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破壊的な振動と建設的な振動

恨みを抱えた人間は、どんなにその恨みの存在を表面に見えないように隠し込んでいたとしても、その人の根底で"破壊的な振動"として存在し続けうっすらとでも影響するくらいには外へ滲み出てくる。どんな思考や言動もその振動の影響下にある。

私は今思えば、物心ついた時からそんな状態で、同じようにそんな状態で生き続けている両親を見て成長した。
私にはそうやって生きるシステムが嵌め込まれているのだと今まで信じ込んで生きて来たのかもしれない。
そのことにも、もがき苦しんできていた気がする。逃れられないんだけど、逃れたいんだというアンビバレントな心。

在日韓国人という人種の歴史に宿っている恨み、暴力を振るう父への恨み、幼少期の最大の願望は父が消えて欲しいことでそれを叶えてくれない母への恨み。
どれもどうしても逃れられないものだった、でもずっと逃れたかった。

心が満たされた経験がなく、無意識という心の根底の部分が「このまま満たされないまま生きていくんだ」と信じたことで、
意識は満たされることを外へ求めて思考し行動を起こしていた。自分ではなく他が満たしてくれることを期待、または強要していた。
そしてそれはどうやっても、思考や言動の隅々までを破壊的な振動が影響を及ぼしながら、対外的な世界に向かい外と関わっていくことになった。
満たされたいけど満たされなくて、それがもとで恨みはどんどん根を張った。


満たされないことで破壊的な振動を帯びた状態で、自分を含む外の世界と関わっていた。
だけどそれでは満たされることとは反対を向き、反対を進む道の上にしか立てなかった。


ある膜の中に籠って、満たされないと信じ続けていたけど、
精神分析を一つのきっかけひしながら自分なりに四苦八苦する中で「なんか満たされた気がする…」とある時に初めての感覚を感じたことで籠っていた膜を突き出てたとき、膜の中で全身に鳴り響いていた"破壊的な振動"から解放された。
振動が止んだ時に初めて、その振動が存在していたことを知る。


満たされたことを心の芯で感じた時、
その満たされた心で建設的な方向を向くことができた。破壊的な方向ではなく、建設的な方向に伸びている道が私の立つ場所に出来ていることに気がつく。

建設的な道の上を、恐れることなく安心して歩いてみたいと思う。今まで知ることのなかった道の歩き心地を心身で十分に味わいながら。
そのうちに、建設的な振動が心底心地よく心身に響くのを感じているかもしれない。


風が強くてよく冷える場所で見つけた霜柱。
その場所でしか生まれない純粋で必然的美しさ


なんであれ、父と母という人間を最後までどうしても許せない部分があるとしたら、暴力という破壊的振動を生むことを辞められないでいるということかもしれない。と、いま思う。

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