見出し画像

【台本書き起こし】シーズン5「足利尊氏 夜明けのばさら」第2話 嘉暦の騒動:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

〇鎌倉浄妙寺文保元年(一三一七年)六月
錦小路殿N:文保元年六月二十四日。下野源氏足利本家の八代の御当主、左馬助高義さまは二十一歳の若さで亡くなりました。高義さまのお母上は釈迦堂殿と申しまして、足利家の大殿さま、讃岐守貞氏さまの御正室でございます。釈迦堂殿の御実家は北条氏御一門の金沢家。御当主の母方として、金沢家との深い結びつきは足利家にとってはたいそう心強いものでした。高義さまの死は足利家にとって、大変な動揺をもたらしたのです。

〇鎌倉幕府・政庁元応元年(一三一九年)
錦小路殿N:それから二年の歳月が流れました。元応元年十月十日。貞氏さまとわたくしの間に生まれた最初の子、又太郎どのは武家の慣例に従い、時の御執権北条高時さまを烏帽子親として元服、加冠の儀式を行うことになりました。お名前の一字をたまわり、高氏を名乗るのはこの時からでございます。

北条高時:従五位下を叙爵、治部大輔に任官。私の名から一字を与えて、足利朝臣源ノ高氏か。その方、今日をもって鎌倉武士足利高氏となったわけだ。まずはめでたいと申しておこう。
足利高氏:お言葉をたまわり、まことにもったいないと存じます。
高時:よい、よい。ところで、貞氏入道よ。足利の家督はいかがいたすのか?
貞氏:いましばらくはこのままに。
高時:このまま?次の主には高氏を据えるのではないのか。
貞氏:足利家の嫡男は、いまは亡き伜の高義。高義には遺児が二人ございますが、家を継ぐにはまだ幼い。孫たちの成長を待ち、伜に代わって、足利の家を我が手から譲るのが入道の望みでござる。
高時:筋からいえば入道が申す通りだが、私はてっきり、このたびの元服で、足利の跡継ぎが定まったものと思っておったぞ。何だ、つまらんな。烏帽子親になってやった甲斐がないのう。
高氏:お、お手を煩わせて、ただ恐れ入るばかりでございます。
貞氏:病がちで、いったんは足利家の主をしりぞいたこの老体。時と場合によっては仮初めの当主を立てるという必要もございましょう。ただ、いまはその時ではない。高氏はいまだ若輩者のゆえ。
高時:さようか。高氏よ、その方はいくつになるのだ?
高氏:十五になります。
高時:ふん、私と二つしか違わぬのだな。私は六つで元服いたし、九つで得宗家を継いだ。執権の任に就いたのは十四の年だったぞ。十五になって、若過ぎるという理屈はないだろう。
貞氏:恐れながら、高時さまは北条の御本家として、御一族、御一門の上に立つ得宗家の御嫡男。家督をお継ぎになり、幕府の要職にお就きになるのにどこから異議が持ち上がるでしょうか。この高氏は違います。高義や孫たちとは血筋が違い、身分が違う。いま、次の主として認めたなら、足利の家は乱れまする。
高時:生まれつきの日陰者に大事な家を継がせられぬ、と入道は申すのだな?気苦労が多いことだ。
貞氏:御家人の本分は一所懸命。家と所領を守り抜き、子孫の代まで残すことが御恩と奉公の根本であると心得てございます。
高時:あははは。御家人とはけなげなものよのう。高氏よ、その方は父の言葉に従い、足利家の跡継ぎが育つまで待つと申すのか。
高氏:…はい。父上のお申しつけのままに。
高時:そうか、そうか。入道、その方は孝行息子を持ったのう。
高氏:御執権。勝ち負けは見えたようです。もうやめさせては?
高時:よい、よい、捨てて置け。まだ小競り合いではないか。
高氏:しかし……このままでは劣勢のあの犬、噛み殺されますぞ。
高時:犬合わせはな、生きるか、死ぬか、死に物狂いになってからが面白いのだ。最後の最後まで、どのような見世物になるかは分からぬのだからな。あはは、ははははは。

〇足利家鎌倉屋敷・貞氏の部屋正中三年(一三二六年)
錦小路殿N:そして、さらに七年の歳月が過ぎ、正中三年の春を迎えたのでございます。

高氏:妻をもらえ?父上、まさか、そのような御指図をお受けになったのではございませんな。
貞氏:烏帽子親として正室の世話をしてやろうとの、御執権のお声がかりだ。当家にとっても損はない。北条一門との血の繋がり、後ろ盾があってこその足利のお家。花嫁選びは御執権にお任せした。
高氏:私に相談もせず、婚礼の話をお進めになったのですか!
貞氏:お前の考えなぞは初めから訊ねておらん。受けるか、受けないか、という話ではない。これはすでに決まったことなのだ。
高氏:うう……
貞氏:得心したか。今日のところは話はここまでだ。婚礼の件がまとまるまでに身のまわりをきれいに片づけておけよ。いまは万事、とどこおりなく婚礼を進めることが重大事なのだからな。
高氏:片づける、とは……?
貞氏:わしが知らんとでも思っておったか?高氏、お前は加古家の娘のところへ通っているという話だな。
高氏:そ、それは。
貞氏:子を儲けたのだろう。伜がおるはずだ。
高氏:……竹若と申します。
貞氏:不憫ではあるが、母子ともども寺へ入れろ。別にもう一人、忍びで通っている女があったな。
高氏:え、越前のことまで、御承知でしたか。
貞氏:身分の卑しき女だ。二度と通うな。縁を切れ。
高氏:そんな、御無体を。越前は子を孕んでおるのです。
貞氏:誰の子なのか、知れたものではない。不平を申してやかましいなら、銭を与えて追い払え。よいな。しかと申しつけたぞ。
高氏:……かしこまってござる。

高氏:御家人の伜とはまことに情けないものだな。惚れ合った女たちや、血を分けた我が子ですら、望むようにならないのか。それに誰を妻に迎えようが、父上がお家を譲りたいのは御嫡孫、亡き高義兄上のお子たちではないか。いまのままでは家を出ることも許されず、飼い殺しも同じ。これが、御家人の本分だと申すのか。

〇足利家鎌倉屋敷・主殿
錦小路殿N:その後、高氏どのの婚礼は首尾よくお話がまとまり、赤橋家から御正室を迎えることになりました。赤橋家と申しましたら、北条氏の御一門にあって、家格の高さは本家筋の得宗家に次ぐという名家。足利家もまた、長年にわたって北条氏の風下に立たされてきたとは申すものの、御家人中有数の家格を誇っております。足利、赤橋、両家の婚礼はそれは盛大に執り行われました。

直義:兄上。おめでたい婚礼の席なのですよ。そのような、むすっと恐ろしげな顔はおやめください。花嫁が怯えてしまいます。
高氏:面白くないのだ。私は。
直義:何故なのです?御家人の御正室として、もうこの上は望めないというほどの名家の姫君をお迎えするのではございませんか。釈迦堂殿の御実家と比較しても遜色はない。どんな不足があると申すのですか。
高氏:不足も何も、私は花嫁の顔すら目にしたことはない。
直義:たいそうお美しいお方です。兄上にはもったいない。
高氏:直義よ。実際にお前はその目で見てきたのか?
直義:町の評判です……ああ、赤橋家の御当主がお見えになった。
赤橋守時:御免。武蔵守守時である。こうして高氏どのと向かい合い、間近で話をする機会は初めてでしたな。本日をもって足利と赤橋は縁続きの家になった。以後、御厚誼を何とぞ願いたい。
高氏:御執権のお声がかりとは申せ、まさか赤橋家から妻をいただくことになり、この高氏、おのれの耳を疑いました。失礼を承知でお訊ねしたいが、赤橋の方では、縁組の相手が私でまことに良いとお考えなのですか?
守時:ははは。高氏どのは実直なお方だ。
高氏:生来のへそ曲がりなのです。
守時:名家、名家と誇ったところで、家格が高いばかりで、いまの世では大して力を持たないお飾りのようなもの。足利の方こそ、赤橋の家名に大きな期待をかけると、当てが外れてがっかりということになる。いまのうちに断っておきますぞ。
高氏:はあ……我が父にはそのように伝えておきましょう。
守時:御執権のお考えなら、まず察しがつく。お気を悪くされては困るが……足利の跡継ぎには亡き高義どのの遺児があり、将来、御嫡孫を差しおいて高氏どのが家を継ぐ見込みは薄い。婚礼は家と家とを血の絆で結ぶもの。剣呑な相手に力をつけさせぬうちに、赤橋家の娘を片づける先にはちょうどよいとお目をつけたのだろう。
高氏:何と!それでは体裁のよい厄介払いではござらんか。
守時:いや、考え違いをなさるな。御執権の目論見が何にせよ、この婚礼がまとまったことを私は嘘偽りなく歓迎しておるのだ。
高氏:まことでございますか。
守時:私は兄として、俗世の醜い企みや争いごとから妹を遠ざけておきたかった。高氏どの。登子のこと、よろしく頼みたい。

錦小路殿N:やがて、介添えの老女に手を引かれて、美々しく化粧した花嫁が婚礼の場に現れました。

一同:おおーっ。
直義:これは驚いた。お美しいとは聞いていましたが、まさかここまでとは。いや、まさに聞きしにまさる。いかがか、兄上?
高氏:あ、ああ……姫。いま、私を見て、確かに笑いましたな。そんなにおかしな顔でしたか?
赤橋登子:いいえ。お殿さまが、わたくしが頭の中で勝手に考えたような恐ろしいお姿ではなかったと知って、何やら拍子抜けする思いがしておかしくなったのでございます。
高氏:鬼の花婿とでもお考えでしたか。
登子:お殿さまのお噂はかねがね聞き伝えに存じておりました。
高氏:ほう。私の噂とは、いったいどのような?
登子:ばさら。
高氏:え?
登子:足利の小伜は手のつけられない暴れん坊、跳ねっかえりで恐いもの知らず、弓も馬も達者で、誰にも負けたことがないと。
高氏:いつの話なのだ。その時分と申したら、私がまだ元服する前、それどころか、高義兄上がまだお元気だった。
登子:子供たちはみんな噂好きなのです。鎌倉中の出来事が噂話になって、赤橋の屋敷には聞こえてまいります。あの頃の鎌倉の子供たちはみんな、足利家の又太郎さまに憧れておりました。
高氏:まさか。そんなことは。
登子:子供たちは誰だって強いお方が好き。わたくしも、強いお方が大好きです。
高氏:なるほど。あなたは変わったおひとだ。
登子:弱いお方は嫌いです。意気地のないお方は大嫌いです。
高氏:ははは。では、これからは登子どのから嫌われない男として振舞えるようにせいぜい心がけるとしよう。

〇金沢貞顕屋敷
錦小路殿N:高氏どのと登子どのの婚礼からしばらく後、鎌倉中を騒がせる出来事がございました。

高氏:やれやれ。これだけの人数をよくも掻き集めたものだ。蟻の這い入る隙間もないというやつかね。
直義:御執権が襲われるという風説が鎌倉中に広がっていますからね。金沢さまが恐れて、お味方を集めるのは仕方がないでしょう。
高氏:執権職を任されなかったお歴々の腹いせだろう。もとはといえば先の御執権……高時さまのわがままから始まった騒動のはず。執権の任を別の者に押しつけたお方ではなく、執権の任を押しつけられたお方が恨まれると申すのは少々筋が通らないではないか。
直義:まさか、得宗家に逆らうわけには。北条一門の御本家です。
高氏:いずれにせよ、お身内同士の内輪揉めには違いない。他の家の喧嘩の巻き添えは御免こうむりたい。我らまで、こうして金沢さまをお守りするために駆り出される羽目になった。
直義:他の家の喧嘩ではありません。釈迦堂殿の御実家です。金沢さまがもしも本当に襲われて、それがもとで没落することにでもなったら、足利家まで大きな傷がついてしまう。

錦小路殿N:この年の三月十三日。得宗家の御当主北条高時さまは執権の任を突然投げ出し、その日のうちに御出家を遂げたのです。ただちに御一門をはじめ、得宗家の御家来衆、御外戚、有力な御家人などを巻き込み、どなたを立てるのがよろしいか、御後任の執権職争いが始まりました。そんな中で高時さまは御家来衆とはかり、執権職への就任を金沢貞顕さまにお命じになったのでございます。この御裁可をよしとしない者は数多く、時日を置かず、抗議の意思をあらわして大勢の方々が御出家なさいました。新任の御執権が襲われるという風説が鎌倉中に広まったのはその直後からです。

直義:兄上!大変です、大変なことになりました。
高氏:どうした、直義?どこぞから兵が押し寄せてきたか?
直義:金沢さまが御執権から下りてしまいました。辞表はすでに受理されたというお話です。
高氏:何だって!

〇北条高時屋敷
田楽法師:浦は松葉を掻きとしよるの、嵐ぞ今朝は取り掻き集めたる、松の葉は焚かぬも煙なりける、焚かぬも煙なりける……
高時:つまらん。まことにつまらん。騒ぐだけ騒いで、さっさと兵を引きおって。どいつもこいつも意気地がないわ。執権の座が欲しくはないのか。これが犬なら、躊躇わずに噛みつき、力ずくで奪い取ろうとするものを。ええい、酒だ。もっと酒を運んでまいれ!

〇鎌倉幕府・政庁
錦小路殿N:三月二十六日。金沢貞顕さまは襲撃を恐れるあまり、在職十日にして執権職を御辞任。そのまま御主家を遂げました。幕府の執権職はこうして席が空いたのでしたが、先のような騒ぎがあった後ですから、引き受けるという者がいっこうに出てまいりません。執権職不在のままひと月近くが経ち、四月二十四日にいたって、十四代高時さま、十五代貞顕さまに代わる、新しい御執権がようやく就任の運びとなったのでございます。

守時:まさか、このような次第になるとは思わなかったな。
高氏:十六代執権職の御就任。守時さまにおかれてはまことにめでたきこととお祝いを申し上げまする。
守時:めでたくはないだろう、高氏どの。無益な争いに巻き込まれることを危ぶみ、どなたにも与せずに様子をうかがっておったが、おかげで貧乏くじを引かされた思いがするわ。いつまでも空けてはおけぬからと、執権職をこうしてお引き受けはしたが……どれだけのことが私にできるのか。
高氏:何を心細いことを。
守時:心細くもなるというもの。いまや幕府は形ばかりで、実権はほとんどない。かの元寇の国難以来、得宗家の御当主に権力が集中するようになったからだ。先のいざこざで、御一門、御外戚、御家人の多くが高時さまのまわりを離れていった。これからはいっそうあのお方の専横に歯止めがかからなくなるぞ。
高氏:それにしても、高時さまは御執権をどうしてお辞めに?
守時:執権職に誰が就くかで、得宗家の相続をどうするかは定まってくる。高時さまのお子には生まれたばかりの若御前があるが、御正室との間に生まれたお子ではない。跡継ぎに立てるとなると、これをよく思わない者たちはこぞって批判の声を上げるだろう。いまにして思えばあのお方は、御辞任によって執権職争いの騒動を引き起こし、煙たい者たちをまとめてまわりから追い払ったのだな。
高氏:さような企みのためにみなが振りまわされたのですか。
守時:私とて、若御前が元服するまでの、中継ぎ、繋ぎというだけの執権のお役だ。先の金沢さまの一事でも明らかな通り、どこで足下をすくわれるか知れたものではない。
高氏:守時さまのお力ではどうにもならないとおっしゃるのか。
守時:これからは高氏どの、あなたは当代の執権の縁続きというお立場になるが……はたして足利家にとってはよかったかどうか。だが、たとえどんなことがあっても、登子をくれぐれも頼むぞ。
高氏:……うけたまわってござる。

〇足利家鎌倉屋敷・登子の部屋元徳二年(一三三〇年)六月
錦小路殿N:この四年後。高氏どのと登子どのの間にそれは玉のように愛らしい赤子が生まれたのでした。

高氏:おお。これは元気がよい赤子ではないか。はは、母上によく似て、負けん気が強そうだな。
登子:いいえ、お殿さまに似たのでございます。男の子ですよ。
高氏:そうか、男の子か。登子。よく産んでくれた。
登子:立派な名前を考えて差し上げましょう。このお子のために。
高氏:それはもう決めてある。男が生まれたら千寿王と名づけようと考えておった。どうだ?
登子:千寿王…とてもよいお名前でございます。それではわたくしは必ずやこのお子をお名前に見劣りすることのない、お殿さまの跡継ぎとして恥ずかしくない武者に育ててみせます。
高氏:跡継ぎか。そうだな。私にも、跡を継がせる男の子ができたのだな……
尊氏が嗚咽する。
登子:どうなさいました。お殿さま、そのように涙ぐまれて?
高氏:いや……跡継ぎはこうして生まれてきたが、私には跡を継がせるような家の方がない。それを考えると情けなくなってな。
登子:何をおっしゃるのですか。お家がないなら、でしたら、お殿さまが手ずからお作りしたらよろしいではありませんか。
高氏:私の手で、家を作る……?
登子:そうです。このお子に継いでいただくために、新しい、これまでにないような御立派なお家を作ってください。お殿さまとわたくしと、それから、このお子の将来のために。
高氏:私の家。我が子に継がせるための新しいお家、か……

〇鎌倉幕府・政庁元徳三年(一三三一年)夏
錦小路殿N:それは元徳三年の夏、千寿王どのの御誕生から、一年が経つ頃の出来事でございました。天下の安寧を打ち破る、途方もない異変の一報が鎌倉に伝えられたのです。

守時:まさか!当今の……帝の御謀反だと……?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?