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【台本書き起こし】シーズン3「千利休と天下人たち」第2話 三好長慶:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

◯堺・千家『魚屋』
宗套:高砂やこの浦舟に帆を上げてこの浦舟に帆を上げて月もろともに出潮の波の淡路の島影や遠く鳴尾の沖過ぎてはやすみのえに着きにけりはやすみのえに着きにけり。

NA:天文11年(1542年)頃、利休は最初の結婚をしています。妻の素性は定かに判っていませんが、三好長慶の妹ではないか、という俗説があります。それに従えば、利休と長慶はこれで義兄弟となったのです。

長慶:利休、結婚おめでとう。妹を頼む。
利休:長慶様、仇敵・木沢長政討ち取り、おめでとうございます。
長慶:おう。これで利休も三好の一員だな。一度阿波国に遊びに来てくれ。
利休:兄上、よろしくお願い申す。

NA:この謡曲『高砂』は、大阪湾を挟んで互いに対岸のパートナーを想う相生松を讃える能楽ですが、これこそまさに利休と長慶の心情のようでした。

長慶:良かったなあ利休。夢中になれるものがみつかって。しかしあのイラチの与四郎が剃髪するほど熱中するとはな。茶の湯とは、そんなに面白いものか?
利休:長慶様。利休はお前様に茶を一碗進ぜたいと思い、それで侘茶を始めたのです。
長慶:俺に?
利休:堺が一向一揆に取り囲まれたあの日から、お前様は仇討ちのためだけに生きている。お辛くはありませぬか?
長慶:辛くないと言えば嘘になる。だが亡きお父上の無念を思うと今も心が煮えたぎる。俺は必ず仇を討つ。ただ・・書物を読む暇がないのが一番辛いかな。仇討ちが全て終わったら、俺は歌を詠み、書を読んで暮らすよ。それを楽しみに今は耐えておる。
利休:フフフ、仙熊らしい。

NA:三好長慶は文武両道で知られた武将でした。特に連歌を好み、多くの歌を記憶するために、あの弘法大師空海も習得したという虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)という記憶術の荒業に励んでいたと伝わっています。

長慶:ああ。思えば南宗庵での年少の頃が、我が人生で一番楽しい思い出だった。
利休:必ずや仇討ちの大願成就を。お祈り申し上げます。

NA:しかし天文15年(1546年)、24歳になった三好長慶は堺に滞在中、再び細川晴元の姦計にはまり、大群の敵勢に取り囲まれました。それまで細川晴元は政敵を片付ける汚れ仕事を長慶に押し付けていましたが、長慶が力をつけ過ぎたとみるや仇討ちを恐れて罠を仕掛けたのです。長慶にわずかな手勢のみで堺の警備につかせ、その数倍の敵に堺を襲わせたのでした。長慶の父・三好元長を自刃に追い込んだ、あの卑劣なやり口と同じでした。この時、堺の会合衆が天王寺屋に集い、長慶を挟んで対応を協議しました。利休はまだ会合衆のメンバーではありませんでしたが、長慶に呼ばれ参加しました。

◯天王寺屋
今井宗久:長慶殿、堺の町を戦場にするわけにいかん。なんとしても和睦して貰わねば。
長慶:今、堺を包囲する細川氏綱(うじつな)の軍勢は2万、対するこちらはせいぜい2千。対等の和睦とは参らないでしょう。
津田宗及:どういう意味です?
宗久:身代金が必要と申されるか?いかほどじゃ?
長慶:さよう、まず銭千貫ほどは要求してくるでしょう。

NA:銭千貫とは今のお金で数千万円ほどです。

利休:会合衆の皆様、どうかその銭、『魚屋』をかたに、この宗易にお貸しください。
宗久:ふん。その程度ならこの今井だけでも払えぬ額ではない、がしかし・・。

NA:座を仕切っていた今井宗久は言葉を切ってまじまじと長慶を見ました。

宗久:今の三好長慶殿にその値打ちがあるかどうか、だ。
宗及:そもそもこたびの戦、細川管領家での内紛が原因と見受けられるが、細川氏綱様と細川晴元様のいずれに正義はあるのでしょう?いや我ら堺衆はいずれにつくべきなのか?

NA:大名より大きいと言われた天王寺屋の跡取りで一番若い津田宗及が素直な疑問を口にしました。

宗久:お見受けすると長慶殿はそのどちらからも切られてしもうたような。氏綱様の軍勢にとっては憎っくき敵の大将、晴元様側から見れば用済みの憎まれ役。
利休:そんな・・。
宗久:そのようなお方に果たして千貫の値打ちがあるかどうか?だが。
利休:宗久様、それは言い過ぎです。
長慶:良いのだ利休。宗久殿のいう通り、この長慶、ボロ布のように晴元様から捨てられたのよ。我が命などもはやなんの価値もない。それより今は堺の町を守らねば。どうぞこの三好長慶の首を、敵に差し出してくだされ。
利休:長慶様・・。

NA:すると、それまで黙っていた天王寺屋津田宗達が口を開きました。

宗達:三好長慶殿はお父上・元長様と同じ道を選ばれるというのだな?
長慶:13年前、10万の一向一揆に取り囲まれた父と我が一族は、堺の町を守るため、抵抗せずに自刃を選びました。私は父の仇を打つために憎っくき敵である細川晴元の家臣に甘んじてなりましたが、2度までもその姦計に嵌り、再び堺の町を危機に陥れたこと、申し訳の仕様もござりませぬ。堺は我が愛する第二の故郷、この命にかえてお守りいたす。
宗達:長慶殿、そのお言葉が聞きたかったのじゃ。そもそも阿波三好家と堺は相生の松よ、二つでひとつの共同体じゃ。お父上が一族80名の命と引き換えにこの堺を守られた御恩を、天王寺屋宗達、決して忘れはせん。また一度ならず二度までも、堺を戦火に巻き込まんとする細川晴元様の姑息なやり口、もう我慢がならん!
長慶:宗達様。
宗達:宗易、そなたに銭を預けましょう。敵との和睦交渉をなさい。
利休:ありがとうございます。
宗達:それはそうと、長慶殿は何故この宗易を利休と呼ばれるか?
長慶:幼き頃、南宗寺の大林宗套がおつけになられたあだ名でございます。
宗達:面白い名じゃ。利休どの、銭は必ず返してもらうぞ。精進なされよ。
利休:はい!

NA:天王寺屋宗達は長慶の父・元長の時代から三好一族と共に、法華宗と連携して瀬戸内の海上物流を掌握していました。後年、織田信長が宗達の息子である宗及に異常なまでの厚遇でもてなすのも、この海上物流ネットワークが欲しかったからでした。しかしこの事件で長慶を助けたのはどうも利休ではないかと想像させる間接的な記録があります。利休はこの年の日記に『財を無くし祖父の七回忌法要が出来ず、泣きながら墓を掃除した』と記しているのです。親友を救うため、家業を売り払ったのではないでしょうか。一方堺を無事脱出した三好長慶は、ついに仇である主君・細川晴元との決別を決意するのです。

◯堺利休の茶室
NA:細川晴元との決戦を前に、三好長慶は利休の茶室を訪ねました。

長慶:ほう、これが利休の考案したにじり口か。なるほど刀を外さねば通れぬな。
利休:長慶様、どうぞ中へ。
長慶:おおっ、中は二畳だけか。これはなんとも、互いの胸の鼓動さえも聞こえそうな近さだな。
利休:本当に。三好様の心にまで手が届きそうです。
長慶:利休。
利休:はい。
長慶:ありがとう。この通りだ。
利休:もったいない。お手をお上げください。
長慶:ところで利休、硝石が手に入らんか?
利休:硝石を産する土地は国内に少ないと聞いております。
長慶:では明国はどうだ?
利休:天王寺屋さんか、今井宗久様であればご存知かと。
長慶:その天王寺屋が、種子島の鉄砲を堺の刀鍛冶らに複製させたものを100丁ばかり購入したが、火縄が足りんのだ。火縄がなければ鉄砲はただの鉄の筒よ。そして火縄には内に練り込む硝石が必要だとわかった。利休、これからの戦さは鉄砲だ。今から硝石を扱えば、借りた銭の利息分くらいにはなるかもしれん。

NA:種子島に鉄砲が伝来した1543年からこの5年ほどの間に、堺の商人たちはこれをコピーして、商品として戦国大名たちに売り始めていました。実は長慶の仇・細川晴元も鉄砲を購入しています。

利休:では長慶様はついに天下取りを狙われると?
長慶:俺は天下取りに興味はない。父の仇を討ちたいだけだ。
利休:それでは火縄が売れませんな。利休はいつになったら儲かるものか。
ふたり:アハハ。
利休:・・・お茶が入りました。
長慶:うむ。頂戴する・・・美味い。茶禅一味か・・・三好長慶、この味生涯忘れぬ。
利休:長慶様?
長慶:いよいよ真の仇、細川晴元と一戦交える。これが最後になるやもしれぬ。
利休:三好長慶様は天下人の器です。
長慶:さてな。しかしこの茶室はいいな。人の表も裏も見える。
利休:はい。そのようにしつらえました。

◯戦場江口の戦い
NA:天文18年(1549年)、江口の戦いで三好長慶は鉄砲隊を編成、敵800名を討ち取って大勝利を収めました。織田信長が長篠の戦いで鉄砲隊を組織した四半世紀も前のことでした。さらに長慶は宿敵細川晴元と将軍足利義晴・義輝親子を京都から追い払い、翌天文19年、ついに三好政権を樹立しました。三好政権の特徴は三好自らが征夷大将軍など高い位につくことなく、足利将軍家を滅ぼさず、かと言ってその威光を傘にするのでもなく、全く自立した武家による行政を実現したところでした。圧倒的な権力による近世的中央集権支配ではなく、封建的な国衆の総意に基づく中世の連合政権であったのかも知れません。またその支配した地域は五畿内に限定されていましたので、三好長慶が最初の天下人だと言えるかどうかはこれからの研究を待たねばなりません。がともかく、応仁の乱以降続いた戦乱は一旦終息したかに思えました・・ところが・・。

◯利休邸
利休:なに?三好様が襲われただと?そ、それでご容態は!?

NA:天文20年(1551年)、三好長慶は2度にわたって暗殺者より命を狙われました。三好長慶は当初、細川管領家や足利将軍家に代わって自分が天下をとる意図を持っていなかったのです。長慶はひたすら父の仇を討ちたかっただけでしたが、儒教的な主従の教えを大切にする人でもありました。そのため敵が何度も息を吹き返しては襲ってきたのです。

作・演出:岡田寧
出演:
 千利休⇒西東雅敏
 三好長慶⇒谷沢龍馬
 今井宗久⇒望生
 津田宗及⇒平塚蓮
 津田宗達⇒濱嵜凌
 大林宋套⇒梅崎信一
 ナレーション⇒大川原咲
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:H/MIX GALLERY・甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社PitPa

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