日米同盟を知らない日本人(毎日新聞政治プレミア)

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、岸田首相は防衛力の抜本的強化を打ち出し、防衛費も大幅に増額される方向にある。内閣支持率も上昇し、防衛論議も活発化しているかに見える。

しかし、その一方で気になってならないことがある。日米同盟の信頼性について、「ウクライナに軍事力を投入しないような米国だから、いざというときに日本を見棄てるのではないか」といった不信感が顔をのぞかせることが多くなったことだ。

むろん、同盟関係にある日本と、NATO(北大西洋条約機構)に加盟していないウクライナでは米国の姿勢に差が出るのは当然だが、それでも日本国民からは「米国をアテにできるのか」という声が聞こえて止まない。

この姿勢は日本人のあなた任せの安全保障観に根ざしている。相応の防衛努力をした上で同盟関係の信頼性をアテにできるかどうかと言うのならよいが、同盟関係を結べば丸抱えで守ってもらえるかに受け止めてしまうのだ。

米国にとって日本がどれほど重要な同盟国なのか。ここに、それを示す米国防総省高官の匿名論文がある。2011年4月6日、「2022年、緊縮時代の国防」というタイトルで専門誌『スモール・ウォーズ・ジャーナル』に公表されたもので筆者名はネオプトレモス(ギリシャ神話の戦士アキレウスと王女デーダメイアの息子)。論文は米国の国防費削減に関するもので、国防長官の演説の形をとって国防費の3分の1をカットし、陸軍士官学校や軍人恩給なども廃止するという衝撃的な内容を納税者に訴えている。その中に海外駐留米軍の撤退も含まれているのだが、見逃してならないのは日本の根拠地機能だけは逆に強化し、日本から中国と対峙していくとしている点だ。

ほとんどの日本国民が知らないことだが、日本は米国の数ある同盟国の中で最も死活的に重要な位置づけにある。

日本列島に置かれた84カ所の米軍基地に支えられて米国はアフリカ南端の喜望峰までの範囲に軍事力を展開している。日本に置かれた出撃機能、燃料・弾薬貯蔵能力、情報機能は米本土の水準にあり、日米同盟を解消すれば米国はその機能の80%を喪失し、日本に代わる同盟国がないことから世界のリーダーの座から転落する可能性は少なくない。企業に例えれば米本土が東京本社なのに対して日本は大阪本社の位置づけにあリ、ほかの同盟国は支店や営業所にすぎない。それを日本の国防と重ねる形で自衛隊によって守っている。その意味で日本は最も双務性を備えた同盟国なのだ。

日本国民が誤解しているのは、米国が日本防衛の義務を負うのに対して日本には米国防衛の義務が課されていない点だが、これは敵国だった日本とドイツの軍事的自立を懸念する米国が両国の再軍備にあたって自立できない構造の軍事力の保有しか認めなかった結果であり、米国はその面での日本の軍事的貢献を期待している訳ではない。

そうした重要性を持つ日本である。だからこそオバマ政権のパネッタ国防長官は2012年9月19日、国家副主席時代の習近平氏に対して「(尖閣諸島のような)無人島であっても米国の国益であることをお忘れなく」とクギを刺し、翌2013年6月9日の米中首脳会談でオバマ大統領は国家主席になった習近平氏に対して「中国は米国と日本が特別な関係にあることを理解すべきです」と述べたのである。

ゲーム理論で知られ、ノーベル経済学賞受賞者でもあるトーマス・シェリングは、同盟国に提供する抑止力の信頼性を高めるもっとも確実な方法について著書『アームス・アンド・インフルエンス(軍備と影響力)』(1966年刊)で次のように述べている。

「その同盟国がアメリカにとってカリフォルニアと同様に重要であり、攻撃はカリフォルニアに対する攻撃とみなすと、仮想敵国に思わせること」

悪いことに、この古典的名著の翻訳が出たのは52年後の2018年で、それまで日本では著名な国際政治学者でさえ知らないことが少なくなかった。幸いにして、筆者は米国イエール大学留学時に原書で学んだ故・鴨武彦東大教授からシェリングのことを教えられ、名著のエッセンスについては同僚でシカゴ大学政治学博士の西恭之静岡県立大学特任准教授に教えを受けることができた。

そして、先に述べたように日本列島はシェリングの言うカリフォルニアに比肩する実態を備えている。

言うまでもなく、日本が平和と安全を実現していく現実的な選択肢は日米同盟を活用するか、他国と組まない形の武装中立を図るかしかない。日米同盟は現在の防衛費の範囲で世界最高レベルの安全が実現され、費用対効果の点でも優れている。武装中立で現在と同じレベルの安全を確保するには年間20兆円以上の防衛費を必要とする。そうであれば、日米同盟を活用し、より信頼性を高めるためにも、米国にとっての日本の戦略的価値を把握し、理にかなわない米国の要求を退けるとともに、日本としての役割分担を強化し、米国が手を引きたくてもできないようにしておく。これが同盟関係を選択している国の基本姿勢だ。

米国をアテにしてよいのかというレベルの議論が行われているうちは、国会に代表される日本の民主主義は形式に流れていると言わざるを得ない。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?