ゆっくり茶番劇の商標登録について思うこと
はじめに
この週末に、「ゆっくり茶番劇」という標準文字商標が登録された件についていろいろな騒ぎが起きていますね。私自身、ニコニコ動画全盛期の時代からゆっくり実況やゆっくり解説を応援していた身なので、知財関係者としてただただ思ったことを書きます。商標権自体が勘違いされてるなぁ、というつぶやきも見かけるので。
まず「商標権」とは
「商標権」とはその商標に化体した業務上の信用を保護するものです。そのため単純に「ゆっくり茶番劇」という文字を使うこと自体が商標権の侵害と認定されるものではありません。
では、どういうものが侵害になるのかというと、ざっくり言えば「権利者のビジネスではないものが権利者のものとして誤解されるような使い方」は侵害となります。ここでポイントとなるのは、権利者、ビジネスの内容、商標登録された図柄の3点です。
今回の場合、商標登録番号6518338の公報によれば権利者は「石氷匠」氏であり、Twitter上では「柚葉」氏となっているようです。(以下、柚葉氏で統一します。)
そのため、例えば柚葉氏の投稿動画ではない動画に「ゆっくり茶番劇」と標準文字でタイトルをつけて投稿する行為は、侵害にあたります。
しかし、公報によればビジネスの内容(指定商品および役務)は、電子出版物の提供等とありますので、例えばここに記載されておらず類似しないビジネスに対して、「ゆっくり茶番劇」という商品名をつけることは侵害にはなりません。(極端な例ですが、バイクに「ゆっくり茶番劇」という商品名を付けて販売しても、この商標権の侵害にはならないでしょう。)
侵害するとどうなるのか
商標法36条には、「商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と書かれています。
つまり、権利者は「商標権を侵害した者」に対して差し止め請求や損害賠償請求、不当利得返還請求などができるということです。
差し止め請求は、その「商標」を使ったビジネスを停止しろ、すでに市場に出回っているものは回収しろ、といった請求です。
損害賠償請求や不当利得返還請求は、お金よこせ、儲けたお金返せという請求ですね。
一般的には、侵害とならないように、事前に権利者に使用許諾(ライセンス)をもらうことでその商標を使うことができるようになります。
今回炎上した原因の一つは、柚葉氏が、使用許諾として10万円とりまーす、と宣言したこともあると思います。(無料だったら炎上しなかったか、というとそれは違うとも思いますが。)
この権利を消すことはできないのか
商標権を抹消するにはいくつかのやり方があります。
①権利者本人が権利を放棄する
②登録の公報発行後2月以内に異議申し立てをする
③利害関係人が無効審判をする
④取消審判をする
このうち、誰でも申し立てが可能な②の期間が過ぎてしまったため、界隈がざわざわしています。そのため③を東方の権利者であるZUN氏に行ってもらいたいという声が多く上がっています。
ここからは商標専門ではない者の私見ですが、おそらく今回の商標権は「その商品又は役務について慣用されている商標」(商標法3条1項2号)か、あるいは「他人(ZUN氏)のものとして広く認識されているものに類似する商標」(商標法4条1項10号)に該当する可能性が高く、利害関係人が請求し証拠を提出すれば無効になるのではないでしょうか。
特許庁の審査に問題があった、特許事務所の事前調査に問題があった、と彼らを責める声も見かけますが、それは酷だな、と感じます。
国としても、特許庁だって所詮は人間が手作業で調べてるんだから間違うこともあるとわかっていて、異議申し立てや無効審判という制度を設けています。動画投稿サイトというのはここ15年くらいで急成長してきた文化で、まだまだ特許庁としても、どのように調査したらよいかというノウハウが足りていないのだと思います。
どうか特許庁や特許事務所の方へ怒り狂うのではなく、今後はこういう界隈についてはこういう点を調べて、審査に生かしてほしい等の声をあげていただけると嬉しいです。
(余談)③と④はどちらも権利を消す審判ですが、厳密には意味が違います。
③は「そもそも登録されるべき商標権ではなかった」ため、無効になった場合最初から権利が存在しなかったものとして扱われます。これに対して④は「登録自体は問題ないがその後の使用によって問題が生じた」から取消してくれと請求するものであり、取消になった場合でも、取消されるまでは商標権は適法に存在していたことになります。
以前から使っていた人は、そのまま使えるか
商標権には「先使用権(商標法32条)」といって、その商標出願がされる前からその商標をそのビジネスで使っていて有名だった人、はそのまま使ってよいという権利があります。
この「有名だった人(周知性)」という要件が非常に厳しいです。ニコニコ動画やyoutubeでも、投稿主やチャンネル主まで意識せず見ている方というのも一定数いますので。
そのため、この商標権が登録されてしまった以上、これまで動画投稿本数が少ない方や再生数が少ない方などは、先使用権は認められません。
無断で使ってしまった場合
柚葉氏が差し止め請求や損害賠償請求を起こしてくる可能性は0ではないでしょう。そのとき、損害額はいくらになるでしょうか?
商標法の損害額について有名な判例(小僧寿し事件)があります。
この最高裁判決では、商標も類似、ビジネスも類似とされ侵害と認定されたものの、「原告の商標に顧客吸引力が認められず、被告がそれを使用しても原告になんの損害も与えていない」として、損害不発生と認定されました。
今現在、ニコニコ動画やyoutubeでゆっくり動画を愛し、今回の件に憤慨している皆様へお聞きします。
「ゆっくり茶番劇」という文字がタイトルについた動画のサムネが目に入ったとき、『柚葉氏の動画だから見よう』と思っていますか?
おそらく大半の皆様が「NO」だと思います。
「ゆっくり茶番劇」というタイトルに顧客誘引力がある、とは思いますが、それが「柚葉氏のビジネスで提供されている」とは思わないですよね?
皆さん「ZUN氏のキャラクターを使った動画」だから見ようと思うんじゃないですか?
商標とは、その文字列を保護するわけではありません。その文字列や図柄に化体している「信用」を保護するものです。その「信用」がないものについては、損害額は少ないものとなる可能性は高いでしょうね。
ただし、このnoteを読んで「じゃ無断使用しても実質お金払わなくていいじゃん」と勘違いして無断使用することはやめてくださいね。
人の権利を侵害してはいけません。
その権利に問題があることと、侵害することはまた別のものです。
権利に問題があるなら、その権利を消す方向へ働きかけなければなりません。
爆破予告したり、誹謗中傷をしたりせず、淡々とweb魚拓を集めて、「ゆっくり茶番劇」という言葉が、柚葉氏の出願以前から「その商品又は役務について慣用されている」という証拠を積み上げていきましょう。
誤解の多い点について、補足しています。お時間のある方はどうぞ。