第九章【音楽活動】

第九章【音楽活動】

地元で音楽活動に専念していた頃、
月一でお世話になっていたライブハウスから
「うちでバックアップするからツアーをやってみないか?」と声をかけられた事があった。

「ありがとうございます。
ですが少し考えさせてください。」
僕は迷った。なんせずっと性別を偽って
活動を続けていたのだから。

それにインディーズとして活動するという事は、
ツアー料金もおそらく自己負担になるだろう。
ハウスからチケットを受け取り、
それを完売してハウス代が浮く程度。
そこからのさらに追加のチケット売る事で、
ようやく利益が出る。
メンバーの1人は高校生であり、
実費で補うにも限度がある。
当時の僕やメンバーでは資金不足になる事は
間違いないだろう思った。

地元のライブハウスでは少しぐらいは
人気があったのかもしれないが、
それはあくまで地元だからだ。
地元を出てしまえば、
客を呼ぶのは難しいだろう。

そもそも僕には問題があり、
リスクが大きすぎる。
色々と考えた結果その話を
お断りしたのだった。

都内へ出てもう少し力を付けたいとも
思っていた。

お断りした後もそのハウスで
しばらくはお世話になった。
メンバーがまだ高校生であり卒業後に
一緒に都内へ行くという事になっていたからだ。
それまでの間はデモ音源を配ったり、曲作り、
ポスター、チラシ作りなどに明け暮れた。

そんなある日、
地方のテレビ番組のプロデューサーと
名乗る得体の知れない人から、
地方テレビへ出演依頼があった。
おそらく町を盛り上げる為に
ライブイベントを企画したのだろう。

近くの県から2つのバンドを引き抜いている
という事だった。
僕たちのバンドともう一つの
インディーズのバンドが選ばれた。
そして胡散臭い話だと思いつつも
メンバーと相談の後、
出演する事にしたのだった。

地元ではなかった為ホテルの予約をして、
前日にその場所へ向かった。

当日かなり緊張で膝が笑い、
恥ずかしながら立つのもやっとであった。
何とかライブも無事に終わり
急いで帰り支度をしていると、
怪しげなプロデューサーから少し2人で
話したいと言われて個室に案内された。

「実は…」
僕はこの男がどうしても信用できなかった。
「ありがとうございます。ですがどうしても
バンドで続けて行きたいので、その話はお受けできません。すみません。」
どうやら僕ともう1人の女性とのユニットを
組ませたい様であった。

男女のユニット…?
それとも僕を女性として
歌わせたかったのだろうか?

今となっては真実を知る由もないが。

「そうですか…分かりました。」
その男は恨めしそうな顔で僕を見送った。
もちろんメンバーには
この話は伏せて地元へと帰った。

たとえ僕がバンドという形式で
なかったとしても、
どの道この話は受ける事は無かっただろう。

美味しい話には何かしらのデメリットもあり、
一筋縄では行かないことの方が多いのだから。

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