自小説を書きたくなりました。

自分の人生を自叙伝的にここに記します。
あまり文章は上手くないので
お見苦しい部分もあるかと思いますが
暇つぶしに暖かい目で読んでくだされば
幸いです。

小説のタイトルはまだありません。


第一章【記憶の断片】

五感のうちたった一つ失うと記憶は朧げになる。
人は感覚により生かされていると言っても過言では無いだろう。全く何も感じない状況になった時
人間は気が狂うという。

こんな話を聞いた事がある。
1983年に科学者達がある実験を行った。
施設で行ったとされるパラノーマル実験は、
被験者に脳につながる感覚神経を全て遮断する
手術を行い、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの五感を失わせ、
神の存在を知覚できるようになるかというものだ。
全ての感覚がなくなれば別の何かを
感じようともがく。
生きている限り、感覚とは生であり絶対なのだ。

僕は幼少期の記憶が断片的にしか存在しない。

幼少期2歳半の頃重症筋無力症(全身型)を患って自分の意思で目を開けることも、話す事も、歩く事も出来なくなった。
2歳半から5歳までの間寝たきりでとある某大学病院にいた。入院した部屋は助かる見込みが
薄い患者が入る病室であった。

その間の治療は当時、ステロイド薬と電気によるショック療法ぐらいしか無かった。
電気ショックで全身に直接強い電気を流し脳の誤作動をなくすというショック療法が僕は嫌いだった。
その治療を行う時には必ず、僕の周りを取り囲んでメモを取る白衣の人達が沢山いた。
おそらく病院の研修生だったのかもしれない。

電気を流された瞬間は全身にかなりの衝撃が走り体が弾んでしまうため拘束具で体を固定してから電気が流される。

ダーーン‼︎
大きな音と共に全身が弾む。
痛み。五感の一つ。それは僕に記憶を残した。

隣で見ている母はよく泣いていた。

その時の僕は電飾人間の様に光っていたのだろうか?そんな有様をもし上から見ていたら
異様な雰囲気の病室も少しは楽しく感じられたのかもしれない。

周りの献身的な介護、治療の末に
僕は生き延びる事ができた。
ここでの事は単なる通過、分岐点だったのだろう。
生き残ることができなかった世界。
生き延びる事が出来た世界。

僕のいなくなった世界とは一体
どんな世界だったのかと
時折ふと僕は深く考える事がある。

続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?