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ザビエさんセッション:わたしの場合ー愛と関係性編 #1

今年から自分の事業の一部として、メキシコ人占星学家のザビエ・ベトコートさんのお手伝いをすることになったことはすでにお披露目済みで、今年5月来日準備の第一次佳境をたった今迎えているところ。これまでザビエさんに触れた方々に、セッションなどの感想手記を書いてもらえないかお願いをしているのだが、わたし自身も何を隠そう長年のクライアントなので、自分でもまず書いてみようと思う。そう思って、下書き程度のメモを残してみたのだが、どうやら「関係性」と「仕事」に分けたほうが良さそうなので、まずは「愛と関係性編」と題して、書いてみようと思う。

ちなみに、こんなランキングを作ってみた。

個人セッションでザビエに伝えられた衝撃の言葉ランキングTOP3
[ 愛と関係性編 ]

第一位 あなたは、究極のファザコン。 
第二位 男女間の三角関係が常にある環境で育ってきたことに気づくべし。
    a) まずは父・母・祖母の三角関係
    b) 次に父・母・わたしの三角関係
第三位 両親の間に「男女間の愛」を見出すことが間に合えば良いが・・・

今日は、手始めに、第一位の「究極のファザコン」について書いてみようと思う。なぜなら、それは、忘れもしないザビエさんと初めて会った最初のセッションで初っ端に伝えられた言葉だからだ。ザビエさんとの初めての出会いのタイミングから、わたしはやらかしていた。当初予約していた日時を仕事ですっかり忘れた挙句、すっぽかしてしまったのだ。当時そして昨年までの長い間、ザビエさんを日本に召喚していたGIRASOLの望月クララさんの暖かいご配慮に甘え、リスケしていただき、当時白金にあったサンマルクカフェの外の席でザビエさんと並んで座ったことを今もよく覚えている。その時は、ザビエさんの口から出た衝撃の「究極のファザコン」ということについて、その意図するところが全くわからず、「ファザコン?しかも究極の?そりゃね、一人娘のわたし。父とは思いの外仲も良いし、好きですよ。でも流石にファザコンという類には属しません。そんなわけナイナイ。」と思ったことも良く覚えている。

あれから10年近くが経過して、特にこの2年ほどを通訳の仕事でザビエさんとご一緒している今となって、ようやく、彼が当時わたしに伝えようとしていたことが、「嫌という程」わかってきたのだ。その所以は、細かい占星学的説明は割愛するが(注:わたしは永遠の占星学ビギナーです)、わたしの太陽(わたしを象徴する星)と土星(わたしの父性を象徴する星)が「合ーコンジャンクション」(つまりチャート上で重なっているということ)であることから、というのは明白(それだけではないかもしれないが)。目の前にあったわたしの出生図(ネイタルチャート)には、しっかりと太陽と土星のマークが双子座のエリアにあたかも仲良しこよしの友達かのように並んで描かれている。いつもザビエさんが何度となく言っている「出生図とは人生の曼荼羅」という言葉が、わたしの頭の奥の方で響き続けるのだ。

「究極のファザコン」と告げたザビエさんが、併せて当時のわたしにくれたアドバイスは、「お父さんを"ひとりの男"として観察してみること。」だった。しかも、「今からすぐにでもやるといいよ。それは、お父さんが実際に生きている間にしかできないことだからね。」とも。ザビエさんのアドバイスそのものを頭ではわかったつもりでいたが、実際にはなかなか実行には至らなかった、というのが正直なところで、結論から言うと、そのザビエさんからの「宿題」を完了した、と自覚できたのは、ほんのつい最近のことである。きっかけは、今から遡ることたった2年前。父が急な病で2カ月間入院したことだった。幸い、命に関わる病状ではなかったものの、人生で初めて「父が家にいない生活」を体験したのだった。その時、病院にいる父の姿に初めてみた「気弱な男」「そのくせめんどくさい男」からの「扱いづらい男」、そして、わたしの中に湧いてきた「父が家に不在なことで自分が感じる不安感」が、「お父さんを"ひとりの男"として観察する」という宿題をすることで得た成果物の一部となった。

わたしにとって、人生で初めて出会った男性である「父」という存在が、あまりにも当たり前かつ確固たる存在であったが故に、約40年という長い時間をかけて、わたしにとっては「父」として存在している「ひとりの男性」から影響を受け続ける間に出来上がった「男性像」がわたしの無意識下にずっと横たわっていたということ。この「男性像」があまりにもわたし自身と一体化してしまっていたため、このザビエさんからの指摘と提案なしには、「わたし」という存在と識別することは、もしかしたら一生不可能だったのではないか、と今でも思う。こんなわたし、今、44歳です。

そもそも、この「モチダ究極ファザコン説」を突きつけられた当時のわたしと言えば、転勤命令を受け、名古屋を離れ東京に住んでいた頃だった。当時の関係性についてはというと、名古屋を離れるまで約6年ほどお付き合いした相手と、その転勤を機にお別れしたところだった。アラサーだった当時は、今よりもずっと「結婚願望」がハッキリあったものの、東京での新しい仕事の刺激から、「仕事一色」の日々を送っていた、か、もしくはそれは、当時の元彼との別れに触れないでおくための自己防御策だったのかもしれない(今思えば、コッチかなと思う。苦笑)。

その6年お付き合いした相手と「(わたしは)とても結婚したかったけど、(彼のせいで)できなかった。」と当時は強く思っていたのだった。その「したかったけどできなかった理由」になるヒントを、当時まだアラサーだったわたしは、ザビエさんとのセッションに求めたのだと思う。その結果、ヒントとして受け取ったのが、この「究極のファザコン」だった。チーン。当時のわたしには、理解するには難易度の高過ぎるヒントだったのかもしれない。

わたしは今もなお独身。法的な結婚への願望そのものは、当時に比べたら随分薄れつつあるが、パートナー探しを決して諦めたわけではない。そして、この10年間を経て今ハッキリ言えることは、ただ単に、「当時のわたしは、わたし自身のことを知らなかった、わかっていなかった。」ということなのだ。こと関係性において、自分が本当は何を求めていたのか、すらも。当然のことながら、「わたしは当時、究極のファザコンだった」ということも含め。もちろん、今日まで独身でいることを「ファザコンだから」という理由で片付けたいわけでは到底ない。ザビエさんの言わんとしたことは、「ファザコンだから、脱ファザコンを目指しなさい。そうしないと結婚できないよ。」という類のことではなく、「自分がファザコンだ、という"視点"から、自分や父のことを客観的に見てみたらどうか?」という、わたしがまずわたし自身をより理解するための提案だったのだと思う。

(誤解のないように書いておくと、ザビエさんは、決して「〜〜しなさい」とは、余程のことがない限り言わない。ザビエさんの通訳としての視点より。)

極めて雑なまとめになってしまうのを承知で書き続けるが、ザビエさんとのセッションを通したわたしの「出生図」の探求を経て辿り着いている今、自分について・・・例えば、なぜこれまで自分が独身なのか、といったわたしの中にすでにあるものや、もしこれからパートナーを求めるならそれはどんなものなのか、ということが着実に自分の中に描かれつつある。その描かれつつある「絵」は、わたしが「わたし」への理解を深めていくことと比例しながら描かれ続けているということだけは、感覚値としてハッキリわかる。

出生図という1枚のA4サイズの紙に描かれている曼荼羅を通して、ザビエさんは、それまで自分一人では到底辿り着けることのなかった「視点」をもたらしてくれているのだ、と、自分のセッションや通訳でご一緒させていただいてきた数々のセッションを通して痛烈に感じるのだ。「自分の質へもっと理解を深めよう。それは出生図という曼荼羅に描かれている。人生は、正解・不正解探しではない。その自分だけに与えられた質を、"人生"というわたしたちの日常にふんだんに活かしていこう。」と、ザビエさんは言い続けているのだと思う。

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以上、クライアントとしての感想文でした。また時間をとって、ランキング2位・3位についてと「仕事編」についても書きたいと思います。最後までのお付き合い、感謝しています。そして、最後に宣伝させてください!


ザビエさんの個人セッション、5月に名古屋で受けられます!

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ザビエさんとわたし(2016年 京都にて)

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