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オムそば600円。よろしく。

こんなご時世なので、家の近所を自転車で軽く一周するだけでも、様々な飲食店がテイクアウトを始めていることが分かる。
一人ではなかなか行く機会のないお店のご飯が家で食べられるなら、これは喜ばしいことではないか。と思い、私も自分の足やSNSで各店の情報をチェックするなどしていた。(もちろん、どのお店も好きでテイクアウトを始められた訳ではないことは理解している。)
Instagramに調理工程が逐一アップされていたり、綺麗な盛り付けのお弁当の写真が載っていたり、店先の黒板に可愛いイラスト入りで日替わりメニューの解説が描かれていたり、どのお店も非常に工夫が凝らされている。これは今日のご飯を選ぶにも迷い甲斐がある。京都の街中に住んでいて良かった。

さて一週間ほど前のことだろうか。通勤のためにほぼ毎日通る道沿いにある喫茶店が、急に店先にホワイトボードを掲げ出した。歩く速度を緩めて文字を読んでみると、

お持ち帰り始めました。
オムライス600円
オムそば 600円
よろしく。

とだけ書かれていた。
それ以外の情報はない。挿絵もない。色彩もない。

華やかなSNSでご飯屋さん情報を漁りまくっていた私は、このシンプルさに心を射抜かれてしまった。

頻繁に前を通っているのに、この喫茶店に入ったことはない。思えば店名すら知らない。洗練されているわけでも、「あえてのレトロ」で売り出す雰囲気でもない、街中にあるただの喫茶店。でも、「オムそば」って言われると無性に食べたくなってくる…。

根っからのインターネット気質なので、とりあえずその日帰宅して地図から店名を割り出して検索してみたが、大した情報は得られなかった。(この店名も、具体的に書くのは控えるけれど、「え、それが店名なの?」みたいな店名だった。)
気になるな…ぐらいで止めておいても良かったのだが、自制心よりオムそばの食べたさが勝ってしまい、今日の夕方、そのお店に行ってきた。

お店に入ると、マスター(ヨボヨボではないおじいちゃん。Tシャツを着ている。)が少しだけびっくりした様子で挨拶をしてくれた。今の時期はお客さん自体が少ないのだろうな。「オムそばテイクアウトできますか?」と尋ねると、嬉しそうに「1つ?」と聞いてくれたので、「はい。」と答えて椅子に腰かけてしばらく待った。お店の中には1人でご飯を食べている人がいる。土地柄、平常時は観光客もフラッと立ち寄ったりしそうだけれど、今このお店にいるということは、近所のかなりの常連さんなのかもしれない。

しばらく静かに待っていたら、オムそばが出来上がった。お会計を済ませ、「熱いですよ。気を付けてくださいね。」と渡されたプラスチックのパックは、ちょっとどうしたものかと思うほど熱かった。お礼を言い、丁重に自転車のカゴに入れ、帰宅。

食べた。
600円にしては結構なボリュームがあった。味は普通だった。
普通の喫茶店の、普通のオムそば。
この世にある全ての飲食店のメニューが、絶品である必要はないな。という気持ちになった。

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