「読書会主宰者」として共感を覚えるし、一方で私なんか足下にも及ばない「本に対する知識」加えて会のメンバーとのやりとりから感じる姉御肌・・もとい「カリスマ性」には強い刺激や学びを受けております。

また、リンク先の文章から(勝手に)引用すると。

”メタバース世界のコミュニケーションツールは、アバターと音声とチャットのみです。自己表現するのに、必要以上にもどかしさがあるものだと感じます。

ふらりと立ち寄って、ふらりと去っていく方も多いです。比較的自由度が高めなので、気軽に楽しめると思います。

そして、電源を切れば終わってしまう関係です。なんとも切ない気がします。

細い糸で繋がれた関係のようで儚げなのですが、そこが一つの魅力なのかも知れません。”

こちらの感想に対して新鮮に思うのは。私自身も(世代的にも?)以前はメタバースを始める前まではリアル至上主義というか。ネットやオンラインでずっとやりとりしているより「実際にリアルで話そう!そっちの方が熱量や情報量が段違い」と考えていたし。

実際に立地の良いエリアに自らのスペースを運営、活動していると「いつ会いますか?」と今も「いつでも」身軽にお声がけしやすい立場だと思うのだけれど。

メタバース、clusterではマロンさんより「ちょい先輩」な私。「自己表現のもどかしさ」「細い糸で繋がれた関係」というテキストを拝見しながら。そっか。だから自分は技術的には新しいはずのメタバースにインターネット老人会的な「懐かしさ」を覚えているのかもしれないと合点していたり。

うーん。これはアナログのフリペ屋してる理由だったり、どこかに書いたような気もするけれど。

ネット黎明期の匿名さと違って、あまりにも今はSNSやネットが接近【リアルと同一】に結びつけられ炎上やなんだと息苦しいので。むしろデジタルデトックス的にそこから『ネットから離脱すること』それが確かに【リアルやアナログで場所や時間、価値観を共有する貴重さ、贅沢さ】に繋がっていると思って、私はフリペ屋してますが。

それはさておき。

メタバースはアウトプットとしては直接的には違うけれど【方向性は同じ】というか。今はまだリアルに比べて表現は不自由な面もあるけれど、しかし。こちらもこちらで『別の選択肢』可能性溢れる【身体的、距離的な制約から解放され、匿名さが担保された】『デジタル新世界への離脱』だと思うのですね。

・・それこそかってのピーガラガラなアナログ回線のある、まだまだ「パソコン通信の延長線」みたいに不便なインターネットで私がNASAの(ちゃちい)WEBサイトを初めて見て感動したり『電車男』よろしく匿名チャット板の見ず知らずの人の善意に希望を感じた時のように。

うまく言えないけれど。マロンさん。横浜読書会の皆様、メタバースはもちろん、リアルでも機会があったら今後ともよろしくです。

私はリアルワールドで出会うこと、メタバースのみで交流すること。その2つは「どちらか」ではなく、並列していて【どちらの世界にも】無限の可能性を覚えていますので。

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