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【ネタバレ注意】『彼は藍成る夢を呑む』に対する独自の解釈


※オクトさんのデータ写真集『彼は藍成る夢を呑む』に対し、かなり独自の解釈をしています※
※まだ写真集を見ていない方はネタバレにご注意ください※

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昔から海に憧れがあるというか、なんかほぼ憑りつかれてるんじゃないかってレベルでなぜか異常に執着がある。現実の俺は毎日毎時間TiktokとTwitterとYoutubeを周回してるか寝てるかのただの引きニートでゴミ出しのためですら外に出れなくて、だから海になんか行けるわけないんだけどそもそも外から見る海には興味があんまりない。子どもの頃に水族館に連れて行ってもらったときにその水中の世界の美しさに衝撃を受けて、そのときねだって買ってもらった水族館の写真のポストカードを壁一面にべたべた貼ってるんだけどふと気づくとそれを眺めたまま何時間も経っている。それに映ったイルカの曲線美だとかペンギンの優雅さとか熱帯魚の色鮮やかさとかに夢中になってしまって、視線を自分に移したときの黄色い皮膚の色とか毛穴のボツボツとか手足の野暮ったさとか人間という生き物としての不完全さに本当に吐き気がして自分がどうしても気持ち悪い生き物のように感じてしまう。俺は子どもの頃からずっとこの身体が本当の自分だとは思えなくて、一種の醜形恐怖症なのかもしれない、人間の自分が醜く感じて他人に見られることが極端に嫌いだった。だから外に出ず誰とも関わらず空想上に友達を作って遊んでいた。そのときに突然脳内に出現したのがタラサだった。

想像の中の友達のことをイマジナリーフレンドと言って、子どもの頃にそういう存在がいることは別に珍しい話じゃないらしい。つまりタラサは俺のイマジナリーフレンドだ。俺の強い願望がタラサに反映されているのか、タラサは人間の形をしているけれど水中で生きていて青白い肌はまるで人魚のように美しい。黒いレースのようなベールのようなものを身にまとい真っ白な髪をたゆらせてこぽこぽと小さな泡を出しながら水の中で呼吸している姿は俺の理想そのものだ。タラサと出会った小学生のときは、いつでもどこでもタラサに会いに行くことができたし会話もできたし孤独だった俺の大事な唯一の友達だった。だけど最近は、少し、違う。いつの日からかタラサは水の中にばかりいて話さなくなったしなんとなく遠く離れていくような不穏な感覚がある。

その日も俺は1Kの部屋でたったひとり時間を持て余していた。壁に貼られた大量のポストカードの前でぼおっと思案していると、鮮やかな藍色の水中をズバッと裂く鋭い勢いでタラサの腕が思考と思考の間に切り込んでくる。
ここ数ヶ月まともにタラサと会えていなかった俺は、「IFとの距離が縮まるかもしれません」とTwitter上でコンタクトを取ってきた人間から合法かと言われればそうではないだろう薬を買った。結論から言えば、この薬でタラサとの関係性は大きく変わった。関係性というか、つまりなんと俺は、タラサそのものに成ることができたのだ。ずっとずっとずっと夢だった理想だった願望だったタラサの身体を手に入れてしまった。人生で味わったことのない喜びだった。

だが現実に戻った瞬間絶望が眼前に転がっている。その恐ろしさは服薬する量に比例してどんどんと大きくなった。本当はこの現実世界で生きていかなければいけないのに、汚らしい部屋に帰ってくるたびに襲ってくる死にたくなるほどの寂しさから逃げるためにまた薬を飲む。自分が廃人になっていくのを肌で感じながらも、俺は、やめることができなかった。
ザラザラとパウチの中の錠剤を手に出し、2リットルペットボトルに口をつけて水とともにぐいっとあおる。数分経たずに視界がぼやけてきてその代わりに感情の色が痛いほど鮮やかになっていく。身体が重く重くなっていきベッドにだらりと身体を預ける。俺はイッちゃってるであろう眼球をぐるりと回し、部屋の隅々まで見たい衝動に駆られるやいなや立ち上がり右往左往する。居ても立っても居られないソワソワドキドキした高揚がだんだんと不愉快になり、結局姿見の前にずずずずと腰を下ろす。気持ちがいい時間は量が増えてもどんどんと短くなっている。俺にはもうすでに罪悪感が渦巻いておりその不安の形を確認しようと鏡をのぞき込む。光のない暗い瞳、後悔の重みで縮こまる身体、情けない悲しげな表情、醜くてしょうがないこんな姿が俺自身だということを受け入れることができない。タラサ。俺の夢であり俺自身でもあるタラサ。ぐちゃぐちゃに踏みつぶされてしまいにはぼっかりと大きな穴が空いた心を埋めるように、先ほどのものより一回り大きい錠剤を意を決してごくりと喉の奥に流す。

ガツンガツン後頭部を石で殴られているような頭痛の中泡沫のように儚いタラサの姿が見えては消え生身のこの身体への違和感がぞわぞわと虫のように皮膚の内側を這いまわりこんなものは今の俺には何の意味もないんだと思考が散り散りになるままに叫び声をあげながらびりびりとポストカードを破り取って狂気に従って嚙みちぎり俺は夢を呑み込んだそのときタラサが俺をいざなうように美しい手を差し伸べているのが見え俺は必死にすがろうとするがそれに抵抗する腹部から激しく込み上げてくる熱い何かがごぼりと口から溢れ出すのを手で受け止めると俺は吐血していた、ああ、とうとう、この世界にはいられないのだ、試しにべろりとそれを舐めてみてもそのクソ不味さにいよいよ一切の未練がなくなり身体が弛緩するのに任せばたりとベッドに倒れタラサ、タラサと心の底から呼びながらゆっくりと目を閉じ俺は意識を手放した。

膝を抱え小さく丸くなったタラサの身体がゆっくりと水の中へ落ちてくる。恐る恐る目をあけた彼は美しい藍色の世界で呼吸ができることを確認し安堵する。四肢を動かすたびにふわふわと抵抗を受けながら広がる黒いベールの花のような美しさ、皮膚になじむ水の温かさにしばし酔いしれる。やっと彼は彼自身と相成った!生き生きとした喜びの中にはこれまでに感じてきた俗世への嫌悪や憎しみを表出させる自由までもが存在していることに気が付いた。何かを憎むことすらできなかった彼は今、あの狭くて汚くてずっと彼を守ってきたやわらかな地獄のような部屋に正対し青く冷たい瞳でじっと見つめる。その表情はぞっとするほど青白く固く強張りもはや心の内を読むことはできない。
水面から外界の光がさし、彼は名残惜しそうに両手を伸ばすが身体は徐々に深い深い海の底へスーッと沈み込んでいく。幾ばくかの寂寥をたたえた彼の視線は、吐き出した泡のひとつひとつが水面へと上っていく様をなぞり見送った。そして彼はもう、二度と戻らない。


ポストカードが乱れなく一面に貼られている1Kの部屋の壁を背に横たわる身体。お気に入りのぬいぐるみを抱き目をつむる穏やかな顔。彼がみるものは夢か、現か。



model:オクト

photographer:ホンダアヤノ

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