見出し画像

ウワバミの腹でみる夢

先月、10年ぶりに箱根へ行った。
10年前に訪れたのは、私が幼少期から愛しているサン=テグジュペリの星の王子さまミュージアムに行くためだった。
そして今回もやはり、変わることなく愛している星の王子さまミュージアムに行くために箱根へ行った。

こんなにも愛しているのに、今月いっぱいで閉館することになったというお知らせは私の心を本当に寂しくさせている。


行けるの嬉しいけど、なくなっちゃうのさみしいなあ、と言いながら荷造りをしていたら夫が「君が持っている星の王子さまの本も連れていってあげたら?なんか記念スタンプとかあったら押したら素敵じゃない?」と提案してくれた。
多分何かしらのスタンプはあった気がするし、なかったとしてもそう提案してくれたのが嬉しくて、私はぼろぼろの本を鞄に詰めて旅のお供とした。


私の持っている本は、元々は長兄のものだったはずだ。

子どもの頃、我が家は各自の部屋とリビングに本棚があり、私はそのどれもを自由に行き来していた。
リビングの本棚は母の仕事関係の本や古書、クロスワードや昆虫図鑑、私のお気に入りだった絵本が詰まっていて、兄たちの部屋の本棚には新選組などの時代小説や少年漫画、バンドスコアやファッション雑誌ばかりだったが、端っこには長兄が好きだった王さま探検隊やムーミン谷のなかまたちなどの児童書が何冊か置かれていて、その中に星の王子さまはあった。
その本棚は長兄の心の中そのもので、今でも兄と話していると私はムーミン谷や秘密のチョコレート箱、井戸を隠している砂漠が見える気さえするから不思議でたのしい。

いつだったか、私が星の王子さまを読んでいると兄が来て「サン=テグジュペリは本当にパイロットだったんだけど、最後は飛行機に乗ったまま行方不明になっているんだ」と言い出した。
私はそれを聞いて少し興奮しながら、砂漠に落ちたんじゃない?と言った。砂漠に落ちて、本当に王子さまと会っちゃったんじゃない?と言った。
私がこの本を深く愛しているのは、その時に兄が「俺もそう思う」と嬉しそうに笑ったせいもあると思う。

星の王子さまを何度も読むので、私はそのうち自分の本棚に仕舞うようになっていた。
そのまま実家を出るときも当然のように持って行ったし、今も私が持っている。
兄も私が所持していることに何も疑問も文句もないだろうし、無論私自身もそうだ。
けれど星の王子さまミュージアムでスタンプを押すとき、私はなんとなくいたずらをしているような気分でくすぐったかった。
長兄が読んで、次兄が読んで、私が読んで、兄弟三人でシェアした本だけど、でもやっぱりこれは長兄の本だったのだなあと感じた。


星の王子さまミュージアムは閉館が決まったこともあってか、とても人が多かった。
並んでいる時間は、本を開いておすすめのシーンを夫に読んであげたりした。
待ち時間を一緒に楽しんで過ごせる人はとても心地良い。夫のことが大好きだと思った。

サン=テグジュペリの生涯の展示がすごく良かった。
傷んでしまいそうなほどやわらかい部分を心に残したまま大人になった人だと思った。

帰りにミュージアムショップで、サン=テグジュペリが乗っていた飛行機のペンダントを買った。プロペラもちゃんとまわってとても可愛いペンダント、おめかし一軍ペンダント決定です。
夫はキツネの刺繍がされたランチバッグを買った。
キツネのことを「頭を打たれるような真理を言うからかなり好き」と言っていた。わかる。


星の王子さまミュージアムがなくなるのは本当に寂しい。
けれど「絶対また来る!」と決めてから10年という月日が経っても来ていなかったので、おそらく閉館するとならなければまだ行っていなかったかもしれない。
人間はいつだって愚かしいです。
あって当然なものって一個もないし、今は今しかないのにそのどれも忘れがち。
また何か忘れそうになったときは、スタンプを押した星の王子さまを開いて自分を戒めるようにします。



月の光/辻井伸行
https://open.spotify.com/track/044vOEYx8AJIWTms4OB8QZ?si=5_ltEq9XQKqvRAb63KOkqA&context=spotify%3Aartist%3A5JvADyrajwcXaAeqxyDg5j


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?