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U.R.第一部 脱出編       【1】Peace of Transiency    (かりそめの平穏)後編

    《3》

 

 その日の放課後、プルーとロージィは一旦家に帰ってから、お気に入りのカフェの前で待ち合わせした。

 そのカフェ【グリフォン】は三年ほど前からプルーの父ロナルドの事務所近くに店を構えていた。

 プルーにとって一番のお気に入りの場所で、学校から帰るといつもロージィと入り浸っている。今日もそのつもりでロージィと待ち合わせたのだった。

 濃い緑色の屋根のこぢんまりとした店の脇に家から乗ってきた自転車を止めて待っていると、間もなくロージィが自転車で彼女の自転車の隣に滑り込んできた。

「遅いっ!」

「ごめんごめん。これ探してたんだ」

自転車から降りたロージィは邪魔にならないようにそれを脇に寄せると、肩から下げていたバッグの中から一冊の冊子を取り出してプルーに見せた。

「これって、プロムのドレスカタログじゃない」

「そうよ、そろそろ決めないとヤバいでしょ」

「そうだったわね」

「ったく、その様子だとすっかり忘れていたみたいね」

「あはは……、面目ない」

「ったくもう。今日中にさっさと決めて、注文するわよっ!」

ロージィは半ば呆れながらプルーの腕をつかむと、勢いよくカフェのドアを開けて入っていった。

「あらぁ、いらっしゃ~い」

いつもの明るいオネエ言葉がプルー達を迎える。

「マスター、ダイエットコーク頂戴」

「私も!」

プルーとロージィはカウンターのいつもの席に陣取ると、挨拶代わりにオーダーをした。マスターは人懐っこい笑みと共に二人にダイエットコークの瓶を、栓を抜いて差し出す。

「はい、ダイエットコーク二つ、おまち~」

「サンキュー、マスター」

「プルー、どれがいいと思う?」

ロージィは早速とばかりにカタログをカウンターテーブルに広げた。

「うーん、これだけあるとさすがに迷うわぁ」

「でしょう。だから二人で決めようって思ったのよねぇ」

なるほどとプルーは呟いた。確かにこれだけ色もデザインも揃っていると、一人では決められそうにない。

「あらぁ、素敵。私も混ぜて混ぜてぇ」

カタログを覗き込んだマスターが興味津々で割り込んできた。

「って、マスターはプロム行かないじゃん」

それに男の人はタキシードでしょ、と続けそうになって、プルーは思わず言葉を飲み込む。

「そんなの気にしない気にしない。このサヴ姉さんがしっかりファッションチェックしてあげるわ」

「姉さん……」

思わず引きつった笑みを浮かべるロージィ。

「えーっと、まあ、いつものことだし……」

プルーは色々突っ込みたいところを堪え、ロージィ同様引きつった笑みを浮かべた。

 マスターことアル・サヴェージは、癖のあるブロンドの髪を無造作に伸ばして後ろで束ね、無精髭を生やした三十代後半のれっきとした男だ。黙って立っていれば、ごく普通のカフェのマスターだが、口を開けばむさ苦しいオカマと化す。

 ところが、どういうワケかこの街の住人、特に十代の子供達には人気があり、カフェは付近に住む彼らの行きつけの店となっていた。

 プルー達にとっても、彼は大切な友人の一人であり、十代の少女ならではの悩みごとなどを気楽に打ち明けられる存在であった。

「ねえ、私、これがイイなぁ」

ロージィが若草色のドレスを指差した。

「うーん、ロージィはその色より赤系の色の方が似合うと思うけどな」

「うーん、そうかなぁ。デザインはどう?」

「悪くないけど、マーメイドラインは動きづらいし、やっぱり定番のAラインかプリンセスラインがおススメね」

プルーの指摘にマスターは感心して頷く。

「そうそう、プルーはなかなかよく解ってるじゃない。私からも言わせてもらえば、マーメイドなんて背伸びしたドレスより、可愛いお姫様になった方が健全で、PTA連中の受けも良いわよ」

「でも、何か面白くない……」

ロージィは少し不満顔だ。

 卒業プロムはPTAの主催で、大人達の管理下で開催される。いくら卒業するからと言っても、まだ成人ではない。羽目を外し過ぎて問題行動を起こさないよう、大人達の監視付きというワケなのだ。

 きらびやかなプロムだが、あまり派手なドレスやボディラインの出るようなものは父兄の印象も良くないだろう。だが、卒業プロムは一生に一度だけだ。自分にとって最高のドレスを選びたいロージィとしては、みんなと同じようなドレスは何か物足りない気がするのだ。

「じゃあ、このホルターネックのは?」

「ああ、このモンローみたいなの?」

「可愛いじゃん。あんなミニじゃないし、フォーマルになってるし、胸元もそんなに開いてないし」

プルーが勧めるドレスをロージィはじっと見つめた。パステル・オレンジのドレスはとても愛らしく、品のあるデザインだった。

「悪くないわね。これにしよっかな」

「この色、ロージィにピッタリよ。決めちゃえば?」

「うん、これにする」

ロージィはプルーが勧めてくれたドレスを嬉しそうに眺めた。

「そのドレスにするなら、ハイヒールはゴールドが良いかもね。全体的にアクセサリーはゴールド系でまとめるの。ただし、派手になり過ぎないようにシンプルなデザインでね」

マスターはそうアドバイスした。

「さて、次はプルーのドレスね」

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