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マーメイド・クロニクル

PROLOGUE


麻雀と出会ったのは中学生の時だった。大学時代によく遊んでいたという父親に仕込まれ、家族麻雀からのスタート。3枚ずつの組み合わせを4つと同じ絵柄の牌が2枚あればアガリとなるらしい。但し、国士無双、七対子という例外が存在することをまず教えられた。

人生初和了はその「例外」だった。得意気に手牌を倒した私に父は苦笑を浮かべながら「それは駄目なんだ」と言った。私の手牌には同じ牌が4枚あった。

麻雀を覚えた私は休日に同級生の家に集まり、この不可思議なゲームを楽しむようになった。点数計算も出来ない。知らない役もあった。それでも笑い合いながら、四角い石ころを並べ続けた。

高校生になって以降は麻雀とは疎遠になっていた。稀に中学時代の友人に誘われ卓を囲む程度で、そこにはまるで熱量は無い。20歳を過ぎた頃には、アルバイト先の仲間に誘われて初めて雀荘へと足を踏み入れた。セットを行ったが、途中で激しい頭痛に襲われた。自分が抜けたらゲームが成立しなくなる。無理をして打ち続けた結果、私は大きく負けた。

麻雀との距離は更に離れていった。暇を持て余した際にネット麻雀に興じる程度で、麻雀牌を触る事も無くなっていた。そんな生活を送っていたある日、You Tubeで1つの動画を何の気無しにクリックした。どうやら麻雀にはプロの世界があるらしい。私の目を引いたのは、一人の高齢の男性だった。

見るも無惨なバラバラの配牌。これは国士無双に行くしかないなと思っていた。するとその人は、あれよあれよと言う間に牌を重ね、混一色混老頭七対子ドラドラという倍満を俳優の萩原聖人から和了った。

「凄い…」全身に衝撃が走った。ルールを覚えて以来、一切麻雀の勉強をしてこなかった自分には到底考えもつかないような鮮やかな和了だった。周囲から先生と呼ばれるその人には「ミスター麻雀」という二つ名があった。

気付けばプロ麻雀の虜になっていた。ありとあらゆる動画を虱潰しに見漁り、ネット麻雀に明け暮れた。もっともっと強くなりたい。プロの思考が知りたい。長い間燻っていた炎が激しく燃え上がり始めた。そして真新しい動画が見つけられなくなると、飽き足りない私は今度は麻雀プロのブログに手を伸ばし始める。

しかし、そこにあったのは自分が求めていたものとは乖離した信じられないものばかりだった。

仲良しのプロと行ったランチの話、美味しいスイーツの話、最新のコスメの話。私が最も目を疑ったのは、とある女流プロがバースデーイベントの際に、ファンの人達から貰ったプレゼントの写真をアップしていた記事だった。ブランド物や高価なお酒等が所狭しと並べられており、ファンがその人に気に入られる為に競い合うようにプレゼント合戦をしているのは明白だった。


この人達は本当に麻雀のプロフェッショナルなのか?麻雀の好きなタレント、或いはキャバクラ嬢の間違いではないのか?


私の中で麻雀プロ、とりわけ女流プロに対する不信感が募っていき、麻雀に一切触れないその人達を心の中で「麻雀タレント」と呼んでいた。

それでもまだ信じたい気持ちが残っていた私は更に検索を続け、ブログ全盛期だった当時、多くのユーザーが活用していた「ブログランキング」というサイトに辿り着く。その麻雀カテゴリーにはプロ・アマ問わず数多くの愛好者達のブログが順位付けされていた。

そこで私は吸い寄せられるように、ある1つのブログをクリックする。


「ゆーみんの麻雀奮闘記♪」


プロフィールを見ると、日本プロ麻雀連盟25期生と書いてあった。期待と不安が入り混じったまま記事を読み進めていく。するとそこにはそれまで見ていた女流プロとは一線を画した内容の記事が並んでいた。

働いている健康麻雀教室での話、ネット麻雀を使っての練習、リーグ戦の振り返り等具体的な牌姿を並べて、自分がどれを選択し、どう考えたのか。より良い選択は無かったのかという反省点等ひたすら麻雀について書き綴られていた。嬉しくなった私はブログにコメントを残してみた。すると次の日には丁寧な回答が返ってきた。


麻雀に対する情熱、飽くなき向上心、ファンに対する誠実さ、そしてプロ麻雀の世界で必ず成功を収めるんだという野心を感じ取った時、私は既に恋に落ちていた。

探し求めていた「麻雀プロ」がそこにいたのだ。


EPISODE1 2009-2011 ブレイク前夜


2009年、新潟県で活動するピカピカの新人麻雀プロ魚谷侑未に惹かれた私は、日々彼女のブログが更新されるのを待っていた。現在のように、各団体が自ら対局を放送するチャンネルを持たない時代であり、情報源はホームページ、もしくは選手個人のブログが主だったからだ。仮に現在と同じ様な環境であったとしても、無名のDリーガーの対局が放送されることは無い。私はひたすら彼女が結果を出し、メディアに出る日を待つしかなかった。

ただ、そんな日々も決して悪くはなかった。彼女がブログにその日にあった難しい局面を書き出し、所謂「何切る」を提示した時、私は自分の考えをコメント欄に述べた。すると彼女はとても丁寧な返信の中で「私が尊敬する何人かの方と同じです!」と答えてくれた。今となっては叶うことのない、とても贅沢な時間だった。

そんな風に文字によるコミュニケーションを楽しんでいたある日、小さな事件が起こる。彼女は麻雀プロとしてのブログの在り方について、迷っていることを記事にしたのだ。自分のように麻雀の内容を細かく書いているプロが他にいないことを気にしているようだった。他の人と同じ様に、当たり障りのない事を書いた方が良いのではないか?という迷いだった。

どこにでもいるありふれた麻雀プロになってほしくなかった私は、暑苦しい程の長文で彼女に強く訴えた。他の人と同じである必要なんて無い。激しい競争の世界で生きるプロだからこそ、はみ出すべきだ。皆が同じ方向に向かっている際、一人だけ逆に向かって走り、世間を振り向かせる事が出来た時、あなたは圧倒的な存在になる。そしてこれは単なるブログの方針では無く、麻雀プロとしての方向性を左右する極めて重要な決断だと。

私の言葉が心に届いたかどうかは分からない。ただその後も変わることなくそれまでのスタンスを貫いてくれた。


その数カ月後、彼女は1つの大きな決断を下した事をブログで報告する。それまで勤務していた新潟けんこう麻雀教室を退職し、愛知県豊橋市にある麻雀店ばとるふぃ〜るどに拠点を移したのだ。麻雀プロとして高みを目指す為に、考え抜いた末の決断だった。

その頃から、ブログにコメントを残す人が僅かながら増え始めていた。新しいお店のお客さんと思われる人達が彼女に声を掛けるようになったのだ。それらを見ている内に、彼女が「店長」と呼ぶ人の名が鈴木優であることを知る。

豊橋に移ってから書かれた記事には、店長が頻繁に登場した。彼女が麻雀だけでなく、人として信頼を寄せていることがとても強く伝わってきた。店長は自分の進む道を照らしてくれる道標。かけがえのない恩師との出会いだった。

そこから彼女の麻雀ライフは更に充実していく。本人の言葉を借りるならば「マシーンのように打っていた」という。店長と共に浜松市の麻雀店に赴き、麻雀マスターズの一般予選に参加したこともあった。更に休日にはプロ連盟のAルールセットを組んだりもしていた。とにかく麻雀漬けの生活だった。

その充実ぶりを喜んでいたある日、私にとって青天の霹靂と言える出来事が起こる。彼女がブログを雀サクッという雀荘検索サイト内の物に移転することを発表したのだ。魚谷侑未という麻雀プロを見つけた思い入れの深いブログが終わりを迎える事になり、彼女とのコンタクトもそこで一旦途切れた。

当然の事ながら、移転してからもブログは読み続けた。彼女の日々の活動を追い掛け、プロ連盟のホームページでリーグ戦の成績をチェックし続けた。豊橋に移ってから沢山の事を吸収した彼女は瞬く間にリーグ戦を駆け上がって行った。

そして遂に、第6期女流桜花決定戦への出場権を手に入れる。魚谷侑未の麻雀プロとしての運命が大きく動き出そうとしていた。


EPISODE2 2012 戴冠 第6期女流桜花


2012年、プロ麻雀界に1つの革命が起きる。それまで放送対局と言えばモンド21だった時代に終止符が打たれ、プロ連盟が先陣を切って自前の放送対局を開始する事になったのだ。ニコニコ生放送を使って行われる記念すべき最初のビッグマッチは、女流桜花決定戦並びに鳳凰位決定戦となり、この2つのタイトル戦が全編無料で放送された。

遂にゆーみんを映像で観ることが出来る。私の鼓動は高まった。一体どんな麻雀を見せてくれるのか。ずっとブログを読んでいた為、ある程度予測はついていた。ポンチーして1000点で和了ることに何の抵抗も持っていないこと。働いているお店でお客さんから「女の子なのによく鳴くね」「そんなに鳴いて嫌がられない?」と言われる程鳴きを多用し、スピードを重視する麻雀だということ。しかしこの日に行われるのはあくまでも一発裏ドラの無いプロ連盟公式ルールだ。もしかしたらこちらの予想から大きく外れたものになるかもしれない。

いざ対局が始まると、戦前の予想を裏切る事無く、彼女は鳴いた。但しそのスタイルは観ている多くの人に違和感として受け入れられた。それはそうだ。オカが無く、変則的な順位点のこのルールでは素点が何より重要視され、打点を見据えた門前主体の進行がセオリーとされていたからだ。ルールこそ異なるものの、視聴者がそれまで観ていた連盟の女流プロ達、二階堂姉妹、宮内こずえ、和泉由希子といった面々は皆こぞって門前派で、立直を打つ事を好んでいた。それまで放送対局に出てきていたプロ達が揃ってそのスタイルだった為に、観ている側もそれが競技プロの「正しい麻雀」だというバイアスが掛かっていたのだ。

そしてそれは観客だけではなく、解説席も同じだった。ベテランプロが彼女の麻雀に異を唱えた。私は歯痒かった。誰よりも向上心を強く持ち、上を目指すと心に決め、そしてそれを行動に移してきた。カメラに映る彼女が断固たる決意でこの試合に臨んでいるのは火を見るより明らかだった。それなのにどいつもこいつも言いたい放題だ。私は反撃を待ちながら、劣勢に喘ぐ彼女に心の中で語りかけた。

「ゆーみん、自分の信じる麻雀をそのまま打てば良い。そして勝って、あなたの麻雀にケチを付ける全ての人間を黙らせろ」

耐える展開が続く中、彼女は決して集中力を切らさなかった。ここで勝って人生を変える。こんなチャンスは次いつ来るか分からない。彼女の瞳はそう語っていた。

その後、ポイント状況は混戦状態となり、2日目終盤にしてようやく初トップを獲得。いよいよタイトル獲得が現実味を帯びてくる。そして最終戦、リードを持った状態でオーラスを迎え、現女流桜花清水香織から逆転条件を満たした立直が入る。流局を願いながら彼女は必死にベタオリする。最終ツモ番に清水が牌をツモ切った瞬間、戦いは終わり、第6期女流桜花魚谷侑未が誕生した。

優勝トロフィーを受け取り、インタビューが始まると、彼女の目からは涙が溢れ、そしてそれは止めどなく流れ続けた。途方も無い努力と覚悟でこの舞台に辿り着いた事が手に取る様に伝わってきた。そんな彼女を見ている内に私の目にも自然と涙が浮かんでいた。


おめでとうゆーみん。あなたを見つけたその日から、この瞬間が訪れる事をずっと信じていた。


EPISODE3 2013 負けず嫌いが止まらない 第7期女流桜花


前年度に初タイトルを獲得したゆーみんはその後、女流モンド杯、モンド王座と立て続けにタイトルを奪取し、一気にその名を知らしめていた。彼女の麻雀に対する評価は高まる一方だった。

プロ連盟のホームページではタイトル戦の前に優勝予想が行われる。私がとても印象に残っているのはプロ麻雀界最強の一角と言われていた前原雄大が、彼女の守備力を高く評価し、本命に推していた事だった。

どちらかと言えば女流プロらしからぬスピードが特徴的とされていた彼女の麻雀だが、当然のことながらただ速いだけで勝てるわけもない。安い仕掛けをする時には必ずと言って良い程、全方位への受け駒が用意されていた。その事実に攻撃型の代名詞的存在だった前原が触れていた事がとても意外だったのだ。

前年とは異なり、有料のチケット制となった第7期女流桜花決定戦は内田美乃里、和久津晶、矢口加奈子そして現女流桜花魚谷侑未の4名で行われた。

1回戦は一人沈みのラスという最悪のスタート。2回戦目も他家に大物手を決められ、苦しい展開が続いていた。しかし南三局、彼女の元に奇跡が舞い降りる。5巡目に三暗刻を聴牌すると、次巡四暗刻単騎へと変化。解説者も「大勝負所です」と声を上げた。すると7巡目にあっさりとツモ和了り、一気にトータルトップへと浮上した。

話は逸れるが、Mリーグをきっかけに彼女を知った人は、魚谷侑未は大きな手を和了る夢のある打ち手という印象を抱いているかもしれない。ただ当時の彼女はどこまでも現実主義だった。決定戦の中で、一手代わりツモリ四暗刻という手を聴牌した際、変化を待たずに即立直を打ち、立直自摸断么九一盃口という3900オールを和了した場面もあった。一発裏ドラが無く、素点が重要なこのルールであっても、夢を見なかった。彼女が求めていたのは華麗なる和了では無く、勝利の一点だった。だからこそ彼女には最速マーメイドという異名が付けられたのだ。


初日の5回戦を終え、トータルトップを維持したゆーみんは最終日の6、7回戦でもトップを獲得し、リードを広げていた。しかしそこから和久津晶の猛追撃が始まる。一時は120ポイント以上の差があったものの8、9回戦で連続して大きなトップを獲得。最終10回戦でも加点を続け、オーラスには1300 2600以上のツモ和了、4500以上の直撃という条件が出来る所まで肉薄していた。

プロ連盟の規定により、ラス親となったゆーみんは配牌降りを選択。そして14巡目、恐れていた和久津からの条件を満たした立直が入る。安全牌が足りていたゆーみんは丁寧にベタ降りし、和久津からツモの発声が無いことを祈る。結果としてこの立直は和了り牌が山に残っていない所謂「純カラ」だった。無事に終局を迎え、女流桜花連覇を達成した。


後日談として、このオーラスには裏話があった事が分かる。優勝記念インタビュー番組が放送された際に、彼女の口から語られた話だ。

逆転優勝を懸けた立直後、ツモ山に手を伸ばす和久津の口から思わず「神様…」という言葉が漏れていたと言うのだ。それを聞いたゆーみんは心の中で「私だって神様って思ってるよ!!」と言い返したという。


私はこの負けず嫌いが堪らなく好きだった。


EPISODE4 2014 初めての心配


私の麻雀プロ魚谷侑未への信頼は絶大だった。高い雀力、情熱や向上心、勝利への意志といつだってファンを大切にしてくれる人間性。そんな彼女を初めて心配したのは自身3度目となる女流桜花決定戦の前の事だった。

それまでブログに麻雀に関することばかり書いてきた彼女が突然趣味のゲーム等について書くことが増えてきたのだ。それ以前にも趣味の話を書くことはあったが、それは稀な事だった。そこには現在は麻雀プロを引退されている中山奈々美さんと共にニコニコ生放送で「ゆーみんナナミンのアニゲーらぶちゅ」という番組を持っていた事も関連していたとは思うし、ブログに書いてこなかっただけで元々それらが趣味であったことも容易に想像出来た。それでも私は彼女の変化に大きな不安を感じていた。

元来凝り性であるという彼女は、麻雀以外のモノにハマりそうになると、意図的にそれらから距離を取っていた。本業である麻雀を疎かにしない為だ。勿論ブログに麻雀以外の事を書いているからといって、仕事に手を抜いているということにはならない。だからこれはあくまでも不安であって、不満では無かった。

しかしそこに追い打ちをかける様に、自撮り写真を載せるケースも出てきた。丁度写真を加工する事が流行りだした時であった為、彼女もそれに乗っかった形だった。

「ゆーみん、どうしちゃったんだろう…」

私はひたすら麻雀と向き合い続ける彼女が大好きだった。だから変わってしまう事を怖れていた。今にして思えば何故そんなに心配する必要があったのだろうとは思う。年頃の女性が「カワイイ」に憧れを持つのは普通の事だ。ましてや彼女はメディアに出るようになってから麻雀とは関係の無い部分で誹謗中傷を受けるようになっていた。後にチームメイトの和久津晶から「メルヘン野郎」と言われる程、人一倍カワイイへの憧れが強いであろう彼女がそういった行動に出るのは無理もない事だったのだ。


丁度私はその頃、彼女のブログにコメントをするのを控える様になっていた。2022年現在も使用しているアメブロに本格的に移転した際には、既に彼女は多くの麻雀ファンに知られる人気プロとなっていたが、それでも寄せられる沢山のコメントに丁寧に返信していたからだ。

もうあの頃とは違う。自分が彼女を励まさなくても、多くの人がその役目を担ってくれている。多忙な彼女の負担を少しでも減らしたい。そう考えるようになっていた。

第8期女流桜花決定戦前夜、彼女はブログを更新した。そこで私は久し振りにコメントを残した。たった一言「何も心配していません」と。

本当は心配で仕方が無かった。初めての決定戦以降、大事な対局のここぞの場面で彼女には手が入った。私は麻雀に流れや勢い、風などがあると思うタイプの人間では無い。そんな私でも、訪れた幸運は全てを捧げた彼女に対する麻雀の神様からのご褒美の様に思えてならなかったのだ。

だから麻雀以外の事に気を取られているように見えた彼女が、神様にそっぽを向かれてしまうのではないかと不安で不安で仕方無かった。

そして迎えた第8期女流桜花決定戦で、その不安は的中した。終始苦しい牌勢で、最終戦を迎えた時には既に現実的な条件の無い所謂「目無し」になっていた。こうして彼女は女流桜花のタイトルを失った。


現在では女流プロ最多の獲得タイトル数を誇る彼女だが、初めての決定戦で勝つことが出来ていなければ、今日の魚谷侑未は有りえなかったと断言することが出来る。だから私にとって女流桜花は特別なタイトルなのだ。決定戦に残り続けながらも、ずっとあと一歩の所で留まり続けた長い時間を経て、昨年9期振りに奪還した際には、Mリーグ個人MVP以上の喜びがあった。

やっと麻雀の神様の許しを得た。そう思う事が出来たからだ。


EPISODE5 2015 不変 近代麻雀プレミアリーグ


2015年、プロ麻雀ファン垂涎のリーグ戦が創設された。その名も近代麻雀プレミアリーグ。団体の垣根を超えてトッププロを集め、更に著名人の強者をも招待した夢の企画だった。

石橋伸洋、佐々木寿人、瀬戸熊直樹、小林剛、鈴木達也、じゃい、藤田晋、そして魚谷侑未の8名で前期リーグが開催された。

ABEMA開局以降にプロ麻雀ファンとなった方々には何が特別なのか理解出来ないかもしれない。この当時、連盟の選手が他団体の選手とリーグ戦を行うという事はモンドTV以外では有り得ないことだった。連盟チャンネルとスリアロチャンネルの間には分厚い壁があり、オープンタイトルの決勝戦等でしか交わる姿を見ることが出来ない状態だったのだ。

そんな中開催されたこのリーグ戦に、後期に出場した和久津晶と共に、男子プロに劣らない実力を持った女流プロとして選出された事を私はとても誇らしく思っていた。

但し、選ばれただけで満足して欲しくないとも考えていた。魚谷侑未の実力は男子プロの中に入っても決して劣るものではない。それを証明して欲しいという願いがあった。そして同時に不安もあった。第8期女流桜花決定戦の前から様子が変わった様に見えた彼女が、勝利への飢えを失ってしまっているのではないかという疑念が私の中に残っていたのだ。全てを懸けて戦わなければ到底勝たせてくれるようなメンツでは無い。魚谷はこのメンバーの中に入れば格下だと視聴者に認識されるような事にだけはならないで欲しい。期待と同等の不安を抱えながら、彼女の戦いを見守っていた。

しかし、私の心配は杞憂だった。小林剛、鈴木達也、じゃいと共に進出した決勝戦で彼女は何も変わっていないことを示してくれたのだ。

トータルトップで迎えた最終戦のオーラス、2位のじゃいから立直が入ると、ゆーみんは思わず両手で顔を覆った。じゃいがツモ番を迎える度に怯える彼女をカメラは捉えていた。

「お願い、ツモらないで…」

目をギュッと瞑り、まるで子羊のように震えながら、流局を願う。彼女が心底勝利を欲しているのは誰の目にも明らかだった。そして迎えた最終ツモ番。じゃいは大袈裟なアクションで牌をツモり、彼女の顔を見た。するといたずらっぽく笑いながら、牌を河へと並べた。

優勝が決定すると、ゆーみんはようやく肩の力が抜け、相好を崩した。

自分は一体何を疑っていたのだろう。負けることを子供のように嫌い、決して敗北を受け入れない勝者のメンタリティこそが、トッププロ魚谷侑未を作り出したというのに。


EPISODE6 2018 証明 第16回日本オープン


2016年にAbema TVが開局し、麻雀チャンネルがスタートすると、世の麻雀ファンの注目はRTDリーグに移っていた。近代麻雀プレミアリーグを遥かに上回るスケールで、正にプロ麻雀界の頂点を決める究極のリーグ戦としてファンの心を鷲掴みにしていた。

3年目となったこの年、出場選手が発表されると、その中に女性選手の名前があった。和久津晶だ。プロ連盟において浦田和子以来史上2人目の女性A1リーガーとなった彼女がこの夢の舞台に抜擢されたのだ。

それを知った瞬間、私は言葉にならない悔しさを覚えた。何故ゆーみんじゃないんだ。和久津の出した結果に対して最大限の敬意を払った上で、私は女流プロが選出されるのであれば、それは魚谷侑未であるべきだと考えていた。ファンであるという贔屓目を抜きにして、彼女の実力が和久津に遅れを取っているとは微塵も思っていなかったからだ。

近代麻雀誌上で、現役プロに最も強いと思う選手のアンケートを実施した時もそうだった。女流プロ部門の1位は和久津だった。私は到底納得出来なかった。女流プロ最強は魚谷侑未だという強い自負があった。それを結果で証明して欲しいという欲求はどんどん強くなっていた。


3月、彼女はプロ団体主催の男女混合のタイトル戦で初めて決勝進出を果たす。第16回日本オープン。魚谷侑未の実力は女流プロの枠を越える物だと証明する絶好の機会だ。私はいつにも増して、応援に力が入った。


1回戦で60000点近い大きなトップを獲得すると、2回戦も2位でまとめ、トータル2位の渋川難波に100ポイントの差を付けることに成功する。

しかし、3回戦で渋川に60000点超えの大きなトップを許し、リードはあっという間に溶けてしまう。続く4回戦、オーラス跳満ツモ条件をクリアし、値千金のトップで優勝にグッと近づき、最終戦を迎える。

トータル2位の渋川との差は92.8ポイント。トップラス12800点差、トップ3着で32800点の差を付けられなければ、優勝が手に入る。

東1局、東2局と自らの和了で順調に局消化するも、東3局一本場で渋川に4000オールを決められると続く二本場、更に渋川が12000の加点をする。

その後、ラス目だった濱博彰が3件立直を制して和了をものにし、ゆーみんはラスへの転落が見えてくる。

そして迎えた東4局。事件は起きた。親番で断么九平和ドラ1の三面張聴牌を入れた彼女は、聴牌打牌を河に縦に置いた。その瞬間戦慄が走り、気付けば私は画面の前で叫んでいた。


「ゆーみん、リーチだよ!!!」


立直を宣言していれば、場に放たれる事の無かったであろう牌が打たれ、仕掛けが入った。そして本来彼女がツモ和了るはずだった牌が他家へと流れた。4000オールの和了を逃し、結果この局を制したのは櫻井秀樹だった。

それまでずっと冷静に打ち続けてきた彼女が、その瞬間だけ勝ちを欲しがった。5800の加点をすればラスが遠のくという誘惑に抗うことが出来なかった。その加点は確かに大きい物ではあったが、優勝を決定付けるような物では無い事もまた事実だった。


南場に入り、濱に1300の直撃と2000オールのツモ和了りを許すと、遂にゆーみんはラス目へと転落した。しかし、私は彼女を信じていた。


諦めない、へこたれない、退かない。


南3局、魚谷侑未の真骨頂が炸裂する。やや遠い所からの対々和発進。だが牌は彼女のハートに呼応した。見事に対々和三暗刻を纏めきり、渋川から8000点を出和了りし、半荘2位へと浮上した。そしてオーラス、渋川はゆーみんからの満貫直撃、三倍満自摸という条件を満たすことは出来ず、日本オープン史上初の女流プロ優勝者として魚谷侑未の名が刻まれた。

対局後、南3局の対々和についてSNS上で麻雀プロから絶賛の声が挙がっていた。私はそれを見て「ゆーみんなら普通ですけど?」と何故か勝ち誇った気持ちになったことを覚えている。

この年彼女は女流プロ麻雀日本シリーズ、王位を獲得し、三冠を達成した。最強の女流プロであり、その実力は性別を超えた物であることを証明すると同時に、トッププロの地位を不動の物とした。


EPISODE7 2018 望外の指名 Mリーグドラフト会議


2018年夏、プロ麻雀界が長年待ち焦がれていた夢が実現する事となった。大企業がスポンサーとなり、報酬を受け取って対局を披露し、本物のプロとしての活動が出来る。新時代の幕開けだった。

ドラフトが近付くに連れ、Mリーグは既存の競技麻雀からは大きく逸脱したものだということが発覚する。赤ドラの採用、ユニフォームの着用、そして1チーム3名で構成されるチーム戦であるとのことだった。

参加を表明しているのは7社で、いずれも名の知れた大企業だった。用意された椅子の数は21。2000人を越える麻雀プロの中でその恩恵を受けられるのは全体の僅か1%程だ。

ゆーみんは選ばれるだろうか。期待と不安は半々だった。それまでABEMAで放送されていたRTDリーグの評判がすこぶる高かった為、大部分はそこに出演している選手になるだろうと考えていたからだ。それ以外にも実力のある選手は沢山いたし、もしもエンタメ色を濃くするのであれば、容姿端麗な女流プロはいくらでもいた。

ドラフト会議当日、私は画面に齧りつくようにして生中継を見守っていた。各企業が一巡目の指名選手を記入すると、そこから些か長い確認時間が設けられた。そして遂に、指名選手の読み上げが始まる。

最初の指名はサプライズから始まった。赤坂ドリブンズは最高位戦の園田賢を指名したのだ。園田はRTDリーグには出演していなかったし、タイトル獲得実績も無かった。麻雀駅伝に団体の代表として出場する等、プロの間ではとても評価の高い選手ではあったものの、コアなプロ麻雀ファン以外の一般視聴者にはあまり知られない存在だった。

これは予想以上にガチだな。それが第一感だった。同時に不安が過ぎった。実力派男子プロが順番に指名されて行ったら、女流プロにはほとんどチャンスが無いかもしれない。仮に女流が指名されるとしたら、一番最初に名前を呼ばれるのはまず間違いなく女流プロの顔である二階堂亜樹だろう。何とか3位でどこかのチームが指名してはくれないだろうか。そう願っていた。

続いてEX風林火山が二階堂亜樹を指名する。やっぱりそうだよな、そりゃ亜樹さんだよという諦観があった。その後KONAMI麻雀格闘倶楽部が佐々木寿人、渋谷ABEMASが多井隆晴という順当過ぎるほど順当な指名をし、セガサミーフェニックスの順番となる。

セガサミーはMJという麻雀ゲームを提供している企業だ。きっとそこに出演している選手からの選出になるだろう。つまり、連盟所属のゆーみんにはチャンスが無い。そう思っていた。

次の瞬間、私は耳を疑った。日本プロ麻雀連盟とコールされたのだ。え!?と驚く間もなく魚谷侑未の名が読み上げられた。

やった、やった、やった。ゆーみんが選ばれた。しかも一巡目で。画面に映し出された彼女は深々とお辞儀をし、大きく息をついていた。その後、セガサミーフェニックスは2巡目に近藤誠一、3巡目に茅森早香と最高位戦所属選手を指名し、交渉権を獲得した。


ドラフト会議終了後、私はこの指名の意味について考えた。まさか連盟の選手を獲得するとは思ってもみなかったセガサミーが1位で指名したということは、それだけ魚谷侑未という麻雀プロの価値を高く評価してくれたのだ。彼女のそれまでの実績だけでなく、麻雀の質、麻雀への情熱、パーソナリティそれら全てを認めてくれたのだと。

きちんと見てくれている人がいる。それがファンとして、とてもとても嬉しい事だった。


EPISODE8 2020 誇り Mリーグ2019-2020FINAL


鳳凰戦でBリーグに上がった頃だっただろうか。ゆーみんの麻雀が明確に変化し始めた。最速マーメイドというキャッチフレーズから離れ、打点への比重をより高くするようになったのだ。上位リーグのコミュニティマジョリティに対応し、本気で鳳凰位を狙いだしたのだと私は感じていた。


Mリーグが開幕する前、麻雀ファンの間では赤有りルールに適した雀風の選手が活躍するだろうという予測が立てられていた。端的に言えば、速度を重視した仕掛けの多い選手を有するチームが上位に進出するだろうという見込みだった。中でも小林剛、石橋伸洋という高い副露率でタイトルを獲得してきた選手と、ネット麻雀の最高峰天鳳において、ダブル天鳳位を達成した朝倉康心を擁するU-NEXTパイレーツの前評判が高かった。

ゆーみんはどんなスタイルでMリーグに臨むのだろうか。近年の打点を重視したスタイルなのか、それともルールを考え、原点回帰の鳴き麻雀となるのだろうか。

Mリーグ開幕後、その答えはすぐに出た。彼女が選んだのは原点回帰だった。スタイルチェンジをして以降、殆ど見ることの無くなっていたやや遠い所からの低打点の仕掛けが散見されるようになった。

その麻雀に私は小さな違和感を覚えていた。女流桜花を連覇した頃の彼女の低打点の仕掛けには、必ず保険が掛かっていた。しかしMリーグではその保険が無いものが見受けられたのだ。勿論それは当時よりも読みを含めた雀力の向上があり、手牌を短くしても守りきれるという自信から来たものだったのかもしれない。ただ結果として、その麻雀はMリーグでは通用しなかった。

初年度の個人スコアは27試合に登板し、−249.1。21人中18位となり、チームも6位に沈み、ファイナル進出を逃した。

率直に言って、かなり運が足りていなかったとは思う。ただ人並みの運量があったとしても、スコアを確実にプラスに纏められるほど傑出した内容だとも思えなかった。シーズンが佳境に入る頃には、バランスを変えようと模索しているようにも見えた。だが遅きに失した感は否めなかった。

翌2019-2020シーズン、ゆーみんの麻雀は大きな変貌を遂げていた。前年の反省とMリーグ全体の傾向を踏まえ、近年の打点を重視した麻雀へと舵を切った。そこには、赤ドラが採用されてはいるものの、Mリーグは競技麻雀であるという1つの答えがあった。

初年度の鬱憤を晴らすように、彼女は勝ちまくった。新たなスタイルに牌も噛み合い、着実にポイントを伸ばしていった。シーズン中2度の役満和了という僥倖も手伝い、遂にはレギュラーシーズン個人MVPをも手中にした。

チームメイトである近藤誠一の好調もあり、セガサミーフェニックスはレギュラーシーズンを首位で通過し、アドバンテージを活かして順調にファイナルへと駒を進める。

そして迎えた運命の一日。全てが決まる最終戦に監督から指名を受けたのは彼女だった。対局者は沢崎誠、小林剛、そして多井隆晴だ。

試合前、私は気分が昂ぶっていた。プロ麻雀の世界で最も注目度の高い対局で、彼女はこれから帝王と闘おうとしている。現役最強の名を欲しいままにする多井隆晴は彼女がこれからこの世界で頂点を目指す上で必ず乗り越えなければならない巨大な壁だ。

基礎雀力の高さは言うに及ばず、麻雀という競技のゲーム性を深く理解した手牌進行、鋭い読み、ゲームメイク、条件戦の圧倒的経験値、そして天運。それら全てを兼ね備えた難攻不落の要塞にこれから彼女は挑むのだ。

東1局、いきなり衝撃が走る。役牌を鳴いた多井は早々に3900の両面聴牌を入れると、沢崎から出た和了牌を見逃した。そしてゆーみんから出た一索にロンの声が掛かる。これが条件戦の戦い方だよと言わんばかりの選択だった。

東2局に1300 2600をツモ和了り、失点を挽回したゆーみんに次局、親番で大物手が入る。ダブ東三暗刻ドラの四七筒待ちで聴牌を入れると、同巡、沢崎から七対子ドラドラの立直が掛かる。すると沢崎の現物であった四筒が多井の手から打たれ、12000をもぎ取る。

帝王に一太刀御見舞した。よし、と思わず拳を握りしめる。

続く東3局一本場、優勝を最も近くで争うパイレーツの小林が1000 2000をツモ和了り、ゆーみんの親番が落ちる。

東4局が流局で終了し、迎えた南1局。ゆーみんに痛恨の放銃が生まれる。断么九のみの仕掛けを敢行するも、目一杯に手を広げることは出来ず、手放した二索が裏目となり、和了逃しが生まれる。そしてシャンポン待ちの聴牌が入った状態でドラの南を引いて来ると、これをノータイムでリリース。待ち構えていたのは小林剛。七対子ドラドラ赤の8000は8600を献上し、トップが入れ替わる。

南2局、更に小林が2600点を加点し、続く南3局の親番でゆーみんは聴牌を入れることが出来ず、全員ノーテンでいよいよオーラスを迎えた。

事実上小林との一騎打ち。跳満ツモか満貫の直撃で優勝が手に入る。

第一ツモで南を暗刻にすると、僅か6巡目で条件を満たすツモリ三暗刻の聴牌が入る。ツモか高目の發を小林から出和了、相方の二筒ならば裏1条件だ。このさして難しくはない条件計算に、彼女はじっくりと時間を使っていた。その長さは彼女が背負っているモノの重さを如実に表していた。万に一つも間違える事は許されない。念入りに確認し、そして覚悟を決め、震える声で立直を宣言する。


その瞬間、私は遠い過去の記憶が脳裏に甦った。私が彼女を見つけた時、彼女は誰にも知られない無名のDリーガーだった。ブログにコメントするのは私だけの時すらあった。言ってみれば、私だけのゆーみんだったのだ。それが今ではこれだけ多くの期待と責任を背負い、大観衆が見守る中で戦うプロとなった。

11年前、私の夢だった新人麻雀プロは、気付けば誇りへと変わっていた。

最終巡目、祈りを込めてツモ牌に手を伸ばした。しかし、既に和了牌は山には残っていなかった。


対局を終えたゆーみんの心中は察するに余りあった。それでも彼女は表彰式後のチーム代表の挨拶で、目に涙を溜めながら、セガサミーフェニックスはいつか必ず羽ばたくと宣言した。どんなに有名になろうとも、数多のタイトルを獲得しようとも決して歩みを止めない。自らに寄せられた期待や愛情を受け止め、それに全身全霊で応えようと前進し続ける。それが魚谷侑未が魚谷侑未たる所以なのだ。


EPISODE9 2022 夢の続き 麻雀日本シリーズ


「世紀の一戦」。奇しくもこの日、武尊VS那須川天心という格闘技ファン待望のカードが組まれていた。麻雀ファンである私にとって、長い間待ち焦がれていた組み合わせが麻雀日本シリーズで遂に実現した。

ゆーみんが「店長」と公式対局で戦う。それは彼女のファンとして残された数少ない夢だった。

魚谷侑未という麻雀プロを語る上で、絶対に欠かすことの出来ない存在。彼女をトッププロへと導いた師。第46期最高位鈴木優。

ゆーみんが優さんのお店で働き出した時、彼は所属していた最高位戦を既に退会していたが、プロの世界で活躍する彼女に触発され、7期ぶりに復帰を果たす。

優さんが帰ってきた。そのニュースを知った時、私はすぐに二人の対戦を夢見るようになった。そこに辿り着く過程の中で、その思いは一段と膨らんでいったが、そこには大きな理由があった。

プロ麻雀の世界で大きな成功を収めたゆーみんの過去が語られる時、そこに鈴木優の名が一切出てこなかったからだ。若手時代女流勉強会で滝沢和典に指導を受けた話は出てくるにも関わらず、彼女の麻雀の礎を築いた人物には触れられる事が無かった。

勿論、その理由については見当が付いていた。とてもシンプルな話だ。二人は所属団体が違う。数多くのタイトルを獲得し、連盟を代表する選手の一人となったゆーみんの師匠が他団体の選手であることを知られるのは、対外的に好ましい事ではない。口止めをされていたわけでは決して無いだろうが、二人は大人だった。

ゆーみんがMリーガーとなった後、チーム練習に優さんが招待された時もそうだった。Twitter上でその事実は公表されたものの、二人の師弟関係については一切触れられなかった。私はそれがとてももどかしかった。優さんがいなければ現在のゆーみんは無かったはず。だからより多くの麻雀ファンに知って欲しい。いつか二人が公式戦で同卓すれば、きっとその時には関係性が公のものになるだろう。そう考えていたのだ。

その後最高位戦のホームページに掲載されている「FACES」というインタビュー企画において優さんの出番が回ってきた時、梶田琴理によって執筆されたその記事の中で、二人が共に働いていた事が公表された。更には近代麻雀誌上でゆーみんの自伝的漫画「泣き虫マーメイド」の連載が始まると、一気に二人の関係性は多くの人に知れ渡る事となり、ようやく私は溜飲が下がった。


この一戦が近付きだした頃、私はある妄想を浮かべていた。卓に着いた二人がひっそりと目を合わせ、小さく微笑む。そんなエモーショナルな瞬間が訪れる事を。だが現実は妄想ほど甘美なものではなかった。画面に映し出された優さんは氷のように冷たい目で卓上を見据えていた。そしてゆーみんも、至って冷静な表情で対局の開始を待っていた。

そうだ、これは麻雀日本シリーズなのだと我に帰る。ここはばとるふぃ〜るどでは無い。そこに居たのは未来を夢見る若者でも無く、成熟した二人の麻雀プロだった。

対局が始まると、その一打一打を噛み締めるように堪能した。生憎この日は二人には手が入らず、見せ場らしい見せ場も無いまま、3位4位でゲームは終了した。

対局後、一定の満足感を感じながらも、どこか寂しさがあった。私にとっての世紀の一戦が、あまり多くの人に観られていないからだった。そして思い浮かべた。Mリーグの舞台で戦う二人の姿を。


7月11日、Mリーグのドラフト会議が開催された。空席の数は3。当確と言われている渋川難波がまず間違いなく指名を受けるだろう。そうなれば残った2つの席を優さんは他の候補者と争う事になる。現最高位として居られる内に指名されなければ、次のチャンスはいつ来るか分からない。私の究極の理想はゆーみんと優さんがチームメイトとなり、優勝を勝ち取る事ではあったが、そんな贅沢は言っていられない。パイレーツでもサクラナイツでもどちらでも良い。とにかく優さんを指名して欲しい。

パイレーツの一巡目、指名選手の所属団体が読み上げられる。最高位戦だ。この時点で渋川ではない。そして次の瞬間、鈴木優の名がコールされた。

やった、遂にこの時が来た。そしてゆーみんの顔を思い浮かべる。ゆーみん、優さん来たよ、と。

きっと二人にとって、Mリーグでの共演は余りにも上手く出来すぎた物語だろう。チーム戦に私情を挟む事は当然出来ない。だから最も対戦したい相手でありながら、最も対戦したくない相手でもあるだろう。

それでも私は同じ画面の中に映し出される二人が見たい。大観衆の中で戦う二人を。夢の続きをMリーグの舞台で。


EPILOGUE


なぜ多くの麻雀ファンは魚谷侑未を愛するのか。沢山勝っている選手だから?ファンサービスが素晴らしいから?勿論それもあるだろう。しかし、ずっと彼女を見続けてきた私には1つの答えがある。それは彼女の持つ「共感力」の高さだ。

多くの人は幼少の頃、ヒーローやスター、天才と呼ばれる人達に憧れる。そしていつか自分も一角の人物になることを夢見る。だが殆どの人が人生の中で気が付いてしまう。自分が決して選ばれた人間では無いということに。

魚谷侑未はそんな「選ばれなかった人達」の希望なのだ。自らの仕事に情熱と誇りを持ち、注がれる愛情に感謝を忘れず、人に見込まれたらベストを尽くす。時に自分に向けられる悪意や敵意にも怯まず、真正面から受け止める。決してエリートでは無かった彼女は人並み外れた覚悟、努力、そして勇気で自らのキャリアを切り拓いていった。そんな姿に人々は心を打たれ、自分自身を重ね、声援を送るのだ。

私はファンとして、彼女にとても感謝している事がある。それはこの13年間で彼女に失望したことがただの一度も無いことだ。高い雀力を持ち、麻雀という競技の真理に一歩でも近付こうと情熱を燃やし続け、エンターテイメントの世界に生きるプロとして常にファンを大切にしてくれた。私の理想の麻雀プロであり続けてくれた。勿論心配も沢山してきた。それでも彼女の応援を辞めようと思った事は無かった。

近頃私はつくづく思うのだ。自分は麻雀ファンとしてなんと幸運なのだろうと。無名の新人を好きになって、その人がトッププロとなる確率はどれ程だろう。初めて女流桜花決定戦に出場して以来、絶えず彼女の麻雀を映像で見続けることが出来た。それは全て彼女が結果を出し続けてくれたからこそ叶ったことだ。

ただ私は決して彼女が無名だった頃を忘れない。計り知れない努力でプロ麻雀界を駆け上がって行ったが、そこには間違い無く運もあった。だが過去の栄光は未来の幸運を約束するものではない。それが麻雀だ。これから先の麻雀人生において、抗いようのない不運に巻き込まれる事もあるだろう。Mリーガーでは無くなる日が来るかもしれない。リーグ戦でCリーグやDリーグまで落ちてしまう事もあるかもしれない。勝負の世界に生きる人間の常だ。そんな時はきっと彼女の元から多くの人が去って行ってしまうだろう。もしもそんな日が訪れてしまったとしても、私は変わらずに「そこ」に居続ける。そしてそんな時こそ、彼女に声援を送りたいと思う。


大丈夫だよゆーみん。あの頃に戻っただけじゃないか。もう一度這い上がろう。ずっと応援しているから。


無論、登り坂の苦労と下り坂の苦労はまるで別の物だ。それでも彼女ならば、そんな困難さえもきっと乗り越えてくれると私は信じることが出来る。だからこそこれからも私は彼女を追い続け、そして心に刻み続ける。


魚谷侑未が麻雀プロとして生きた証、マーメイド・クロニクルを。

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