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Blankey Jet Cityのこと、「ガールズバンドクライ」を完走したこと

昨夜はBlankey Jet Cityのラストツアー「LAST DANCE」のYouTubeのプレミア公開を観た。ブランキーのライブは映像含め初見。率直に言って滅茶苦茶かっこよかった。

自分がライブに行く頃にはブランキーは解散していた。だけど2005年のRSRでSHERBETS、LOSALIOS、ROSSOを観ることができた。しかしこれが良くなかった。ROSSOは良かったけど、浅井健一のSHERBETSも、中村達也のLOSALIOSは正直一見さん向きの音楽とは言えなかった。SHERBETSに至ってはメインステージであるにもかかわらずガラガラだった。AJ ICOこそ好きで良く聴いていたが、僕にとって後追いでブランキーにハマる材料は乏しかった。

だから昨夜のプレミア公開がほぼブランキー初体験だったのだが、メンバーのそれぞれの別のバンドは相手にならないくらいかっこよかった。僕は2005年から2019年は大体RSRに通っているが、ブランキーの音楽が至る所で流れていたし、その理由もよくわかるくらい彼らがクソかっこいいことをいまさら理解した。遅過ぎ。

ロカビリーとパンクが根っこにありつつ、中村と照井のリズム隊がどっしり構えるのではなく、浅井の縦横無尽のギターボーカルと共に走りまくっている。同期なんて概念はない。全員がわりと好き勝手にやってる。にもかかわらず破綻しない。奇跡的なバランスで成立していて20年越しでも少しも色褪せないでいる。これを観てしまうとミッシェルやナンバガが子供に見えてしまう。ここまで仕上がってしまうと解散後の活動に苦労してしまうことも再結成が難しいことも容易に想像がついてしまう。バンドの人数に違いはあるがツェッペリンみたいだなあと思った。

プレミア公開の最後にサブスク公開とアナログの再発が発表された。再結成のアナウンスはなし。メンバーの仲は悪くないという話は照井さんのブログ経由で時折流れてくる。再結成するかしないかは彼らの自由だけど、願わくばサブスクの公開も含め彼ら並びに関係者にとって楽しいものであるといいな。

さっそく先行公開されたライブアルバムを聴いている。かっこいい。


「ガールズバンドクライ」全13話を完走した。物語は熱くて良かったけど8話がピークだったし、音楽の描写が正直微妙だった。

ダイヤモンドダストというバンドを辞めた桃香が、主人公である仁菜と出会い音楽を再開させる一連の物語自体はとても良かった。曲作り、ライブハウスとの関係性、かつてのお世話になった人、そして新しく出会う人との関わり、プロになるということ、それらの描写は丹念にリサーチされたものでとてもリアリティを感じた。川崎という街の中心に描いていたのも好印象だった。

だけど仁菜という主人公を泣かせるだけのシナリオの構造自体はあまり褒められたものではない。必要のない対立を煽り、仁菜を狂人に仕立て上げ、ライブという空間で必要以上に自分語りをさせるダサい作品に成り下がっていた。とはいえアニメファンには届いていたのでアニメ作品としては良かったのかもしれないが、音楽ファンに届くものではなかったというのが正直なところ。演奏中のカメラの必要以上な動きも、少なくてもリアルのロックバンドはやらない。モーションキャプチャーすればいいってわけじゃない。作り手の嗜好と都合で作られたアニメだったと思う。玉井健二の音楽も、素人含むバンドメンバーが演奏するものとしてはハードルが高すぎる。サブタイトルの引用も元ネタに敬意を払わないつまらないものだった。

物語はフィクションなのだからすべてが現実に即しているべきだとは思わない。音楽好きに支持される「ぼっち・ざ・ろっく!」で星歌が下北沢であの年齢でライブハウスを経営するのはどう考えても難しい。喜多ちゃんギターの上達具合は現実的にはありえない。だけどなぜ「ぼっち」が音楽好きに支持されて、「ガルクラ」が見向きもされないのか、その差は何なのか。なぜ「ガルクラ」はアイドル要素をしつこくぶち込んだのか。なぜ必要以上に仁菜を狂人に仕立て上げたのか。その回答を提示できない限り、僕は続編には触れないと思う。

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