ウクライナで語られていない軍事的視点

抱えている仕事に支障が出ないよう、今回のウクライナ侵攻では最初からテレビ出演を辞退している。湾岸戦争以来、ことが起きるたびにテレビに出ずっぱりだったので、いささか寂しい気もしないではないが、初志貫徹、ながら族でニュースや情報番組を眺めている。

ロシアやウクライナについて、その分野の専門家の解説は勉強になり、頭に刻み込むことも少なくないが、不思議でならないこともある。ロシアのウクライナ侵攻から2カ月半になるというのに、押さえておかなければならない軍事的な視点がほとんど提示されていないのだ。

兵器の性能などの解説は行われてきた。しかし、軍事組織の運用を踏まえた話が、テレビだけでなく、活字メディアを含めて行われていない。

本稿では、以下の代表的な4点についてメディア報道の補足を試みたい。

4月中旬以降、ウクライナ東部ドンバス地方の掌握に向けたロシア軍の攻勢が活発化するとの予測のもと、戦車戦が行われると口にされるようになった。数に勝るロシアの戦車部隊が劣勢なウクライナの戦車部隊を圧倒するというトーンだったが、根拠とされたのは戦車が走り回るのに適した東部の平坦な地形だった。まるで第2次大戦のクルスク戦車戦のような解説ではないか。そういう場面もあるかも知れないと思う一方、多くはロシアの戦車が攻めあぐねる可能性のほうが大きいと呟かざるを得なかった。

それは双方の戦車戦力の中心をなす旧ソ連が開発したT-72と、同じ設計思想で生まれたT-80やT-90の運用に理由がある。

T-72の車高は2メートル20センチ前後と極端に低く、改良型では改善されたらしいが、初期のモデルは身長160センチ以上は乗務できなかった。車高を低くして、被弾面積を減らそうという考え方だ。ちなみに米国のM-1は2メートル40センチある。

そしてT-72は前面装甲を極端とも言えるほどに強化している。これは戦車壕に身を潜め、砲身だけを突き出して防御する場合に、低い車高と相まって強みを発揮する。しかし、全体の重量42〜45トンの相当部分を前面装甲に食われる結果、側面や背面、上部の装甲は薄くならざるを得ない。

そのロシア軍戦車が平坦地形で戦おうとすると、側面を狙われるし、ジャベリン対戦車ミサイルなどは上部装甲を狙うトップアタックモードで攻撃してくる。いくら弁当箱のようなリアクティブアーマー(対戦車ミサイルなどの破壊力を低減させる増加装甲)をまとっていても、戦車の機動力を発揮する戦いには向かないのだ。

これに対して、T-72系列を運用してきたウクライナ軍は弱点を熟知している。攻められる側だから当然、戦車壕の中でロシア軍を待ち受けるし、側面攻撃したり追撃する場合のみ、隠してある戦車を投入することになる。

そうしたソ連・ロシアの戦車の運用思想は1990年5月、世界で初めて東ドイツでT-72の中にTBSのカメラを入れたとき、私が実際に確認し、知ったことだ。

また、いかにもウクライナ軍の戦車戦力が劣勢のように報道されるが、ウクライナ軍は主力のT-72をはじめ約2600両の戦車を備えてきた。実戦投入可能なものを1000両弱として、今回の戦闘で損耗した分を差し引き、可動率を考慮しても相当数が残っている。ポーランドとチェコからの200両以上も加わる。これに対してウクライナ戦線に投入された侵攻ロシア軍の大隊戦術グループ(BTG)の戦車は合計1200両ほど。その500両以上が撃破され、ロシア本国からの補充を待つ状態に置かれた。守る側の3倍以上を投入しなければ勝てないとする攻者3倍の法則からしても、ロシア軍のほうが劣勢なのは間違いない。

ロシア軍のウクライナ侵攻が北側のベラルーシからのキエフ攻略であることも、昨年11月に発表された米国陸軍の専門家の論文から読み取ることができた。論文は兵站能力に関するもので、ロシア軍のBTGがフルに戦力を発揮できるのは物資集積拠点から72キロまで。145キロになると戦力は30%以上低下するというものだった。それをもとに作戦を立案すると、東部と南部は140キロ圏までの制圧にとどまり、北部のベラルーシから100キロ圏のキエフを狙うのが自然だった。

そのキエフ攻略だが、例年の凍土状態ならロシアの機械化されたBTGはいくつもの方面からキエフに進撃できたが、今年は温暖化で泥濘と化して、キャタピラを履いた戦車でさえ足を取られてしまった。泥濘地の問題は第2次大戦の4回にわたるハリコフ攻防戦でドイツ、ソ連の両軍とも乾燥するまで戦闘行動を停止したことが知られているが、2日ほどでキエフを攻略するとのプーチン大統領の前に軍部は抵抗できず、無謀な作戦となったようだ。原野を避けて幹線道路に集まったロシア軍は大渋滞を起こし、機動力を発揮できなかった。

ウクライナ軍の頑強な抵抗にも隠された秘密がある。2014年2月、ほぼ無血の状態でクリミア半島がロシアに併合されたとき、12万5000人のウクライナ軍で使い物になるのは5000人にすぎなかった。ソ連崩壊後、東欧諸国で成功例となったポーランドとは対象的に、ウクライナは内政の混乱で失敗国家の道をたどり、腐敗堕落の中で軍も能力が最低の状態にあった。

そのウクライナ軍のてこ入れにあたって、米国はウクライナ軍の組織と人事をたたき直し、既存の兵器を使いこなせるよう、再構築を行った。ジャベリンなどが供与されたのはトランプ政権になってからだが、それでもロシアに横流しされるのを避けるなどの理由で最新型の大型兵器は引き渡されなかった。ウクライナ軍がロシア軍との非対称型の戦闘で戦果を挙げているのは、この米国などの軍事指導によるところが大きい。

以上は、乏しい経験からの戦車戦に関する愚考と、あとの3点は同僚の西恭之氏(静岡県立大学特任准教授)によるウクライナ侵攻以前の論考に基づいている。西氏が昨年12月に書いたコラムによればロシアのサイバー攻撃の激化から米国はウクライナ侵攻を予測し、英国とともに専門家を派遣、対策を講じていたという。

このような基本的な情報や視点がメディアに登場しないということは、とりもなおさず日本全体が軍事を苦手としていることを物語っている。本当の平和国家への道は遠い。



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