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カウンセリングプラットフォームが心理士の労働環境に与える影響

前回(↓)に引き続き、心理士の労働環境シリーズ。

前回の記事に書いたように、現在の心理士業界の労働環境は、かなり悪い。心理士業界全体で給与水準が低下しており、明るい未来が見えない雰囲気が続いている。心理士に国家資格を与える公認心理師法の施行によって状況が変わることが期待されているが、まだ具体的な改善の流れは見えていない。

その中で、オンラインカウンセリング業界の業績が上向いていることが、一部の心理士にとっては期待の星となっているようだ。普段、私はcotreeというオンラインカウンセリングサービスのWebエンジニアとして働いているわけだが、初対面の心理士から「最近cotreeさんすごいですよね」「これからも期待してます」といった声をかけていただくことがしばしばある。

たしかに、オンラインカウンセリングサービスがこれだけ広がることは、カウンセラーにとっては、この業界も捨てたものではないと感じさせるニュースだ。仕事の可能性が広がることを意味するし、少なくとも、まだ伸びている領域がある、ということは、個人のカウンセラーから見れば希望であろう。

一方で、オンラインでカウンセラーとマッチングするプラットフォームサービスが、カウンセラーの労働環境に与える影響は、単にプラスの影響だけではない。我々のようなプラットフォームサービスの運営者は、このことを心に刻むべきだろう。一歩間違えると、ただでさえ過酷な労働環境に追い込まれている心理士業界に、トドメを刺すような動きになりかねないからだ。

この記事では、オンラインでカウンセラーとマッチングするプラットフォームサービスが、カウンセラーの労働環境に与える影響について、基礎的な考察を行ってみたい。

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(2021/05/17追記)

どうも筆者の想定と異なる文脈で紹介されているようなので追記。筆者はすでにcotreeの正社員を辞しており、cotreeについて公式に何かを述べる立場ではない(し、こういう時に変なこと言うと、今後フリーランスとしての仕事していく上での信用問題になりかねないから立場上何も言えない)が、何点か補足として筆者の主張を述べておく。

・前回の記事を含め、筆者の意図は心理業界全体の労働環境について、より丁寧な議論が行われていき、改善されていくことを応援するところにある
・心理業界全体の労働環境と比べた時に、cotreeの労働環境が特別に悪いと読まれることは意図していないし主張もしていない。もし、そのように主張しようとするならば、おそらく、もっと批判しなければならないリアルのカウンセリングルームや心理士の職場が山ほど出てくるであろう
・私の主張は本文に記載している通りなのでちゃんと全文読んでください

メリット

オンラインでカウンセラーとマッチングするプラットフォームサービスが、心理業界に与える良い影響は何だろうか。

カウンセリング需要の拡大

まず浮かぶ良い影響は、今までカウンセリングを使わなかった層にまで、カウンセリング需要を広げたという点であろう。オンラインカウンセリングは、地理的なハードルを解消した。身の回りにカウンセリングルームがない地方や、日本語でカウンセリングが受けられる環境がない海外からもカウンセリングが受けられるようになった。だが、むしろ影響が大きいのは、カウンセリングへの心理的なハードルが下がっている点だろう。例えば、これはほぼ確実に我々cotreeの影響があると自負できる点だが、ここ1,2年で、カウンセリングの感想を自身のSNSアカウントやブログで書いてくれる人が格段に増えた。オンラインサービスは、クライアントとの間に、より「ハードルの低い」接点を作ることを容易にする。オンラインサービスの感想を書き、周りに紹介する、という形で、「気軽にカウンセリングの感想をつぶやく」し、「気軽にカウンセリングを受ける」文化が育まれつつある。現在、月に2, 3本以上程度は感想のブログが寄せられる状態が続いている。以下はいただいた感想記事をまとめたものだ。

我々cotreeのサービスを利用する人の多くは、SNSで口コミを見かけ、その後、キーワード「カウンセリング」といった検索ではなく、サービス名による指名検索(例:キーワード「cotree」で検索)で流入してくることが分かっている。かつてはカウンセリングの利用を考えなかった層にも、SNSの口コミを通じてサービス名が認知され、サービス名経由でカウンセリングに流入するようになっているのだ。


クライアントとのコミュニケーションへの注力を可能にする

また、オンラインシステムは、カウンセラーの雑務負担を減らし、クライアントとのコミュニケーションに集中できるようにする。オンラインシステムを導入することで、諸々の仕事をシステムに任せ、カウンセラーはクライアントと会う時間や、テキストによるカウンセリングであれば、クライアントへの返信文面を考える時間に集中することができる。例えば、日程調整や事前のアンケート、クライアントへのリマインドといった事務連絡にかかる時間を削減できる。ホームページ上にカウンセリングについての説明の記事や動画を記載することで、クライアントへの事前の説明や心理教育の一部を行うこともできるし、カウンセリングに対する期待の調整もできる。ヒアリング項目を自動連携することで報告書の作成の一部を自動化したり、一部の心理ワークの配信やフィードバックの自動化もいずれはできるだろう。カウンセラーの報酬がこなしたセッション数で決まることが多い現状を鑑みれば、雑務の割合が減ることは、カウンセラーの給与の増加に直結する

「デジタルトランスフォーメーション」について述べた書籍である藤井 保文「アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る」では、デジタル化が進んだ社会では、機械ではなく、人間が個別対応する接点(=ハイタッチ)の設計が重要になる、という主張をしている。簡単にいえば、Webサイトやメール、アプリなどを通して、ほぼ毎日のようにユーザとの接点を確保できるようになった今、テクニカルな接点を通じてユーザの状態を把握しつつ、ここぞというところで「人間でなければ提供できない体験」を提供することがサービス価値の決め手になる、という主張だ。

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図は、藤井 保文,尾原 和啓. アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る (Japanese Edition) (Kindle の位置No.635). Kindle 版.より

このような主張と、カウンセリングのプラットフォームサービスは非常に相性が良い。スマホなどで利用できる機能として、自分の体調を管理する日記機能や、セルフケアのための心理教材を提供する。それを通じて、日々クライアントとの接点を確保しつつ、本当に対人の支援が必要になった時には、プロのカウンセラーとの数十分のセッションを提供する ※1。このような体験設計ができれば、クライアントにとっては、カウンセラーとの距離が身近になるし、クライアントはカウンセリングを使うべき時をより明確に理解できるようになる。だが、それだけではなく、カウンセラーにとっても、心理士としてのスキルがクライアントにとって必要な瞬間に、そのスキルを生かすことができる環境になるだろう。


カウンセラーの学習やフィードバックへのデータ活用

若干違う論点だが、オンラインプラットフォーム上でデータを蓄積していくことで、カウンセラーの学習やフィードバックに活用できることも追記しておこう。カウンセラーという仕事は、その性質上、自分のスキルが業界全体のどのあたりに位置するのか、どういったクライアントが得意なのか、といったことを把握するのがとても難しい仕事である。しかし、オンラインのプラットフォーム上で、様々なクライアントとカウンセラーの組み合わせのデータが蓄積されていけば、カウンセラーが自分のスキルの程度や、得意分野・苦手分野を把握することにもつながる。これらのデータは、そのプラットフォーム内において、よりクライアントの満足率を高め、「稼げる」カウンセラーになるにはどんなスキルを伸ばしたらいいのかを示してくれるデータになりうる。これはカウンセラーのスキルアップに役立つだけでなく、相性を踏まえたマッチングロジックの改善という形で、そのカウンセラーの持つスキルや技法が価値を発揮しやすいクライアントにマッチングすることや、明らかにそのクライアントに合わないセッション内容が提供されてしまう「事故率」の低下にもつながるだろう。

また、システムが仲介に入ることで、カウンセラーとクライアントの間のズレを早めに検知し、カウンセラーにフィードバックすることができるかもしれない。カウンセラーも人間なので、クライアントのニーズを取り違えることがある。その時に、クライアントから「なんかズレてる気がするんですが・・・」と主張できれば良いのだが、実際に声に出して主張してくれるクライアントはそう多くはない。このような場合に、クライアントが自身の不満を表明しやすい手段をシステムが提供することで、クライアントがカウンセリングを辞めてしまう前に、カウンセラーがズレに気づくようにできる。

実際にカウンセリングをしてみるとわかりますが、カウンセリングが途中でキャンセルされる時、その多くは、クライアントの方がカウンセラーから「わかってもらえている気がしない」ときです。日本のクライアントの多くは、関係を切る力が弱いので(そのために多くの問題に巻き込まれてしまうのですが)、正面切ってカウンセラーに「何だかわかってもらえている気がしないんですけど・・・」と言うことができません(これが言えなかった人が、もし言えるようになったとすれば、それ自体、カウンセリングが前進してクライアントに力がついてきたことの証です)。多くのクライアントは、キャンセルの理由を言葉で言う代わりに、いきなりキャンセルして、ほかのカウンセラーの元に通い始めます

諸富祥彦「新しいカウンセリングの技法」 はじめに iv

実際、クライアントにセッションごとの事後アンケートに満足度を尋ね、その結果が標準を大きく下回る場合、カウンセラーに警告を出し、クライアントとズレについて話し合うように促すことで、アウトカムが改善したという報告がある。システムは、カウンセラーを支える相棒として、カウンセリングセッションをより良いものにすることができるのだ ※2。


カウンセラー側の働き方の選択肢の多様化

最後に、カウンセラー側の働き方の選択肢が増えている点について述べる。例えば、日本語でのカウンセリングの業務を続けたかったものの、パートナーの転勤などで海外への転居を余儀なくされたカウンセラーが、オンライン通話を通じて、日本語でのカウンセリングの仕事を続けている。海外在住のカウンセラーは時差があるため、深夜のカウンセリングなども受けやすく、日中に時間を取りにくいビジネスマンなどにもカウンセリングを提供しやすい。また、プラットフォームサービスでは、自身の好きな時間に予約枠を作成できるため、他の仕事との兼ね合いも容易であるし、深夜帯や早朝に働くこともできる。非同期のテキストカウンセリングの場合、子育て中のお母さんが、子守りをしながら、子供が寝た合間に返信文面を作成しているケースもある。

カウンセラー業界は、今まで個人技の割合が強く、それゆえ個人技で勝る人だけが開業などの恵まれた環境を勝ち取れる、という構造があったように思う。しかし、カウンセリングプラットフォームでは、カウンセラー同士の個人技というよりは、デザイナーやエンジニア、マーケターなどの業種を含む複数の業種による総力戦になる。複数の業種の連携による総力戦になった状況では、心理士にもより多様な役割が求められ、活躍の選択肢も増えるだろう。例えば、cotreeでは、テキストカウンセリングのパートナーは、現在、ユーザの投稿内容を人が確認し、適切なパートナーを選択している。インターネット上で認知行動療法を提供するサービスの多くは、フィードバック内容を考える部分でプロの心理士が書いていることが多い。Webサイトやサービスの設計そのものに、心理士が関わることも増えるだろう。心理士のスキルがより多様な方法で生かせるようになれば、心理士の働き口も増え、給与水準が高い仕事も増えるのではないだろうか。

デメリット

・・・という話で終わってもいいのだが、記事の最初に書いた通り、良い面だけでなく、悪い面についても語らねばなるまい。心理業界に与える悪い影響を考えてみよう。

先に注意を促しておくと、以下で取り上げたものは、現在起きている悪影響というよりも、将来、カウンセリング市場において、オンラインでのカウンセリングプラットフォームが支配的になった時に想定される悪影響である。数年前まで、オンラインのカウンセリングは、カウンセリング業界の主流から見れば異端であり、"もの好きなカウンセラーがやっている取り組み"の一つに過ぎなかった。だが、covid-19の問題によって、オンラインカウンセリングは一気に広がった。

私が見るところ、現在、オンラインのカウンセリングプラットフォームの存在は、総合的に見て、カウンセラーの働き口や働き方の選択肢を増やし、カウンセラーの給与を押し上げる形で作用している。しかし、将来的には、以下のような悪影響が起こるかもしれない。

カウンセリング市場全体の低価格化

まず浮かぶのは、カウンセリングプラットフォーム同士の競争によるカウンセリングの低価格化である。もちろん、価格帯が下がるのはクライアントにとっては嬉しい話である。しかし、カウンセリングというサービスは、提供者側と消費者側で「適正な価格」に関する認識が、これでもかというほど食い違っている商材である。カウンセラーの給与水準から考えれば、1回60分程度のセッションで10,000円〜15,000円ほどの費用を取って、はじめて日本人の平均年収に達する※3ぐらいなのだが、私の肌感だと、一般的な人にカウンセリングを説明すると「45分5000円」でも「高い!」という反応を返す。Webサービスの作成者としては、基本的にはこのような一般的な感覚を持つ人を相手にするわけで、少なくとも入り口部分の価格帯はどうしても低く設定せざるを得ない。

一方で、現在の労働市場の環境だと、かなり低価格でもカウンセラーを確保できてしまう。前回の記事でまとめた通り、新人のカウンセラーの場合、アルバイト並みの給与で働いている人も多い。さらに、心理士は供給がダブついている状態で、非常勤の仕事が多く、「(少し給与が安くても)仕事が入らなかった曜日を埋められる仕事」を探している心理士は多い(そして、このニーズとオンラインプラットフォームはヒジョーに相性がいい)。さらにいうと、資格保持者ではなく、カウンセラーの勉強中の人だったりすると、「勉強のため」や「困っている人のため」であれば、無償でカウンセリングを受けてくれる人もかなりいる。当事者同士での相談サービスは、無料のケースが大多数だ。こういった事情を踏まえると、カウンセラーの所持資格や質を問わなければ、一回の"カウンセリング"の価格は、ほぼ無料近くまで下がる ※4。以前は、近所のカウンセリングルームや所属組織の相談窓口など「身近なカウンセリングサービス」しか選択肢がなかったために、価格競争に巻き込まれなかった。しかし、オンライン上に載せられたことによって、クライアントは日本中、いや世界中の選択肢を比較検討できるようになる。それは、心理士が、日本中のカウンセラー(だけでなく、その他の相談サービス)との価格競争に巻き込まれるということだ。

・・・というのはさすがに悲観的すぎる見方かもしれないが、カウンセリングの低価格化競争は単なる絵空事ではないと私は思う。事実、どことは言わないが、cotreeとほとんど同じデザインとシステムで、価格帯だけ少し下げて運営しているサービスも出てきたし、退会理由に「もっと安いサービスを見つけたのでそちらにします」と書き残していくユーザもいる。(消費者からはカウンセラーの質を評価する術がほぼないのだから、少しでも安い方を選ぶのは当たり前とも言えよう。)このような事態が進めば、業界全体の価格水準が下がる可能性は十分にある。


プラットフォームによるクライアントとの接点の寡占

もう一つ考えられるのは、クライアントとの接点の寡占と、それに伴う手数料マージンの増加である。

プラットフォームが強い業界では、プラットフォームが数割程度の手数料を取っていく。そういえば、ちょうど先月、スマホアプリ市場における手数料がニュースになっていた。iPhoneを使用する人が有料アプリをダウンロードする際、ほぼ100%の人は、アップルが管理するApp Storeでアプリを購入することになる※5 わけだが、この時にアップルが決済手数料として3割を取っていく。

とはいえ、アプリ製作者からすれば、iPhone相手にネイティブアプリを売りたければ、App Storeを使用する他ない。しかも、日本のスマートフォン利用者の57%はiPhoneユーザなのだ。つまり、App Storeへの出品を諦めることは、アプリを発売する前から、スマートフォンユーザ全体の57%を諦めるということだ。それよりは決済手数料3割を支払う方がマシ、ということになる。

これと同じことが、カウンセラー業界で起こる可能性がある。今だと、カウンセリングを受ける場合、例えば個人のカウンセリングルームを訪ねることになる。これが仮に、「ぐるなび」のようなWebサイトからカウンセリングを申し込む方が一般的になり、日本人の6割はWebから申し込むようになったとしよう。この場合、個人のカウンセリングルームは、Web上のプラットフォームへ出店しなければ、クライアントの6割を失うことになるわけだ ※6。事実、このようなことは飲食業界などで過去に起こってきた。

カウンセリングという産業において、この問題をさらに厄介にするのが、クライアントの多くが、カウンセラーのスキルレベルや、カウンセリングの質を自分で比較できる尺度を持っていないことだ。Webサイトを作ってきた私の所感として、Web上でカウンセリングサービスを選ぶ人の多くが、「Webサイトのデザインはわかりやすくて優しそうか」「カウンセラーの顔写真は明るくて優しそうか」「費用は安いか」といったことを判断基準にするものの、カウンセラーの資格や実力については、(気になってはいても)書いてある内容から判断できず、見た目の印象だけで決めている ※7。("臨床心理士"と"メンタル心理カウンセラー"のどちらが資格として上なのか、を判断できる消費者は全体の一握りなのだ!※8)

このような業界状況において、カウンセリングプラットフォーム同士の競争が、「カウンセリングの質」で測られるとは考えにくい。それよりも、デザインの綺麗さや評判の良さ、口コミの上手さといった要素で決まるだろう。それらは、エンジニアやデザイナー、マーケターや編集者といった人々の仕事の成果によるものだ。もし、優秀なエンジニアやデザイナーやマーケターをつかまえることが、カウンセリングプラットフォーム同士の競争を決めるとしたら、その時、カウンセラーの取り分はどうなるのだろう?

もちろん、逆に考えれば、プラットフォーム間の競争が起こると、カウンセラーの確保競争が始まり、カウンセラーの取り分や給与が上がる、という可能性はある。とはいえ、心理士が余っている中で、「カウンセラーを確保できない」という事態になるのはちょっと考えにくいように私は思う。確かに、数年前は、オンラインカウンセリングに対する目線が厳しかったため、オンラインカウンセリングを行っているカウンセラーは、業界のえらい人たちから白い目で見られることもあり、働いてくれるカウンセラーを確保するのは大変だったと聞く。しかし、コロナの問題で名だたる重鎮たちがオンラインに手を出し始めた今、オンラインに参入するカウンセラーへの偏見はもはや存在しない。ビデオ通話型のカウンセリングは、通常の対面のカウンセリングと必要なスキルにそれほど大きな差はないので、スキル面での参入障壁もさほどない。むしろ、しばらくはオンラインに興味をもって参入してくるカウンセラーが増え続ける状況が続くはずだ。

まとめ

カウンセリングプラットフォームは、今までカウンセリングを使わなかった層にまでカウンセリング需要を広げ、カウンセラーの働き方の選択肢を増やした。システムからセッション内容を振り返る情報を得ることで、スキルアップやキャリアプランに活かすこともできる。報酬にならない雑務の割合が減り、クライアントとのコミュニケーションにより時間を割けるようになる。これは、プラットフォームがカウンセラーをエンパワメントする側面と言える。このような側面は、カウンセラーの給与水準や労働環境を押し上げるだろう。

一方で、プラットフォームは、個人のカウンセラーから、クライアントとの接点を奪い取った上で、それらを提供する代わりに手数料マージンを取っていく存在でもある。これまではカウンセラーの手元に入っていた報酬の一部を奪い、カウンセリングには直接関係ないWebエンジニアやデザイナー、マーケターなどの別業種に配分していく。カウンセリングの価格競争を押し進め、カウンセリング市場全体の価格水準を押し下げる。これは、プラットフォームがカウンセラーを搾取する側面だと言える。このような側面は、カウンセラーの給与水準や労働環境を押し下げるだろう。

カウンセリングに限ったことではないが、プラットフォームサービスは、このようにプラスとマイナスの両側面を持つ。プラットフォームを評価するときは、その両方を正しく認識しなければならない。

目指すべき方向

さて、カウンセリングプラットフォームがこの先発展していく上で ※9、心理業界と敵対的になるのではなく、共にハッピーになるためにはどうしたらいいのだろうか? プラットフォームの運営側だって、心理業界の敵になりたいわけではない。むしろ、心理士の力に期待し、より多くの人のために心理士の力を生かして欲しいと思っている一員だ(そうじゃなかったらこんな仕事していない)。共に発展できるのがお互いにとって理想的であるはずだ。この先、カウンセリングプラットフォーム(これはcotreeに限らない)と心理士の両方が共に発展するために、互いに何を気にかけたらいいのかについて考えてみよう。


「プラットフォームが存在するメリット > プラットフォームが存在しないメリット」 になることを意識する

まず言えるのは、プラットフォームが「今カウンセラーに提供しているメリット」だけを評価するのではなく、「仮にプラットフォームが存在しなかったときに、本来カウンセラーが得られていたはずのメリット」との差分をちゃんと想像し、意識することが重要だということである。今まで、カウンセリングプラットフォームは業界のはしっこの存在であり、カウンセリング業界全体への影響は微々たるものでしかなかった。しかし、この先、カウンセリングプラットフォームが大きくなっていくならば、業界全体への影響を考える倫理的な視点が求められる。

プラットフォームは、しばらくすると私たちによって空気のような存在になってしまい、なかった時のことが思い出せなくなる。それゆえ、プラットフォームによる搾取は目に見えにくい。プラットフォームにお金を払うことが当たり前になっている状況でも、そのプラットフォームが本当に必要なのか? 必要だとすればなぜなのか? をちゃんと問い直す姿勢が必要だろう。もちろん、現実は1つしかない以上、「仮にプラットフォームが存在しなかったときに、本来カウンセラーが得られていたはずの報酬やリソース」というのは妄想にすぎず、誰にも観測できない数字であるが、それでも想像力をはたらかせることが大事だ。プラットフォームがカウンセラーをエンパワメントする側面が、プラットフォームがカウンセラーを搾取する側面を上回るよう、常に意識すべきだと私は思う。


クライアント視点でのカウンセラースキル評価の仕組みの導入

その上で必要なこととして、カウンセラーの努力・能力がちゃんとクライアントから評価される競争要因になることが、今後のカウンセリングプラットフォームに求められることだと思う。これから先の時代、カウンセリング市場は、マーケティング的な要素、デザイン的な要素、システム的な要素などの総力戦になる。その中で「カウンセラーが占める割合」が減れば、それだけカウンセラーの取り分は下がる。だからこそ、カウンセラーのスキルやカウンセリングの質をクライアント目線で公正に評価する仕組みの導入が必要ではないかなと思っている。カウンセリングの質は、カウンセリングサービスにおいて最も重要な要素でありながら、周囲からではもっともわかりにくい要素だ。この部分が可視化されない限り、カウンセリングプラットフォーム同士の競争は、マーケティングの成功やデザインの綺麗さ、SEOの成功 ※10といった要素で決まることになるだろう。これはプラットフォーム側だけに求められることではない。心理士側にも、自分のスキルを、心理に詳しくない人にもちゃんと伝わる形で説明できることが求められる。


「プレイヤー」以外の働き方を身に着ける

デジタル化が進んだ社会では、カウンセリングセッションは、カウンセラー一人で完結するサービスではなく、システムが提供する一連の体験の流れを構成する一部になる。このような考え方をOMO(Online-Merge-Offline)という。滑らかにオンライン(Webサイト)とオフライン(カウンセリング)の体験が接続されたサービスにおいては、それぞれの体験は溶け合い、地続きの一つの体験となる。例えば、セッション開始前に、Webサイト上で、「カウンセリングとは、〜というものです」という説明がクライアントに与えられているのにもかかわらず、その説明を無視してセッションを進めることはできないだろう。心理士側も、システムがクライアントにもたらす体験や期待について理解し、その期待を把握したり、時に操作したりしながら、カウンセリングを行う必要がある。

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藤井 保文,尾原 和啓. アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る (Japanese Edition) (Kindle の位置No.567). Kindle 版.

このような環境では、心理士に求められる役割も変わる。「カウンセリングさえ上手ならOK」とはならない。エンジニアやデザイナーなど、他の職種と連携して仕事を行うことが必要だ。心理士側から、システムに対する要求や改善を提案したり、時には自分で機能を設計することが必要かもしれない。クライアントのニーズや困りごとがどのように解消できるのかについて、単なる「心理アセスメント」という観点だけでなく、システム全体を俯瞰したより広い視点で判断し、別業種に連携するスキルが求められる。また、プラットフォームに所属する他の心理士の意見を取りまとめたり、心理士同士で知見を共有する仕組みを整えたり、心理士の報酬体系やキャリアラダーを定める役割もあるだろう。まとめると、ソーシャルワーカーや医師と連携して働くのと同様、エンジニアやデザイナーとチームで働ける心理士や、カウンセリングセッションの中にとどまらない幅広いクライアントの体験設計ができる心理士心理士を含む他職種チームのマネジメントができる心理士などが必要とされているのだ。※11

心理士が"プラットフォームと上手に付き合って生きていく"にもスキルが必要だ。心理士がチームとして働く意識を持つこと、チームという環境の中で、自分のスキルの活かし方を模索することで、カウンセリングプラットフォームと心理士の両方が共に発展することができると思う。

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※1 このように書くと、「調子がどん底の時にカウンセリングを受けるべきだ」と主張しているように思われそうなので、その意図はないことをここで弁解しておく。カウンセリングは、そもそもとして一回でミラクルのように症状が改善するものではなく、何回も受けることが重要なサービスだし、定期的に受けることも重要だ。また、元気なうちに一回受けておいて、カウンセラーとの関係を構築しておくといった使い方もありうる。頓服薬的な利用だけをオススメしているわけではない。ただ、例えばうつの再発予防を目指している人が、徐々に不調の兆しが出てきたらカウンセリングを申し込むとか、マジで不調な時期になると自分で申し込む元気もなくなる人が、調子が落ちてきたらカウンセラーの方から声をかけてくれるように事前に依頼しておくとか、そういう使い方はできると思う。

※2 このような、「システムと人の協働」というテーマは、他の医療分野でも話題になりつつある。AI問診サービスのUbieは、医師が、AIの癖を学習しやすくなったことで、AIとの適切な付き合い方が理解できるようになった、という改善事例を出している。カウンセリング領域においても、このように、人とシステムが、互いの弱点を理解しあいながら互いの長所を活かしあって活躍していくモデルが、今後一般的になっていくのではなかろうか。

※3 簡単に試算してみよう。1回のセッションの費用を1万円とし、1日平均でセッションが4回入ると仮定しよう。場所代や事務スタッフ代などの諸経費を考えると、雇われの個人の心理士に払われるのはセッション費用の半額程度だ。週5日働くとすると、週5日 × 4回/日 × 5,000円/回 = 週100,000円。月で40万円程度。フリーランスの場合、社会保険料や経費を自身で負担する必要があるため、正社員の給与と比較するときは1.5倍くらいの差があるとされるので、これはだいたい月収27万程度の正社員と同額になる。

※4 プロの心理職ではなく、ピアサポーターやボランティアに相談できるサービスであれば、無料で相談できるサービスも実際多数ある。「いのちの電話」はかなりわかりやすい例だ。単に「相談」だけであれば、お金を払わなくて良いサービスはいくらでもあるし、それと「プロのカウンセリング」の何が違うのかを理解しているクライアントは多くない。"カウンセリング"に""(ダブルクオテーション)をつけたのは、プロのカウンセラーから見ればカウンセリングとは言えないようなものであっても、市場においては"カウンセリング"として流通することがままあるからであり、クライアントから見ればそれは"カウンセリング"だからだ。

※5 iPhoneの場合、Appleの公式のアプリマーケット以外からネイティブアプリをダウンロードすることができない。公式以外からインストールするためには、グレーな手段を取る必要がある。

※6 これは、ユーザとのタッチポイント自体が価値としてやりとりされる経済、という観点で考えることもできる。先のスマホアプリの例でいえば、GoogleやAppleはユーザーとの接点をガッチリ握っており、我々中小のアプリ開発者は、GoogleやAppleに認めてもらわなければ、スマホユーザの視界に入ることすらできないわけである。さて、心理士業界の場合を考えてみるが、一部の著名なカウンセラーを除き、個人の心理士が、まだ見ぬクライアントとの接点なり信頼なりを勝ち得ているケースはほぼない。あえてあくどい言い方をすれば、プラットフォームが、個人のカウンセラーよりも先にクライアントとの接点や信頼を勝ち得てしまえば、個人のカウンセラーに「売れる」わけである。

※7 もっと極端な話をすれば、実際に二人のカウンセラーのカウンセリング受け比べた人ですら、どちらのカウンセラーの方が優れているのかを判断できないだろう。カウンセリングの成否は、その時その時のクライアントの状況にかなり依存する。「あの時、もしかしたら、他のカウンセラーを受けた方が良い結果を得られたのかもしれない」と考えることはできるが、そんなifの話は、神にしかわからないのだ。

※8 「臨床心理士」の資格を取る主流ルートでは、指定の大学院に2年以上通って教育を受け、その上で試験に合格する必要がある。最近できた国家資格の「公認心理師」は、おおむね臨床心理士と同等の資格である。一方で、「メンタル心理カウンセラー」の資格は、2ヶ月程度の通信教育で取得できる。取得にかかる年月も費用も明らかな差があるが、なかなか一般の人には理解してもらいにくい。

※9 この業界に関わってきたWebエンジニアとして断言するが、オンラインのカウンセリングプラットフォームは、この先、絶対に発展する。なぜなら、大半のユーザーにとっては、その方が便利だからだ。弊社のサービスではないかもしれないが、カウンセリング業界は、近い将来にオンラインのカウンセリングプラットフォームにかなりの割合が飲み込まれるだろう。

※10 Search Engine Optimization(検索エンジン最適化)。ものすごく乱暴にいうと「Googleの検索結果で上位に出ること」だと思ってもらえば良い。世界にはSEOを専門の仕事としている人がいて、依頼を受けたWebサイトをGoogleの検索結果の上位に出すために日々しのぎを削っている。知識のない心理士が片手間にWebサイトを作ったところで、検索上位に出すには、そういった人々を相手にしなければならないのである。

※11 ずーっと探しているのだが、本当になかなか見つからない。日本の心理士教育は、なぜここまで心理療法一辺倒で教育しているのか! と怒りたい気持ちになる。カウンセリングというサービス体験を広く検討しようとすれば、ソーシャルアセスメントのスキル、心理士とビジネスとの連携、心理士チームのマネジメント、マーケティングの思想と臨床倫理の競合の対処法などなど、さまざまなスキルや知識が必要になるはずなのだが、そういう教育を大学で受けてる心理士が全然いないのである。この辺のテーマについては、cotreeの中ではここ数年くらいは私がしばしば検討を担当していたのだが、こういうテーマこそ、専門的な心理教育を受けた人間が考えるべきテーマではないのか。大学はこういうことを考えられる心理士を教育してほしい。

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