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今日は独歩忌

今日は独歩忌だ。
国木田独歩がなんで有名なのかは実は知らなかったりする。

東京専門学校英文科中退後、1892年「青年文学」を創刊し
そして1893年「欺かざるの記」の執筆を始める。内面を赤裸々に綴った日記である。大分県の佐伯で英語・数学・歴史の教師を始めるが、その翌年の1894年には、国民新聞に勤め日清戦争での記事を書き、「愛弟通信」という弟に宛てた手紙を発表して、名声を上げる。

Il fonda un magazine littéraire, Seinen bungaku (« Littérature pour la jeunesse ») en 1892, et commença son journal intime Azamukazaru no ki (« Un Témoignage honnête ») en 1893, l'année où il commença à enseigner l'anglais, les mathématiques et l'histoire à Saiki, une autre région rurale du pays.
Il rejoignit le journal Kokumin Shimbun en 1894 en tant que correspondant de guerre. Ses articles sur le front de la guerre sino-japonaise, très respectés, seront publiés dans un recueil posthume appelé Aitei Tsushin (« Communiqués à un frère aimé »).

翌年には「国民の友」という雑誌を立ち上げ、そこで佐々城信子とであう。
ここがひとつターニングポイントである。詳しくは有島武郎が「或る女」という小説に残している。信子の両親から反対(独歩と結婚するならむしろ死を選べ)にあうにも関わらず1895年に独歩と信子は結婚する。生活困窮を極める中、信子は佐々城家に幽閉され、わずか5ヶ月で離婚になる。
経緯を少し書くと、独歩は単身北海道に先に旅立ち、信子を待っていたのだが、いつまでも待てず、帰京し、徳富蘇峰の骨折りで祝言をあげ、逗子で生活をはじめるが、粗末な食事に豪奢な家で育った信子は耐えられず出奔する。独歩はやっと探し当てるのだが、病院で臥せって衰弱した信子をみて、ようやく離婚を決意するのである。この結婚の失敗は心的外傷となり、
独歩の精神衰弱(dépression)と苦脳(angoisse)が「欺かざるの記」の1908〜1909年の記述にみてとれる

L'année suivante, il s'installa de nouveau à Tōkyō. Il y édita le magazine Kokumin no Tomo (« L'Ami de la nation »), et y rencontra celle qui deviendra plus tard sa femme, Sasaki Nobuko (Arishima Takeo est supposé avoir basé son célèbre roman Aru Onna sur elle). Ils se marièrent en novembre 1895 malgré l'opposition de la famille de Sasaki (sa mère l'encouragea à se suicider plutôt que se marier avec Kunikida). Doppo ayant ensuite des difficultés financières, Sasaki, enceinte, divorça après seulement cinq mois. Ce mariage raté traumatisa le poète ; sa dépression et son angoisse peuvent se lire dans Azamukazaru no ki, publié de 1908 à 1909.

離婚の後すぐに、独歩の筆はロマン詩の方へ転換する。彼は田山花袋、柳田國男とともに「叙情詩」を共同執筆する。このときの多くの詩が後に「独歩吟」になり出版される。小説「源叔父」も同様だ。彼はロマン派の叙情詩という新しい文学の先駆けになるのである。
1898年に榎本治(ハル)と再婚し最初の文集「武蔵野」を出版、「春の鳥」でロマン主義の頂きを上り詰めたと思いきや、「竹の木戸」「窮死」などを発表し自然主義文学の色調を帯びてくるのである。

Peu après son divorce, son style se tourna vers la poésie romantique ; il fut le coauteur de Jojoshi (« Poésie lyrique »), un recueil de poésie publié en 1897, avec Katai Tayama et Yanagita Kunio. C'est en cette époque aussi qu'il publia plusieurs poèmes qui seront plus tard recueillis dans Doppo gin, ainsi que la nouvelle Gen Oji (« Vieux Gen »). Il introduit un nouveau style de littérature romantique lyrique.
Il se remaria en 1898 avec Enomoto Haruko et publia son premier recueil de nouvelles, Mushashino (« La Plaine de Mushashi ») en 1901.
Toutefois, son style commença à se changer. Quoique Haru no Tori (« Oiseaux de printemps »), atteindra les plus hauts sommets du romanticisme de l'époque, ses œuvres postérieures, dont Kyushi (« La Mort d'un pauvre ») et Take no Kido (« La Porte de bambou »), indiqueront une préférence pour le naturalisme.

最近は文豪はゲームのキャラになっている。キャラとしての国木田独歩をみると的を得ているようで楽しい。
”常に情熱的で斬新な思いつきを語るが、落ち込むときにはとことん落ち込む浮き沈みの激しい性格、、、”とある。
ロマンと自然主義の過渡期を独歩自体が歩んでいるのである。
日本の自然主義を語るとき 文豪ゾラは外せない。”ルーゴン・マッカール叢書”の試みは人間の(観相学を含めた)観察を血縁と遺伝とともに語りつくそうとするものである。人間の性質について探求する姿勢が「牛肉と馬鈴薯」にもみられる。また、「武蔵野」の自然がなぜそうなっているのかを語る独歩は冷静な筆致でこれを綴る、しかもどこか叙情的でもあるように思う。
「牛肉と馬鈴薯」では牛肉が現実で理想が馬鈴薯である。そういった二項対立を自然主義よろしく持ち出してきた。
おそらく馬鈴薯が理想というのは、信子を待っていた北海道への思いとつながるのであろう。そして理想を唱えつつも、破綻のトラウマを抱える独歩は豪奢な対立候補として牛肉を相手取る。そこに岡本が登場して「驚く人」というテーゼを打ち出す。質実剛健な理想にロマンを求めた独歩は、現実を突きつけられ、アウフヘーベン(止揚)し、新たな見解をもつようになるということであるが、岡本の語り口は冷静でありながらも熱を帯びており、そのバランスと筆致こそ、独歩らしいとも思える。
武蔵野については、また来年書こう。

”文豪のアルケミスト”には「かなりの人たらし」とも書かれている。
徳富蘇峰や柳田國男や田山花袋といった文人たちと人生を切り抜けて生きた独歩は人を惹き付ける魅力があるのだろうと推察する、また、二番目の妻は大家さんの娘・・・なんか恋愛体質も備えているような気がする。
 何度も職を変えるという転身の早さだったり、それなりに器用であるとは思うし頭脳明晰さも持ち合わせながら、独歩と結婚するなら自殺しろとまでいう佐々城家の現実を突きつけられる彼の心境を慮ってみるのである。
実は文章を読みながら(これを書く際に何冊か読んだ)才能の差があるのでおこがましいが、私も似たところがあるな、と感じてしまった。
「湯河原」では恋愛が思い通りならないのに拗ねて登山に出かけてしまうが、そういう部分は読んでいて恥ずかしささえ覚えるのだ。
毎年この日は独歩の作品を読んでみる日にしようと思う。
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<来年の宿題>
・武蔵野の自然主義
・春の鳥
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●見出し画像は
武蔵野市にある文学碑 柳田國男らが共同して建てた。
(画像はお借りしました)
徳富蘇峰をはじめ多くの文学者の強力なパワーを惹きつけた彼の魅力にこれからも迫りたい。



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