見出し画像

日本の近代化と民衆思想

"通俗道徳が自明の社会通念として普遍化してゆくと、どのような問題もその通念を通して処理しうるかのような幻想が成立する。そうなると、かって民衆生活の実態に適応していたヒューマンな性格は失われ、欺瞞的、偽善的、独善的なものに転化する"1974年発刊の本書は近代民衆史を真摯に追求した名著。

個人的に自己啓発ブームにうんざりしている事から本書を手にとりました。

さて、そんな本書は民衆思想史の第一人者として著名な日本の歴史学者である著者が60年安保の国会議事堂を包囲した闘争に参加した体験をきっかけに、60年代から70年代前半に発表した論考を一冊にまとめたもので、前半では江戸時代から明治にかけての民衆闘争を支えた思想が「頂点的思想家」の支配思想だけでなく『勤勉、倹約、孝行、忍従』といった日本人の精神性と言われる通俗道徳に基づいた民衆側にあり、結果としてのワナとして【支配者層にとって都合のよい秩序安定】に繋がっていた事を指摘。後半では江戸時代の一揆の実態や、明治維新によってもたらされた変化などを豊富な資料をもとに分析されているのですが。

全体的に安保闘争、その後の所得倍増計画で筆者が感じたであろう無力感や失望が背景にあるようにも感じましたが、一方でやはり。現在でもまことしやかに語られる『自己責任』論や、起業家ブームに伴う『拝金主義』の露骨な推奨にも共通して繋がっている感覚があって、なんともモヤモヤしてしまった。

また、新興宗教はもちろん、大抵の社会活動は当初はどれも貧しい民衆のためであったり純度が高いものだったのに、規模が拡大してシステム化や制度化される事で変質したり、あるいは打ち倒すべき敵であったはずの支配者層にとりこまれる流れを近代史上でも再確認し、こちらも複雑な気持ちになりました。

幕末から明治期の百姓一揆や新興宗教の実態に興味がある方、また自己責任、自己啓発といったおしつけに違和感を覚えている方にもオススメ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?