パーリア・ネクサスの戦い(3)墳墓の謎
〈帝国〉の大艦隊がパーリア・ネクサスの宙域に侵入してきたときから、ひそかにその動きを観察していた眼があった。下僕たちからの量子エンタングルメント通信で逐一報告を受け取り、アンチ・サイキック・フィールド下での人類の様子を熱心に研究していたのは、ほかならぬ悪名高いネクロン科学者、イルミノール・スゼラスそのひとであった。
彼の構築したアンチ・サイキック・フィールド「反非物質空間節点床」に、人類が想定外の抵抗を見せたことに驚いたスゼラスは、未知の超能力現象を解明するために、戦場に残された重傷者や死骸を採取して調査につとめた。しかし、「奇跡」だの「ご加護」だのという原始的な妄言は一顧だにしなかった。ネクロンは神々を滅ぼした種族である。劣等種族の「神」などにネクロンを圧倒できる力があろうはずもない。
スゼラスの調査が進む間にも、帝国軍の逆襲は続いた。敗勢だった各戦場で兵士たちは勇気を取り戻し、パーリア・ネクサスの効果は目に見えて衰えていった。さらに、熱狂的な説教師たちが集まって祈りを捧げつづける宇宙船は、ネクサスの凪を突破してこの宙域の外に戦況を伝えることに成功したのである。
とはいえ、ネクロンの巨塔にはいまだ傷ひとつつけることができず、その理解も進んではいなかった。帝国軍がネクロンの攻勢をしのいでいる間、巨塔の解明の重大任務は異端審問官ドラクサスに任された。
さまざまな報告を勘案した結果、ドラクサスが目標と定めたのはトラディカ星系だった。ネクサス奥深くに位置するここは、テンペストゥス部隊の決死の偵察によって貴重な映像・探知記録が持ち帰られており、その驚異的な姿が明らかになっていた。そこには、宇宙空間に浮かぶ漆黒の謎の物体の周囲に、ネクロンの不可思議なテクノロジーによって三つの惑星が引き寄せられて周回していた。三つの惑星それぞれには巨塔の存在が確認され、生存者の報告からドラクサスは現地のネクロン墳墓の詳細も探り当てた。この奇怪な構造体がなんであれ、パーリア・ネクサスで遭遇した中で最も重要な建築物であることは疑いない。ドラクサスはその謎の究明のために出発した。
異端審問官に随行したのは、トラディカを偵察したテンペストゥス部隊、デスウォッチ、ブラックテンプラー、シスター・オブ・バトル、そして工業惑星スティギス8出身の技術司祭たちだった。彼らの任務は巨塔の破壊ではなく、その調査によって帝国軍がネクロンを打倒する手がかりを得ることだった。
だが、トラディカから戻ったテンペストゥスには、スゼラスの策略がしかけられていた。人類の抵抗力の秘密を明らかにしようとする彼は、マインドシャックル・スカラベ(精神拘束機虫)を彼らに植え付けていたのである。トレディカにやってくる人類軍の指導者たちをつかまえて尋問にかけようという魂胆であった。「信仰」とやらの秘密さえ明らかになれば、ネクロンは劣等種族を一掃する算段がつくのだ。
ほくそえむスゼラスだったが、ゼノ技術に精通する〈純血の団〉のドラクサスは、マインドシャックル・スカラベの存在をすでに看破していた。そして、ネクロンが看過している帝国軍戦闘集団最強の兵器、エフラエル・スターンを同行させていた。
〈歪み〉の凪とネクロンの襲撃を切り抜けてトレディカ星系に到着すると、まずブラックテンプラーが問題の三惑星のひとつデシトールに強襲を行い、その間にシスターとテンペストゥスの打撃部隊がもうひとつの惑星フォルティス上空に浮かぶネクロン宇宙ステーションに降下した。この二つの攻撃は陽動であった。これにひっかかったネクロン主力部隊が移動する隙に、本当の目標である三つめの惑星アルダクシスにドラクサスの本隊が接近した。ここは宇宙空間の巨大構造体に囚われた三惑星のうち最大の星で、最強のエネルギー放射を検知しており、特に、スカラベを取り付けられたテンペストゥスが“脱出”に成功した場所でもあった。
トレディカ・アルダクシス星はもともと繁栄する階層過密惑星(ハイヴ・ワールド)だったが、ネクロンの超技術によって牽引・自転固定されたために地殻は割れ、大気は汚染され、大都市は巨大な墓と化していた。この星の地表にネクロンの巨塔が三本そびえていた。一本は昼の面、一本は夜の面、そして最大の塔は固定された明暗境界線に立っていた。この最大の巨塔に向けてドラクサスの巡洋艦は忍び寄った。ネクロンの厳重な監視下におかれていたが、ドラクサスが施したアエルダリの隠蔽技術によってその接近は察知されなかったが、それでも彼女は、このスムーズな侵入が敵によって仕組まれたものだと感じていた。
巨塔の数マイル近くで停泊した巡洋艦から、ドラクサスとともに元大都市の真ん中に屹立する墳墓構造体にガンシップ隊で降下したのは、デスウォッチ、シスター、技術司祭たちだった。ガンシップ隊が降りるやいなや、スゼラスの罠が発動した。金切り声をあげてドゥームサイズがガンシップに襲いかかった。ナイトシップの空爆が、廃墟を進むドラクサスたちにがれきの雨を降らせた。さらに、ネクロンのイモータルとリッチガードが待ち受けていた。その先頭には上体を起こした蜘蛛のような姿をしたネクロン・ロードが立っていた。ドラクサスは、それがイルミノール・スゼラスであることを見て取り、この一連の悲劇の黒幕が誰であるかを悟った。
スゼラスの降伏勧告を拒絶したドラクサスは、恐怖と絶望を期待する敵の面前で、大胆な作戦を実行した。それは、墳墓構造体に点在するネクロンの転送ゲートを目指すというものだった。何台もの兵員輸送車に乗り込んだ侵入部隊は、ボルターと砲塔を乱射しながらネクロンの包囲網に突進。猛烈な反撃を受けて何台かは爆発炎上したが、転送ゲートに到着したドラクサスと技術司祭たちは、スペースマリーンとシスターが援護射撃でネクロンを寄せ付けない間に、異端審問庁が探り出していたゲート起動プロトコルを入力。スゼラスと精鋭ネクロンが迫り来る中、間一髪でエネルギーの輝きとともに、人間たちは必殺の罠の舞台から消え失せた。怒り狂うスゼラスの眼前で、デスウォッチが最後にしかけた時限爆弾が炸裂。転送ゲートは崩壊してそれ以上の追跡を妨害した。
ドラクサス、スターン、そして随行の戦士たちが出現したのはおそらく墳墓構造体の奥深くにある迷宮の一角だった。不気味な光に照らされる異質な空間に幻惑されながらも、ドラクサスは異端審問庁で調査されていたゼノデバイス「記憶水晶」を探した。それはテンペストゥス部隊のもたらした映像記録に映っていたネクロンの知識貯蔵器であり、その情報を引き出すことが彼女の目的だったのである。
迷宮の探索は戦闘の連続となった。カノプテックが暗闇からあらわれ、ネクロン・ウォリアーたちが光り輝く転送ゲートから出現した。そのたびに犠牲を出しながらも、一行は着実に進んでいった。この異郷の迷路を道案内したのはエフラエル・スターンだった。その不可思議な「皇帝陛下のお導き」はやがて、広大な空間に彼らを至らせた。そこには巨大なネクロンの機器がうなりをあげて活動しており、その中心には天をつくような巨大な人型の姿が吊り下げられていた。その人物は生きている火炎でできており、エメラルド色のエネルギーが閃く中、永遠の苦悶に身をよじっていた。
この奇怪な巨人が何者であるのかを調べる暇はなかった。帝国軍がこの広間に到着するや否や、暗闇からネクロンの大群が再び押し寄せてきたからである。ドラクサスは目的の「記憶水晶」を発見した。それは、拘束されている炎の巨人の近くにある浮遊機械にはめこまれていた。デスウォッチとシスターに迎撃を命じたドラクサスは技術司祭たちとともにその取り外し作業にかかった。
ネクロンの波状攻撃のたびに、〈帝国〉の戦士たちは斃れていった。エフラエル・スターンの聖なる力は不死の異種族を焼き焦がしたが、一体が倒れるとまた一体が起き上がって攻めてくる。まもなく、スゼラス自身も巨大な戦闘兵器をしたがえて広間に現れた。
ドゥームズデイ・アークやトライアーク・ストーカーといった強力な兵器との対決はベテランのデスウォッチやシスターにも多大な犠牲を出していった。戦士たちの分隊は灰と化し、無感情に押し寄せるネクロンの足下で銃を撃ちながら死んでいった。スターンとカイガニルも最後まで戦う決意で刃を振るった。
ドラクサスが勝利の雄叫びをあげて「記憶水晶」をかかげたとき、四人の技術司祭が痩せ衰えた死骸と化していた。周囲の状況を見たドラクサスは、自分が時間をかけすぎたことを悟った。すでにあらゆる方向からネクロンの包囲は狭まっており、戦いながら脱出することはもはや不可能だった。たとえ奇跡が起こっても、墳墓構造体の数々の危険を突破して外部に至るのは到底無理だった。
自分に残された数少ない選択肢を瞬時に吟味したドラクサスは、唯一のぞみのある行動を躊躇なく実行した。振り返ると、自身のパワーフィストを炎の巨人を拘束している機械にたたき込んだのである。
これを脱出のチャンスをたまさか得るための行動だったがしかし、それは思いもかけぬ結果をもたらした。機械が破壊されると、奇怪な稲妻があらゆる方向に向かって走り、巨人の檻が崩壊した。流れ出した炎の爆発は、おのれを閉じ込めた者への巨人の憤怒の叫びであった。
炎の奔流を防ごうとネクロンが守りを固める隙に、ドラクサス、スターン、カイガニル、そしてわずかに残った人類戦士たちは脱出を試みた。スゼラスの声の調子はその恐慌状態を映しており、瞬間、彼は人間たちのことを忘れたのである。
逃げようとするドラクサスは、肌が粟立つのを感じた。見上げると、炎の巨人が自分を見ており、その手がはっきりと自分に向けられるのを見た。死を覚悟した彼女だったが、そのとき、空間が突然ゆがみ、すべてが炎と光に包まれた。次に目を開けたドラクサスと戦友たちは、自分たちがすでに軌道上の巡洋艦に収容されていることを知った。驚愕する船員たちが右往左往する中、ドラクサスはかの炎の巨人が、理由は不明ながら自分たちを破滅から救ったのだということを確信した。その意味を熟考しながら、彼女は巡洋艦に急速離脱と帝国艦隊戦列への帰還を命じた。
異端審問官が獲得した「記憶水晶」の情報、そして封じられていて謎の巨人の事実が、この戦いにとってどれほどの価値があるのか、見定めなければならなかった。
(了)
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