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本人にも分からなくなった「本来のその人の可能性」を再発見する "対人支援"の現象学的分析 犬尾陽子コーチの事例

現在私は、カウンセラーやコーチなど、様々な対人支援者に対するインタビュー調査を個人的に行っている。この記事は、インタビューの分析の過程と結果を、逐次公開していくものである。

なお、今回の記事の執筆では、東京大学の後輩である田中優之介さんに、秘密保持契約を結んだ上で、インタビューの文字起こし、データの現象学的分析、図の作成など、記事の作成の半分以上を担っていただいている。感謝を申し上げたい。

今回のインタビュー対象者

今回は犬尾 陽子コーチのインタビューを分析した。

前回はcotreeのコーチの一人である茂木さんのインタビューを分析したが、犬尾さんはcotreeとは全く関係なく、cotreeの外部で活動されているコーチである。cotree外部の対人支援者でインタビューを引き受けてくれる方を探していたところ、同僚でもある馬締(まじめ)さんに紹介いただいた。

犬尾さんの経歴・プロフィールは以下。

大学(理学部化学科)を卒業後、IT業界、イベント業界、ウエディング業界を経験。2006年に内閣府 東南アジア青年の船事業の日本代表に選出され人材育成と出会う。その後、人材育成コンサルティング企業にて、研修講師、マーケティング責任者、営業コンサルタントとして従事。担当企業は、スタートアップベンチャーから4万人超の大手企業まで多数。

CPCC取得後、プロコーチ、人材育成コンサルタント、研修講師として独立。コーチングセッションでは、学生から経営者まで20代から50代まで幅広いクライアントを持つ。また、2016年から幸福な国 北欧デンマークを研究し、スタディツアーを主宰。日本流の幸福な生き方・働き方・学び方を展開する研修やワークショップ等の活動も行う。

<保有資格>
・キャリアコンサルタント(国家資格)
CTIジャパン コーアクティブリーダーシッププログラム修了
コーチング CPCC(米国CTI認定)
アセスメント Hogan Assessment認定コーチ
・ポジティブ心理学プラクショナー(JPPI認定)
・上級心理カウンセラー(JADP認定)
・高等学校教諭一種免許状(理科)
・中学校教諭一種免許状(理科)
・保育士(国家資格)

cotreeはカウンセリング事業を主としているところもあり、メンタルヘルス 業界らしい特色が強いが、犬尾さんは人材業界からコーチになっていることもあり、メンタルヘルス的な色合いは感じなかった。今回の犬尾さんのインタビュー分析では、コーチの分析というだけでなく、cotreeで行われているコーチングが、他のコーチングと比べてどのような特色があるかを考えるための「視点」を確保することも目指した。

なお、今回の分析結果の全体像の図を以下に掲載しておくので、参考としていただきたい。

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また、(=> 補足分析)と書いたところでは、本文中にかけなかった分析について、別記事にて別途紹介している。

予備分析: 犬尾さんとコーチングの出会い

まずは、犬尾コーチの紹介を含めて、犬尾さんの経歴を見ていく。※1

[ブロック1: 犬尾さんの経歴]
犬尾 私それこそ人材育成の世界に入ってもう13年くらいになる中で、その時はまだ一人一人の人生っていうよりは、もうちょっとイベント寄りの、感じだったんですね。ウェディングの仕事してたり、とか。そうのがあるなかで、よりこう、マス、同時に、大多数の人に対しての、何かインパクトを与えるようなイベントが面白いと思ってたんですけど、それって一過性だなと思ったんです。ウェディング、今日は楽しい、あの、新郎新婦の入場です、で、みんなバーって盛り上がって。で4時間の披露宴は確かに楽しいけど、そこで切れちゃう感じがしたし、人生がその後大きく変化はしない。うん。そのあと、研修の仕事してる時に、研修は一時的にはちょっと影響はあるけど、それも会社が用意している研修とか企業研修は、会社にフィットする人間を作っているのであって、その人の人生に大きな影響をそれほど及ぼさない、というか限定的?、その人の人生とかライフ全体ではなく、その会社の中の、世界、コミュニティで存在していくけど、出た瞬間に、なの、何が残ってるんだろう、っていう感覚があって。さらに探究、人間の探究を深めてったら、コーチング、っていうのはなんかそのー、ライフ全体を包むなぁって思っていて。でその人の根本的な価値観とかやりたいこととか、あのー大切にしたいものとかっていうところにアクセスしていくと、ほんとにその人のその後の人生全部まで、大きな、なんか、あのー、広がり?可能性?が…、作れるっていうか、変えられるっていうか、あ、そういう仕事なんだなっていうふうに…、どうでしょうね、5、6年前に気づいたのかな。もっと、もっと最近かな。もともと業界的に人材育成なので、コーチングは知っていたし、周りもコーチいたので、でも自分がその時にそれをやろうっていう感じではなかったんですよね。なんか、自然な流れの中でコーチングを、やることになりましたね。

犬尾さんの経歴として、ウェディングの仕事 -> 研修の仕事 -> コーチング という流れが語られる。その経歴の中で、犬尾さんはコーチングという仕事を「その人の根本的な価値観とかやりたいこととか大切にしたいものにアクセスしていく」ことで、「その人のライフ全体、その後の人生全部、大きく変えられる仕事」である、と特徴付けている。

ここで、それぞれの仕事の比較軸として、その仕事が相手の人生に与える影響の範囲が話題になっていることを整理しておこう。

ウェディングの仕事は、同時に、大多数の人に対してインパクトが与えられるが、あくまで一過性のものであり、時間的広がりはない。また、研修の仕事は、特定のコミュニティという限定的な世界にしか影響がなく、人生の特定領域にしか広がりをもたない。

それに対し、コーチングの仕事は、<ライフ全体を包む>仕事であり、時間的広がりと領域的な広がりのどちらも満たす仕事である、ということがここでは指摘される。

[ブロック2: 犬尾さんがコーチングをやるようになったきっかけ]
筆者 それ(引用注:コーチングをやることになった)って、どういった流れだったんですか?
犬尾 なんか、お、この日だったなっていう人生の境目があったんですけど、すんごい、単純に私の昔の仕事仲間とランチしてて、その、仲間が、ま、コーチだったんですね。それで私は、そんとき社労士の資格の勉強をしてて、(中略)社労士の勉強はどうもね、つまんなかったんですよね。7個の法律の本が全部同じに見えて。で、つまんないんだけど、あと1ヶ月で社労士の一応ね、国家試験の、もうお金払って申し込みもしてたから受けるの、で、その人になんかすっごくつまんないんですよ、なんか全部おんなじに見えて、つって、こうなんかそんな話をしたら、その人にすっごいストレートに言われたのね。「え、それほんとにやりたいことですかー?」って言って。で、「わかんないけどなんか興味があるから」って言ったら、そしたら「僕が言います、今すぐそれをやめてください」つって。
筆者 ほえー、すごい!
犬尾 うん、そう、誰も言わないようなことを言いますっつって。そしたらね、なんか、すーっとしたんだよね。あ、やめていいんだな、みたいな。うん。で、さらになんかもしコーチングの世界には興味があるけど、優先順位が下がってたのが、その人のその関わり、別にランチ、ただただしてたんですよ。久しぶりに、その人の関わりで私なんかそういうのやりたいわ、って思って。その人の人生がすっと動くような、余計なものを全部取り除いていって、もっともその人の、やりたい方向とかエネルギーが出る方向に作用するような、働きって、仕事って面白いなって。まもともと、すぐ、興味があると勉強したくなっちゃうタイプだったんで、それで、もうその人と会ったその日のうちにあのーコーチングの学校に、申し込みした、みたいな。
筆者 やっぱ、(犬尾さんは)行動力がやっぱすごいですよね。いくらだったんですか、コーチングの学校。
犬尾 はっはっは。そんときはね、50万くらいかな。
筆者 すげー
犬尾 そう、上級コースまで結局行ったんで、トータルで150万ぐらいかかったんだけど。

先のインタビューの続き。犬尾さんには、コーチングに携わるにあたり、<この日だったなっていう人生の境目があった>。その日の出来事が語られる。

犬尾さんは、仲間のコーチと、ただランチをしていた中で、<その人の人生がすっと動くような、余計なものを全部取り除いていって、もっともその人の、やりたい方向とかエネルギーが出る方向に作用するような、働き>に触れ、<私なんかそういうのやりたいわ>と感じ、その日のうちにコーチングの学校に申し込む(50万円もしたそうだ)。犬尾さんの飛び抜けた行動力が垣間見れるが、それだけ衝撃的な体験だったのだろう。

この日の犬尾さんの体験を整理してみよう。犬尾さんは、<なんかすっごくつまんない>ものの、<もうお金払って申し込みもしてたから>社労士の資格勉強を行っていた。ここでは、この社労士の資格勉強(へのとらわれ)が、<余計なもの>として語られる。そして、ランチをしたコーチの「僕が言います、今すぐそれをやめてください」という一言によって、<あ、やめていいんだな>と感じた ※2。その後、興味の沸いたコーチングを学ぶため、すぐにコーチングの学校に申し込んでいる。これは、犬尾さんの言う<人生がすっと動くような>経験、「余計なものを取り除いていって、その人のエネルギーが出る方向に作用するような働き」の具体例だと言える。

ここまでの分析で、犬尾さんのコーチング観を特徴付けるキーワードが出揃っている。【1. 余計なもの】【2. アクセス】【3. その人の人生がすっと動く】の3つのキーワードを、犬尾さんのコーチング観を特徴付けるキーワードとして抽出し、それぞれを分析テーマとした。

分析テーマ1:【1. 余計なもの】とは何か?
犬尾さんのコーチングにおいては、<余計なものを全部取り除いていく>ことが目指されている。分析テーマ1では、【1.余計なもの】の具体的な内容を明らかにしつつ、犬尾さんの依拠する人間観について紐解いていく。

分析テーマ: 【2.アクセス】の実践
犬尾さんは、コーチングを「その人の根本的な価値観とかやりたいこととか大切にしたいものにアクセスしていく」ことで、「その人のライフ全体、その後の人生全部、大きく変えられる仕事」だと語る。分析テーマ2では、【2. アクセス】が、実際にコーチングの中で、どのように実践されていくかを明らかにする。

分析テーマ3: 【3. その人の人生がすっと動く】という運動
【1. 余計なもの】を取り除くこと、その人の根本的な価値観とかやりたいこととか大切にしたいものに【2. アクセス】することで、クライアントは、【3. その人の人生がすっと動く】ような体験をする。そして、その体験は、その人のライフ全体、その後の人生全部に広がっていくという。分析テーマ3では、【3. その人の人生がすっと動く】とはどのような運動であり、なぜそれが犬尾さんにとって目指すべき目的として機能しているのかを明らかにする。

分析テーマ1: 【1.余計なもの】とは何か?

[ブロック3: 余計なものとは?]
犬尾 (前略)なんかそう、スキル研修や教育っていうと外にあるものを中に入れ込むと思うんですよね人間の。で、そのね、逆をやりたいと思ったんですよね。(中略)なんかいろいろとらわれとか、余計なものとか周りからの期待とかお前はこうだっていわれることによって人間が作られてきたと思うんですけど、それを、全部、抜いちゃう状態で、もっともその人が持ってる、なんか、可能性みたいなところが、前に進むような状態。うん、それやるのが、コーチングかなと感じましたね。企業研修とも違うし、あのー、教育者とも違う感じ。
筆者 なんかその、どういったものを余計なものって考えたらいいのか、教えていただいてもいいですか?
犬尾 余計なものは、例えばこう、客観的に見ても、その人が、何かすごくこう…、クリエイティブなセンスがあったりするとして、ま、誰が見ても素晴らしい絵をかけるじゃないかっていっていても、本人が…、周り、の人からの意見を受け入れない状態てか、いや私には才能がなくてできないできないできない、みたいな、どこかで刷り込みが入ってる状態、そうすると本来、できるしやりたいと思っているところに上書いちゃってる何かがあるから、それは余計なもの? 脳がおぼえちゃってるのか、心がおぼえちゃってるのか、どっかの人生のタイミングで傷ついてるか、あのー、本来のその人の可能性を止めちゃうような何かが入っちゃってるのが、余計なものかな。

【1. 余計なもの】という表現について、筆者が具体的に尋ねた箇所。

いくつか特徴的な表現があるが、まず、<刷り込み><上書き>という表現に着目しておく。犬尾さんは、<とらわれ>や<周りからの期待>、<お前はこうだっていわれることによって人間が作られてきた>と語る。

そして、コーチングを、企業研修などの「外にあるものを中に入れ込む」活動の<逆>、つまり「中にあるものを抜いちゃう」ことだ、と語る。人間の中には、上記の<刷り込み>や<上書き>の過程の中で、<本来のその人の可能性を止めちゃうような何か>が入ってしまう。そして、そのような<本来、できるしやりたいと思っているところに上書いちゃってる何か><本来のその人の可能性を止めちゃうような何か>のことを、犬尾さんは【1.余計なもの】と呼んでいる。

【4. 本来のその人の可能性】という言葉も犬尾さんのコーチング観を特徴付けるキーワードである。この言葉は、<その人の、やりたい方向とかエネルギーが出る方向><本来、できるしやりたいと思っているところ>、<自分を前に動かす原動力><その人間の本来の価値観・興味関心・好奇心>などと、何度も表現を変えながら犬尾さんの語りの中で登場する。

犬尾さんは、【4. 本来のその人の可能性】が発揮されるようになることで、【3. その人の人生がすっと動く】と考えていることが読み取れる。

[ブロック4: 上書きとは?]
筆者 あ、今上書かれた!っていうことがあったな、って思う経験ってあったりします?なんだろう、上書くっていうものをすごい知りたくて、今。
犬尾 あー、でもいわゆる脳の中に刻み込まれている、自分の、自分がどう見えてるかっていう、自分がどう見えてるか、自分というものをどう認知するかってことかなって思っていて。たとえば、わたし自身の経験でわたしは子供の時に小学校三年生よりももっと前の記憶があのすごく入ってるですけど、一個。えとね、わたしは飽きっぽいっていうふうに、母親に言われていたのをすごく覚えていて、それも何回も言われたんですね、あなたは飽きっぽいから飽きっぽいから、って。そうすると、本当にこの子は飽きっぽいかどうかわからないけど、わたしは飽きっぽい人間だというふうに、あの、自分を作ったんだと思うんです、わたしのデータに書いた、こうイヌオヨーコという人は飽きっぽいに違いないみたいな、そうすると、それに脳が答えようとして飽きっぽい行動をするんだと思うんですよね、うん。で、それに、大人になってからあるとき気づいたってことだと思うんですよ。うん。真実かどうかわからないけど、わたしの中ではわたしは飽きっぽいという風にあの時インプットされている、っていう記憶があるぐらい、本来の自分とはちょっと別の感覚がある、と。(後略)
筆者 なるほどなるほど。なんだろ、じゃ、上書くっていう表現の中で、元のやつがある意味わからなくなるというかデータが消えちゃうみたいなイメージなんですかね、それとも元のデータもあるけど、上に乗っかっちゃってなんかこうアクセスできなくなっちゃうみたいなイメージなんですか
犬尾 そう、あると思う。みんなあるんだけど、そこでどんどんどんどん上書いていっちゃうから、アクセスしにくくなる。古ーいデータベースの奥底に押し込まれていっちゃう感じが、ある。

<上書き>という表現に焦点を当てて、筆者が尋ねた場面。

いささか筆者が誘導している節はあるが、<みんなあるんだけど、そこでどんどんどんどん上書いていっちゃうから、アクセスしにくくなる>という語りは重要だろう。ここを分析することで、全体のキーワードの位置関係を整理しておこう。

犬尾さんは、【4. 本来のその人の可能性】はみんなにあるが、【1. 余計なもの】が【4. 本来のその人の可能性】を<どんどんどんどん上書いていっちゃう>ために、【2.アクセス】しにくくなる、と考えている。そのため、【1.余計なもの】を抜いていくことで、その人の【4. 本来のその人の可能性】に【2.アクセス】しやすくなる。そして、【4. 本来のその人の可能性】に【2.アクセス】することで、【3. その人の人生がすっと動く】。

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では、具体的に<上書き>はどのような場面で起こるだろう? 犬尾さんは自身の体験から、小学校三年生より前の頃に、母親に「わたしは飽きっぽい」っていうふうに言われていたことを具体例として挙げる。それによって刷り込まれた<わたしは飽きっぽい人間だ>という認識のことを、犬尾さんは<上書き>と呼ぶ。<それに脳が答えようとして飽きっぽい行動をするんだと思う>と語るように、<上書き>は認識だけでなく、行動にまで影響を及ぼしていると犬尾さんが考えている点は注目に値する。

犬尾さんは、親からの認識によって、自己認識が<上書き>されるという現象は、自分だけに起きたこととは捉えておらず、日本社会の様々な場面で起こる現象だと捉えている。次の語りをみてみよう。

[ブロック5: 周りからの期待がなぜ余計なものになるのか?]
筆者
周りからの期待とか、とらわれとか、そういう余計(なもの)になっちゃうのは、なんでなんだろうなっていう
犬尾 周りからの期待は…、わたしこれは1個、すごいわたしの主観ですけど、こう日本の価値観が相当影響しているなって思ってて、答えは一つで、正解は一つで、このやり方がもっとも正しいみたいな、考え方をする傾向が日本にはあるように感じるんですね。なので、親が子供を育てる時に、スタートがそこからもうスタートされていて、子供の本来やりたいこととか、興味関心好奇心を、親の興味関心好奇心とか、価値観でどんどんどんどん上書いていっちゃってると思うんですよ。でそこが、そのまま今度学校に入ると、先生たちの興味関心好奇心判断基準で、子供たちを上書いていく、でさらに企業に入れば上司の評価判断で上書いていくから、もともと持っていた時にその人間の本来の価値観興味関心好奇心を、外に出す前に全部、外を覆われちゃってる感じがするかも。(中略)ぜーんぶ、自分を押し殺して、周り優先で、出来上がっているように、見えていて、それのことを余計なものだって。

犬尾さんは、日本の価値観の問題に触れつつ、<自分を押し殺し>て、周りを優先した結果、<親の興味関心好奇心><先生たちの興味関心好奇心判断基準><上司の評価判断>によって、<その人間の本来の価値観興味関心好奇心>が<上書き>されてしまう、という人間観を提示する。(=> 補足分析1 日本とデンマークの比較)

つまり、【1.余計なもの】とは、「その人間の本来の価値観・興味関心・好奇心を見えなくしているような、周り(親・先生・上司etc...)によって上書かれた価値観・興味関心・判断基準」のことなのだ。


ここで、前回分析した茂木コーチと犬尾コーチの語りを「何がクライアントの苦しみとして語られるのか」という観点で比較しつつ、犬尾さんが前提としている人間観を整理しておこう。

前回の茂木コーチのインタビューにおいて、クライアントの苦しみは「前に進みたいという意欲はあるけど、行動できない」こととして語られているが、犬尾コーチの場合は真逆で、「行動してはいるけど、それが本当に自分がやりたいことなのか分からない」こととして語られる、という特徴がある。ブロック2で語られた「社労士の資格勉強」はその例だ。犬尾さんは社労士の勉強は<つまんなかった>と語るが、そうは言っても犬尾さんは勉強を「継続してしまって」いる。犬尾さんは、仲間からの声かけによって、社労士の勉強を「やめることができた」のである。

逆に言えば、犬尾さんの語りを読み込む上では、クライアントの人間像として、<とらわれ>や<周りからの期待>などによって流されてしまい、「(本当は)自分はやりたくなくても、行動してしまう」人間像を想像できる必要がある。

[ブロック6: 上書きはどう分かるのか?]
筆者 なんだろ、上書かれた時って、なんかあるわけじゃないですか、もとにも。そのー、なんだろう、実際のコーチングの中でどのように見えてるんですか?犬尾さんの中で
犬尾 えー、どう見えてるかー、何も見えてない。だって上書いてるかどうかも、わたしもわかんないし本人もわかんない中で、その人と対話する中で、その人がハッて気づいたら、上書かれてたんだね、ってことだと思うんですよ。結局自分の中の何かにアクセスしにいっていて、そんなかから、「あ、あったよ」って、みたいな感じ、だと思うんです。じゃないとたぶん、ハッてなるとき、って、外からの、例えば本読んだり体験したりして、外から持ってきた時にハッてなるとしたら、それはコーチングとはたぶん違う体験だと思っていて。コーチングの中では少なくとも自分の中にある過去の、もともと持っていたもの、を今引き出せる状態になってきてる、そんな感覚かなぁ、と

クライアントの中のある価値観・興味関心・判断基準が<上書き>なのかどうかは、コーチにもクライアント本人にも判断できない。結局、それが<上書き>なのかどうかが明らかになるのは、<自分の中の何かにアクセスしにいって>、その中から、自分の中から何かを発見した時だという。

人間は、このような自己探究をしない限り、自分の行動が、<上書き>によるものなのか、本来の価値観・興味関心・好奇心によるものなのか、わからない。そのため、クライアントは、「いま、自分がやっていること(or やらなきゃと思っていること)は、実は周りによって上書かれた価値観・興味関心・判断基準によって動かされているだけで、"本当に自分がやりたいこと"ではないのでは?」という悩みを持つような存在として語られる(ここでは語りを紹介しないが、犬尾さんのクライアントの中で、そのような主訴を持つクライアントの話題が何度か出た。)だからこそ、自分の中にある【4. 本来のその人の可能性】に【2.アクセス】することが必要になるのである。

分析テーマ2: 【2.アクセス】の実践

ここまでで整理した人間観に従えば、人間は【4. 本来のその人の可能性】に【2.アクセス】することで、【3. その人の人生がすっと動く】。しかし、実際にコーチングの中で、どのような実践を行えば、【4. 本来のその人の可能性】に【2.アクセス】できるのだろうか? 

[ブロック7 犬尾さんの関わり]
筆者 犬尾さんはどのように関わってらっしゃるんだろう、その方がそのー、自分の古いデータベースにアクセスできたという体験に犬尾さん自身はどう関わってらっしゃるんだろう、って思ったんですけど。
犬尾 あぁ、それはすごいシンプルで、いかに、安心であのー、その人がどんなに、自分の中見るのって怖いと思うんですよね。うん、でもそこに一緒にいるから、あのー大丈夫だよ、安心安全の場って表現あるじゃないですか、安心安全の場を共につくる関わりをするかどうかかなーって思います。だからこちら側のあり方が相当、おっきな影響、とか及ぼすかなって思いますね。例えば、コンサル、とか、んー、ビジネスコーチ、とかだと、全部左脳的に評価判断していくから、その状態、だと、あの、ライフコーチを依頼してくる人だと怖いと思うんです。評価判断されてこれを言ったらだめ人間と思われるんじゃないかみたいな。だから、それは全部もう、ない状態にして、あの、どんな状態でも、ポジティブとかネガティブとか何にもなくマルとかバツとか何にもなくそこにある自分の状態を、ただ一緒にダイビングしましょうよ、海の深ーいところまでみにいくだけですよーっていう、そういう場作りみたいなところを丁寧にやりますね。

具体的な実践として、以下の2点を指摘しておく。

【2-1. 安心して自分の中を見れる場を共につくる】
犬尾さんの実践は、まず<安心安全の場を共につくる関わりをする>ことから始まる。なぜなら、前提として<自分の中見るのって怖い>からである。ここで、犬尾さんは自分の内面を<左脳的(引用者注:論理的に、という意味合い)に評価判断>されることの怖さに触れている。ポジネガの判断がされない場であることを担保すること、そのためには、コーチ側のあり方が重要であることに触れている。

【2-2. 一緒にダイビングする】
安心安全な場を作った上で、犬尾さんは、クライアントと一緒に、クライアントの内面へと<ダイビング>する。

[ブロック8 ダイビング]
犬尾 少なくとも私がやっているコーチングは左脳的に分析をすることではないんですね。(中略)感情とか、自分の行動とか、内面にあるもの、抑圧しているものは何か、っていうところにアプローチしていくことがすごい重要だと思っていて、そこの部分の、今あなたが動けなくなっている、ここに抱えている感情は何かってことをわわーって深ーく見てったりするなかで、「あ、本当にやりたいことってこれだったんだ」ってことを、ちゃんと本人が、あの探求して深く自分の中にディープダイブしていくような感覚で掴んできて、あ、これだったんだって、そこのところがすごく重要かな、っていうふうに思うし、私たちがやってる…流派のコーチングはそこにあるかなーって。
[ブロック7 ダイビング]
犬尾 例えば過去の自分自身の体験とかを思い出してもらうなかで、それはすごくハッピーなことの振り返りと、もう一個すごく落ち込んだりうまくいかなかったこと、両方の感情の揺さぶるようなところを思い出してもらうことで、今ここにいるけど、一旦その、自分の中の宇宙は、世界観は、その時のシーンを呼び出してもらって自分の中の感情をそこに持ってってもらうってことを、やっていて。でその中にさらに、ま、2つアプローチ方法があるなっていうふうに思っていて、1個はハッピーな方によりハッピーに振る感じ。で自分の価値観とか自分が何を大切にして生きているのかていうことを…、より研ぎ澄ますっていう方法が、ま、ポジティブな方が得意な人の場合にやる、こっちでやるけど、でも特にそっちではなくて、人によっては、ネガティブで、何かずっと抱えているか、解決してない感情の、モヤモヤみたいなのを持っている場合は、あのー、こっちの、ネガティブな方とか鬱積している感情か、なんか自分で抑圧している感情みたいなところをとりにいく、みたいなことをやっていて。

<ダイビング>とは、<感情とか、自分の行動とか、内面にあるもの、抑圧しているもの>を<深ーく見てったりする>こと、そして、<「あ、本当にやりたいことってこれだったんだ」ってことを、ちゃんと本人が、あの探求して深く自分の中にディープダイブしていくような感覚で掴んで>くることを指す(=> 補足分析2 内面世界の探究における"感覚"の重要さ)。

クライアントは、犬尾さんと一緒に<ダイビング>し、その結果、本人が本当にやりたいことが何かを掴んでくる、という主語の変化にも着目しておきたい。コーチングの場におけるコーチの役割は、クライアントが内面世界を探究する時の付き添いであり、実際に内面を探究し、宝を掴みとるのはクライアント本人でなければならない。

コーチングの中で、クライアントの内面世界の探究を行うための具体的な実践として、<過去の自分自身の体験とかを思い出してもらう>ワークが挙げられる。

内面世界の探究には、大きく2つの方向がある。1つ目は、自分の価値観とか自分が何を大切にして生きているのかを、より研ぎ澄ます方向性。2つ目は、ずっと抱えているモヤモヤ、解決してない感情を整理する方向性である。1つ目が【2.アクセス】の具体的な内容であり、2つ目は【1.余計なもの】を取り除く実践の1つとして捉えることができるだろう(=> 補足分析3:解決してない感情を整理する実践)。

分析テーマ3: 【3. その人の人生がすっと動く】という運動

[ブロック8 嬉しかった瞬間]
筆者 (そのクライアントとのなかで)一番印象に残っている瞬間とかってあったりします?
犬尾 その方との中で残っているのは、(中略)最終的には、転職することを決めたって言ってて(中略)行動としてはそういう形で現れていましたね
筆者 それはなんか、犬尾さん自身としてはどのように感じていたんですか
犬尾 なんか、あ、自分の人生を自分で前に、積極的に動かしたなーっていうところの、自分で思いっきりアクセルを踏んだ、前に動かした、それをとても感じましたね、その方から。うん。で、今までの流れになんとなく乗ってた、っていうところから、ちゃんとこう自分でギアを入れて、自分でハンドル持って、こっちにいくってところを…、感じた、っていうところですかねー。うーん。
筆者 なるほどなぁ。なんか変な質問したいんですけど、なんかそういう瞬間ってイヌオさんにとってすごく、嬉しいものなのかとか、なんか、どういう感情の瞬間なんですかね
犬尾 嬉しい… 何だろうなぁ… あ、でも宝物見つけたんだね、よかったねみたいな、そういう感覚はあるかもしれないですね。うん。
筆者 宝物見つけたんだね、って感覚。
犬尾 そうですね、そうですねー。うん。なんか、自分の人生をデザインしている、っていう、あのー、なんていうのかな、人生のこうオーナーシップっていう表現みたいな、私は結構好きなんですけど、あっ、やっ、なんか、自分でちゃんと持ったな、て思った、用意されたもののレールとかでもなく、誰かの期待に応えるでもなく、自分がこういう人生を作りたいんだっていうふうにこう握った感覚みたいなところに、力強さを感じたりして、私がやりたいことは多分そういうことなんですね。その人その人が、自分の人生は、これなんですってことを、ちゃんとこう、持てる感覚っていうか。うん。それを、あのー支援っていう言葉はあんまり好きではないので支援っていうふうには思ってないですけど、一緒にその人の人生を作っていくっていうことを…、やっていると、私自身も、あの、生きている感じがするので。うん、そんな感覚です。

コーチングの中で、コーチは、クライアントが【4. 本来のその人の可能性】に【2.アクセス】することを支援するが、実際にこれが達成されると、クライアントは【3. その人の人生がすっと動く】という変化を体験することになる。この変化の具体的な中身について確認していく。

クライアントの個人的な内容に関わるので、詳細は記述できないが、例えば、この変化は、転職などの具体的な行動として現れる。このような【3-1. 自分で自分の人生を積極的に前に動かす行動】が、コーチングにおける変化の始まりの兆しとして観測される。

そして、この変化を、犬尾さんは<流れになんとなく乗ってた>状態から「誰かの期待に応えるでもなく、自分がこういう人生を作りたいんだっていうふうに握った」状態への変化として捉えている。この変化を【3-2. 人生のオーナーシップを持てるようになる変化】、と名付けておく。

そして、このようなコーチの関わりを、犬尾さんが、支援という言葉を避けながらも、【5.一緒にその人の人生を作っていくこと】と表現していることも指摘しておこう。犬尾さんにとって、コーチングとは、クライアントの自分の人生を積極的に前に動かすような行動を巻き起こし、クライアントが自分の人生のオーナーシップを持てる状態を実現することで、クライアントの人生を一緒に作っていくことなのである(=>補足分析4:なぜ内面世界を知ることが必要とされているのか?)。

分析のまとめ

今回は、犬尾さんのインタビューを元に、犬尾さんのコーチング観を明らかにすることを目指した。その結果、犬尾さんのコーチング観は、以下のように要約できることが分かった。

・人間は、【1.余計なもの】(=親や教師、上司などの周りの人々によって上書かれた価値観・興味関心・判断基準)によって、【4. 本来のその人の可能性】(=その人間の本来の価値観・興味関心・好奇心)が自分でも分からなくなってしまうことがある。
・コーチが【2-1. 安心して自分の中を見れる場を共につく】り、内面世界へと【2-2. 一緒にダイビングする】ことで、クライアントは【4. 本来のその人の可能性】に【2. アクセス】することができるようになる。
・コーチングの中で、クライアント本人が【4. 本来のその人の可能性】を掴んでくると、その影響はその人の人生全体に広がり、【3. その人の人生がすっと動く】。具体的には、この運動は、【3-1. 自分で自分の人生を積極的に前に動かす行動】と【3-2. 人生のオーナーシップを持てるようになる変化】の2つで構成される。

詳細な比較は次回以降の記事に譲るが、前回の茂木さんのコーチング観とは、かなり違うところがあった。特に、【1.余計なもの】の項目は、茂木さんのインタビューと違いが際立っており、ぜひ次回以降の記事で分析のテーマとしたい。

調査の限界

本調査は、現象学的な記述を目的としており、犬尾さんの実践の1つのあり様を記述するものである。今回はかなり犬尾さんのコーチング観を包括的に描いたが、コーチングの実施において参照されるコーチング観はクライアントの状況によっても変わるし、また、犬尾さんの人生の中ででも、どんどん変わり続けるものである。犬尾さんの実践の全てがこの記述に当てはまるものではない。

また、繰り返しになるが、筆者の関心は、犬尾コーチの実践を支えている構造を可視化することにあり、犬尾コーチの実践を単純化することではない。犬尾コーチの実践が単純なものに見えているとしたら、それは筆者の実力不足によるものである。

おまけ: インタビュー対象者募集

こんな感じでインタビュー調査と分析を行っているので、ヒアリングに協力してくださる方がいればご連絡ください。(email: chiba@cotree.jp twitter: @piyoketa)

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※1 犬尾コーチ本人のnoteで、より詳細が書かれている。

※2 「僕が言います、今すぐそれをやめてください」という発言について
教科書的なコーチングにおいては、コーチはクライアントへの質問に徹するべきであり、クライアントへの具体的なアドバイスは御法度である。そのため、「僕が言います、今すぐそれをやめてください」という一言は、通常コーチングでは行わないものであり、コーチングの実践とは別の、仲間の間でのアドバイスと捉えるべきだろう。


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