「不妊様」とは

巷で見かける、「不妊様」とは何でしょうか。

ざっと調べてみると、

・家族・友人・知人の妊娠や出産を喜べない

・子供がいる人に対して攻撃的

・感情の起伏が激しい

・自分の旦那や周りの人に気を使わせる

これが不妊様の特徴らしいです。

「何様ですか?」というところから言葉の定義は来ているようですが。

造語なので定義が難しいですが、こういう言葉があること自体、嫌だなぁと思うのは私だけでしょうか。

例えば上記のような特徴を併せ持って、「自他の分離」がつかず、相手に攻撃性を持って接することは不妊治療患者以前に人としていかがなものなのか?というのはあると思います。

ただ、不妊治療費は高額であることや、私のように職を手放さなければならなかった人、離婚寸前までいった人、パートナーを変えた人、様々な背景を持つ人たちがいます。そのような背景の中で、「(不妊様は)情緒不安定すぎる」「不妊治療は自己満足で子供の事を考えていない」との意見もあるようです。このような感情を持つこと自体もおかしな事だ、不妊様の特徴だ、という訳です。

少し前にTwitter界隈で、#不妊治療が保険適用外っておかしくね というタグをバズらせようという企画が持ち上がっていました。
バズりこそしませんでしたが、そこから社会は少しずつ、動き始めています。枝野議員の奥様も、不妊治療を受けていたことで特番が組まれていました。NHKやNews Zeroでも取り上げられたり、国会でも、少しずつですが動きが見られています。

しかしこのタグを実際に見てみると、反対意見はもちろん、不妊様だと揶揄しているツイートも多く存在するのです。社会における柵をただ吐露しているだけなのに、「偉そうにしている」高齢で不妊治療費を国を負担しろなんてどうかしている」など、これらの人たちを皆「不妊様」としてさらに追い討ちをかける世論もあるのが実情です。

要するに、世間から見る不妊様と、私たちから見る不妊様というのは、もし本当に「不妊様」が存在するのなら、そこにちょっとしたズレがあるように思うのです。

羨望、憤り、社会からはみ出ている分、様々な感情は湧いてしまうものだと思います。そこで自分たちの生活も大切にしたいと、社会に声を挙げることは悪い事なのでしょうか?

当の私はどうだったのか、と言いますと、少し前まで本当にひどかったですね。一番嫌だったのは、子連れの友人と会う時に、「子連れ ランチ 横浜」などで検索している時。なんで私が決めてんねん。状況分かっとらんのか??とか思ってました。

会っても大体は子供の話で持ちきりなのですよ。私は入っていけないんです。もちろん将来の為に参考になる話もありますが、「その将来がいつくるのか」という想いは、消えませんでしたね。

なので、私は自分の気持ちを一旦落ち着かせるために、「ちょっと体調を崩してしまって。元気になったらまた遊んでね」と言って、距離を少し置くことにしました。もちろん友人のことが嫌いになったわけじゃありません。大好きです。でも、自分への憎悪が増してしまう気がして、これ以上ストレスを溜めない不妊治療を、と考えていた私はそうするしかなかったのです。

でもふと思ったんですよ。この前ファスティングしている時に、主人が私の目の前でご飯食べてて。

「私のこの状況で目の前でご飯食べるなんて・・・!」と最初は思いましたが、相手は自分を意識してやっている行為じゃないって。

相手は自分が思っている以上に、普段通りの生活をしているだけなんですよね。

相手に期待をするから傷つく。ましてや言動だけでなく、自分に対して思慮深くなってほしいなんて烏滸がましいなって。相手に自分の事100分かってもらうなんて、そうそう難しいことだなって。そう考えたら、楽になりました。


私は25歳で結婚したので、早いほうかなと思います。

でも友人たちはみんな私より後に結婚して、1年以内には子供を授かっている子がほとんど。正直言って、皆を羨望の眼差しだけではない感情で見ていた時期も、正直ありました。

これって「不妊様」なのでしょうか。

でも、私は自分で自分に「不妊様」というレッテルを貼りたくはありません。不妊に苦しむ私たちが、自分たちで不妊様などと言っては絶対にダメだと思います。言霊というのは、あると思うから。

「私は、不妊治療はしているけど、不妊ではない、妊娠できる」という強い気持ちを持って・・・。


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