第三章【イルカ君】

第三章【イルカ君】

僕には2歳離れた兄がいる。
兄と出会ったのは6歳ごろだった。
初めて会った時の兄は可愛らしい良い所の
坊ちゃんの様であった。

僕が入院中の間、両親は殆ど病院で
僕の介護をしていたので
その間兄は伯父、伯母の家でお世話になっていた。

伯父、伯母に兄はたいそう大事にされており、
一見すると普通の幸せな家族の様に見えた。
2人は兄のことをいつも愛おしそうな顔で見つめ
実の子供の様に可愛がっていた。

僕はその時に兄の事をイルカの様だと思った。
この夫婦に幸せを運んだのだとそう感じたからだ。

だがその後イルカ君は僕と共に本当の両親と
田舎で暮らす事となった。
僕の為に転地療養法で田舎の空気の良い所で暮らすことになったからだ。
仕方のない事だがその夫婦からイルカ君を
引き離す事に僕は何と無く申し訳なさを
感じていた。

田舎へ越して
家族みんなで暮らすようになった頃から
心配かける事を避け、
僕は具合が悪い状態を隠す様になった。

子供らしく振る舞う事が、
大人が望む事で最善だと思ったからだ。

はたしてその選択は正しかったのか?
ふと、考える事もある。

当時の僕はとてもわがままで、沢山笑い、
沢山泣いた。残酷で純粋であり母の言いなりの
子供そのものだった。
イルカ君を沢山困らせもしたが、
2人で遊ぶ時はいつでも楽しかった。

山へ虫をとりに行ったり、ゲームをしたり、
開発中の道を探検しにひたすら突き進んだり、
他愛のない事でワクワクしていたものだ。
子供にとって些細な事でも楽しいと感じるのは
初めての経験が刺激をくれるからだろう。
出来る範囲で僕たちは様々な事をした。

イルカ君が僕と田舎へきてから
どう感じていたのかは僕には分からない。
だけど時々寂しそうな表情を浮かべ悲壮感を
漂わせていた。

両親と何年か離れ、伯父や伯母の育児の影響を強く受けたイルカ君に母はとても厳しかった。
言葉遣いが間違っていれば叩いて叱られ、
本来ならば母がやるべき家の家事は
躾(しつけ)と称しやらされていた。

母は家事を殆どしない人だった。

小学校2、3年頃から簡単な家事、掃除などは
全てイルカ君がやっていた。
イルカ君は何も言わずテキパキと仕事をこなしていたがあまり笑わなくなっていった。
僕が手伝う事も「お母さんに怒られるから」と
断るようになった。

イルカ君が小学校4年生になった頃、
おかしな行動をとるようになった。
学校の机の周りをぐるぐると永遠に回っていたり、先生に廊下に立たされれば何時間も立っていて
学校が終わっても帰ろうとしなくなった。
僕がイルカ君の教室へ迎えに行き手を
引いて帰ることもあった。
イルカ君は歩き方もちまちまとした歩きに変わり、学校からは特殊学級を勧められた。
しかし母はそれを許さなかった。

母としてはイルカ君にきちんとした大人に
なってもらいたくて必死だったのだろうが、
愛情の形が歪んでいたと思う。
母は僕たちの心に色々な変化を与えていった。

もしー

僕がもう少し大人であったなら
環境は変わっていたのだろうか?

そんな事を今更ながらも考えてしまう。

もし仮にやり直しができたとしても
結果は同じだろう。
僕は子供であり、きっと残酷で純粋で母の言いなりでしかない。
やり直した後もやり直す前と違いはないのだ。

何故なら「もし」があったとしても、
今の僕はこの選択を選ぶ僕なのだ。
違う選択を選ぶ僕は
別の世界線にいるのだから。

続く。

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