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【台本書き起こし】シーズン5「足利尊氏 夜明けのばさら」第1話 足利家の一族:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

〇早朝・篠村八幡宮境内元弘三(一三三三)年五月七日
兵1:ようやく、出陣と決まったようだな。武者震いがするのう。
兵2:このまま山陰道を進むことになるのか。
兵3:まだ分からんぞ。山陽道の平定に向かった総大将は、過日の戦であえなく討死を遂げたという話ではないか。
兵4:河内の千早城もいまだ落ちず、しぶとく持ちこたえておるようだ。二年前の戦とは賊軍の勢いがまるで大違い。
足利直義:静まれ!これより、御大将のお言葉があるぞ。
足利高氏:足利朝臣源ノ高氏である……みなの者、心して聞くがよい。いまから我が軍は老ノ坂を越えて、京の都へ引き返す。そのまま洛中を横切り、まっしぐらに六波羅探題へ攻めかかる!
兵1:おい、どういうことだ。
兵2:六波羅を攻めるだと?
兵3:まさか!そんな話があるものか。
兵4:足利さまは、幕府を裏切る所存か……
高氏:うろたえるでない!この一戦は反逆にあらず。天命だ。先の帝の、いいや、いまは伯耆船上山の行宮におわす、万乗の君の勅をたてまつり、臣として義軍を挙げ、朝敵を退治する戦いである。ただいま、この時をもって、天朝の親軍として我らは起つ。
高氏:おお。みなの者、あれを見よ。山鳩だ。源氏の守り神、八幡大菩薩のお使いが、我らが行く道を示してくれるだろう。
直義:兄上……いえ、御大将!御覧なされ。東の空へ向かって山鳩は飛んでいきましたぞ。ほら、夜明けの光を目指すようにまっすぐ、ああ、どこまでも空高く……
高氏:親軍の武者たちよ。日輪はいま、まさに天上の高みへ昇らんとしておる。いざ、日輪の下へ向かえ。老ノ坂へ進め。朝敵は都にあり。都の東向こうの六波羅に、否、坂東鎌倉の地にこそあり!
兵一同:お、おおーっ!

錦小路殿N:時に光厳天皇の御代、正慶二年五月七日。それとも、後醍醐天皇の御代、元弘三年五月七日の出来事であったとお話しする方がよろしいでしょうか。あの夏、わたくしの大切な子供たち、高氏どのと直義どのは鎌倉幕府に決別して、宮方にお味方することを選びました。高氏どのが何を思い、お位を奪われ、都を追われた先の帝の勅に従って、幕府に反旗を翻したのか……世上ではさまざまにその理由が取り沙汰されているように伝え聞いております。巷間の風説はどこまでが正しくて、どこからが作りごとなのか。天下をくつがえした英雄なのか、謀反人なのか。後の世に我が子高氏どのの行いはどのように語り継がれて、その是非を問われるのでしょうか、わたくしには考えも及びません。いまはただ、わたくしが見たこと聞いたこと、知る限りの出来事をお話ししたいと思うのです。それが、あの子を育てた母としての務めでございますから。
ところで、いったい、いつの頃からあの子の物語を始めるのがよろしいでしょうか。御当主として、足利のお家を継ぐことになった頃から始めましょうか。十五の歳で元服を迎え、高氏を名乗るようになった頃からがよいでしょうか。いいえ……ここはやはり、元服の前の、又太郎とまだ呼ばれていた時分からあの子の生い立ちをお話しすることにいたしましょう。あれは、元弘三年の大戦をさかのぼること十六年前、文保元年の出来事でございました。

〇足利家鎌倉屋敷・書庫文保元年(一三一七年)六月
足利貞氏:又太郎!又太郎はどこだ!どこにおる?
次郎:お父上。又太郎兄上をお探しでございますか。
貞氏:さよう。おい、又太郎を見なかったか?
次郎:いいえ。朝から次郎は、ここで書を読んでおりました。
貞氏:一人でか?
次郎:はい。
貞氏:バカ者!いっしょにおれ、と前にも申しつけたはずだ。
次郎:うえーん。
錦小路殿:大殿さま、これは何の騒ぎでございましょうか。
次郎:お母上~、お父上が拳骨でぶつのです。ひっく、ひっく……
貞氏:又太郎のせいだ。小伜め、面倒な騒ぎを起こしおって。
錦小路殿:又太郎どのが……また馬を奪って遠乗りですか。それとも、いつかのように往来で牛を走らせたのでしょうか。
貞氏:馬でないなら、牛でもない。このたびは犬だ。どこからか野良犬のたぐいを拾ってきて、犬合わせの真似事をやりおった。
錦小路殿:まあ。
貞氏:当世、この鎌倉では闘犬が大流行り。御執権からして、無類の闘犬好きだからな。おかげで諸国からは恐ろしげな犬が買い集められて、犬、犬、犬、犬、寺社も街中も犬ばかりのありさまだ。
錦小路殿:あの子はまだ遊びたい盛り。大人たちが面白がる御様子を見て、御自分でもやってみたくなったのでございましょう。
貞氏:子供の悪戯で、笑って片づけてよいものか。小伜、金沢家の飼い犬に大怪我を負わせおった。止めに入った下人まで、足蹴にするわ、殴りつけるわと申すのだから、とんでもない無法さだ。
錦小路殿:金沢さまの?それは困ったことに……

錦小路殿N:北条氏御一門の金沢家はこの頃、貞顕どのと申し上げるお方が御当主で、時の御執権、北条高時さまの御側近として、鎌倉ではたいそうお力がございました。
足利家の大殿さま……貞氏さまは金沢家から御正室の釈迦堂殿をお迎えして、この方との間に御嫡男、つまり、御当主の高義さまを儲けていたのです。

貞氏:武士の世が定まってからすでに九十年あまり、かつての有力御家人の家は多くが没落していった。何をおいても、北条との血の繋がりがあってこその足利家。当家にとって金沢さまは一番に頼みになる後ろ盾なのだ。だから、わしはこのように頭を丸め、早々と伜の高義に家を譲ることにした。母方として繋がりがあるうちは足利家はまず安泰……それを小伜、好き勝手を働きおって。
錦小路殿:又太郎どののお姿はお屋敷の中にはございませぬ。外へ出て、遊びに行ったのでしょう。
貞氏:相変わらず、どこぞの悪童どもを集めて、形ばかりの小鷹狩りか犬追物か。仕方がないやつめ。金沢さまの御機嫌を損なうことになっては足利家の立場が悪くなる。又太郎が帰ったら、すぐにわしのところへ連れてまいれ。たっぷり説教をしてやるわ。
錦小路殿:はい。帰ってきましたら、必ず。
貞氏:十かそこらでばさらの風にかぶれるとは…まったく、いまから行く末が思いやられる。
錦小路殿:あの子の利かん気はまことに困ったもの。次郎どの、又太郎兄さまを探してきていただけますか?
次郎:はい、お母上。

〇鎌倉郊外・原野
悪童1:鹿だ、鹿が出たぞぉーっ。
悪童2:こっちに向かって、突っ込んできやがった!
悪童3:わ、逃げろぉーっ。
又太郎:バカ、獲物が向こうから出てきたのだぞ。逃げる奴があるか。追いまわすのはこちらの側だ。
悪童4:ダメだ。動きが速くて、ぜんぜん当たらねぇよ!
又太郎:よく狙って射るんだ。手負いの獣はかえって危ない。死に物狂いになって暴れるからな。
悪童1:又太郎さん、又太郎さん。鹿のやつ、向きを変えやがった。
又太郎:よおーし、いいぞ!逃げる先はお見通しだ。お前はノラ公から逃げてきたんじゃない、追い立てられてきたのさ!
悪童2:やった!又太郎さんがやったぞ!
悪童3:すげえや。こんな大物、いままで仕留めたことがない。
又太郎:は、は、は。私だけの力で仕留めたわけじゃない。こいつの助けがあったおかげだ。
又太郎:ノラ公、偉いぞ。この狩りで一番のお手柄はお前だよ。他の連中ときたらまわりでただ騒ぐばかり、お前は頼りになる奴さ。
悪童4:ちぇ。俺たち、犬ころよりも当てにならないのかよ。
又太郎:やっかまない、やっかまない。次の機会で、かっこうのいいところをみんなに見てもらったらいいだろう。
次郎:あーにーうーえー。
又太郎:……おや?
次郎:又太郎兄上ーっ。
悪童1:なあ。あの子は確か、ほら、又太郎さんのところの……
又太郎:ああ。弟の次郎だ。だが、どうしてこんなところに?
次郎:ああ、兄上、やっと見つけました。鎌倉中を駆けずりまわって、お探ししたのですよ。
又太郎:大げさな奴だな。次郎、探しておったとはどんな用件だ?
次郎:お父上が兄上をお待ちです。金沢さまの犬を兄上が傷つけたとかで、それはカンカンにお怒りのようでした。
又太郎:お父上がカンカンに……そいつは……よくないな……

〇足利家鎌倉屋敷
又太郎:ああ……鳥はいいなあ……どこへだって、好きなように飛んでいけるのだから……
錦小路殿:ここでしたか。又太郎どの。
又太郎:母上……
錦小路殿:夕餉の支度が調いました。お屋敷へお戻りなさい。
又太郎:いらない。
錦小路殿:次郎どのから仔細は聞いています。今日はみなで巻狩りに出て、馬を走らせ、見事に鹿を射止めたのですね。大変なお手柄です。さぞかし疲れたのではありませんか。
又太郎:疲れた。でも、いまは何も食べたくない。
錦小路殿:そのように拗ねるものではありません……先ほどまで、大殿さまは長いお叱りのようでしたね。
又太郎:はい。足利のお家に迷惑をかけるなと。
錦小路殿:大殿さまにあなたはきちんと謝ったのですか?
又太郎:謝るものか!私は悪さなんて何一つしていない。誰彼かまわずにギャンギャン吠え立てて、噛みつこうとするから、私とノラ公とで止めに入ったのです。あの暴れ犬を連れていた連中はそんな様子を面白がるだけで、やめさせようともしなかった。
錦小路殿:そうでしたか……
又太郎:母上。父上は私をお嫌いなのでしょうか。私は足利のお家にとって、いなければよかった子供なのでしょうか。
錦小路殿:おやめなさい。そのように考えるものでは。
又太郎:弓や馬や太刀遣いの稽古を積んで、それをみなに見せてやると、大変に喜び、私を褒めてくれるのです。ところが、父上だけはそんなことはやめろ、弓馬の道は見世物ではないと申して、私をお叱りになる。どうしてでしょうか?
錦小路殿:大殿さまがお認めにならないのは、武士の子として力や技に不足があるからではございません。あなたのお振舞いがいたずらに騒ぎを起こすことを危ぶんでおいでだからです。
又太郎:どうして。母上、どうしてなのですか。
錦小路殿:お聞きなさい。足利のいまの殿さま、高義さまはあなたのお腹違いのお兄上。殿さまのお子たちも、北条の御一門をやはり母方にお持ちです。足利家の安泰のためにも、殿さまのお子がお跡を継ぎになるでしょう。又太郎どのとはお立場が違います。又太郎どのと次郎どのは、大殿さまと、足利のお家に女房としてお仕えして、お手がついたわたくしとの間に生まれたお子たち。いずれはこのお家を出て、別に家を立て、足利の一門として本家を支えることになるのです。細川どのや斯波どの、新田どのなどと同じように。
又太郎:高義兄上とは生まれが違うから……いずれは家を出る……
錦小路殿:北条の御一門から御正室をお迎えし、北条の血を引くお子にお家を継がせるのは足利家のならい。そうして足利は、代々、お家の安寧を保ってこられたのです。大殿さまがあのように北条に気をお遣いなのも、ただひとえにお家を守りたいという御一念。
又太郎:お家、お家とはそんなに大事なものですか。
錦小路殿:大事なのですよ、又太郎どの。いつか、あなたにはお話ししましたね。足利の一族の中でただお一人、北条の母を持たず、本家を継ぐことになった御当主があったことを。
又太郎:はい。お祖父さまでしたね。
錦小路殿:五代さまはお若くして亡くなり、御正室との間に跡継ぎとなる男子がなかったため、上杉の女の子として生まれたあの方が本家を継いだのでした。六代の御当主、伊予守家時さま。あなたたちのお祖父さまは、時の御執権の覚えめでたく、それは美々しく、堂々とした武者ぶりでございました。
又太郎:ですが、お祖父さまの御最期は……
錦小路殿:さようです。お腹を召されました。おぞましい権力争いに巻き込まれて、頼みとなる後ろ盾を持たないあの方は足利のお家を守らんがため、自らのお命を絶ち、北条のお子である貞氏さま、いまの大殿さまにお家の存続を託すより他になかったのです。
又太郎:ひどい。
錦小路殿:あの日、御生害の前に上杉の一族を集め、最後の別れを家時さまはお告げになりました。血を吐くようにして残されたお遺言がいまでも、あなたの母にはまざまざと思い出されるのです。

家時N:わしは悔しい。悔しいぞ。武士として生まれながら戦で功名を立てる望みは遂にかなわず、ただ足利の家を保つために我が腹をかっさばいて一生を終えるのが、坂東平定の英雄、八幡太郎義家公の七代の子孫として誇るに足る死にざまといえようか。このようなことのためにわしは生まれてきたのか。
いいや、いいや!臨終間際の最後の一念によって、来世の善悪を人は引き当てると聞く。ならば、いまはただひたぶるに八幡の神の御威徳を頼み、我が命を引き換えにして、必ずや三代の孫のうちから武家の棟梁を出してみせよう。天下を取らせてみせよう。

錦小路殿:家時さまのお跡を継いだ時、大殿さまはおん年十二歳。いまのあなたよりもまだ年下のお子だったのですよ。お父上の御最期にどれほどお心を痛めになったか。それからの歳月はお家大事の一心でお心をすり減らして、大殿さまはあのように頑なに……
又太郎:みじめなばかりですね。御家人なんて生き方は。
錦小路殿:又太郎どの。お顔といい、御気性といい、御生前の家時さまにあなたはまことによく似ています。
又太郎:母上?
錦小路殿:日本一の武士になるのです。家時さまの三代の孫として誇りにできる、誰よりも強くて、雄々しい男となってください。又太郎どの。あなたでしたら、それができます。
又太郎:できませんよ。武家の棟梁どころか、私や次郎は足利のお家を継ぐことさえかなわない。大人になったら御本家を出て、兄上たちを支えると、いまから生き方が定まっているのでしょう?
錦小路殿:又太郎どのと次郎どのは、足利を父に持ち、上杉を母に持って生まれてきたお子。あの方と同じ、上杉の子。家時さまの末期の願いを受け継ぐのはあなたたちをおいてはないのですよ。
又太郎:お祖父さまのように生きてくれ、と母上はおっしゃるのですか?それではいつか自分で腹を切らなくちゃならない。
錦小路殿:家時さまが願ったように生きて欲しい、そのように申し上げているのです。家時さまに代わって、日本一の武士になって。足利のお家のならいに縛られることのない、誰よりも強い武士になって。それが、あなたたちの母の願いなのです。
又太郎:夢のようなお話だ。日本一の武士なんて。

〇鎌倉郊外・原野
次郎:お母上。ばさら、とは何のことでしょうか?
錦小路殿:どうして、そのようなことを訊ねるのですか?
次郎:お父上や御当主さまが話しているのを聞いたのです。又太郎兄上はばさらか、ばさら者がいては家が乱れるんだって。
錦小路殿:ばさら、とはこの頃の世間の流行りもの。徒党を組んで往来を練り歩いたり、派手に着飾ったり、喧嘩を吹っかけたり、世の中の道理にむやみに盾突きたがる、跳ねっかえりで、恐いもの知らずで、手のつけられない暴れん坊をばさらと呼ぶのです。
次郎:それは悪いことなのでしょうか?
錦小路殿:立派なこととはいえませんね。嫌われ者です。
次郎:ふうーん。でしたら又太郎兄上がばさらというのは、お父上たちの勘違いなのですね。
錦小路殿:次郎どのはどうしてそのように思うのですか?
次郎:だって、又太郎兄上をみんなは嫌いじゃないもの。この鎌倉のどこへ行っても、兄上のまわりには子供たちが集まってくるんです。みんな、兄上のことが大好きなんだ。
悪童4:ちぇ、どんな馬を走らせても、一番乗りは又太郎か。
悪童1:やっぱり、又太郎さんにはかなわないや。
又太郎:よく晴れていて、気分がいい。せっかくだから、このまま江ノ島辺りまで遠乗りするか。銭なら、ほら、ここに持ってきた。
悪童一同:おおーっ!

錦小路殿N:この頃の又太郎どのはお屋敷の中にいることを嫌い、毎日のように飛び出して、弓や馬の稽古に打ち込み、時には悪童仲間を集めて遊びまわっておりました。田楽、闘犬、蹴鞠、小鷹狩りや犬追物……誰に対しても開けっぴろげで、気前がよくて、時には命知らずに振舞ってみせる又太郎どのは、足利家の大人たちからは煙たがられたのとは裏腹に子供たちの間ではたいそう人気があったようです。このまま何事も起こらずに歳月が流れたなら、やがて、又太郎どのは元服の儀を迎え、本家を出て、いままでに嫡流から外された足利の御一族と同じように別に一家を立てていたでしょう。さよう。何事も起こらずにいたなら……

〇足利家鎌倉屋敷
家臣:大殿さま。一大事、御当主の一大事でござる!
貞氏:何と申した!伜が、高義がみまかった……?

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