丁寧に

ああ、思い返すとわたしはいつでも丁寧であった。いつでも丁寧にわたしを生きていたのであった。わたしは丁寧にお前を愛した。わたしは丁寧にお前の掌を撫でた。発した言葉が呪いを孕む事を知っていたので、いつでも綺麗な言葉を並べ立てた。ああ、わたしはいつでも至って丁寧にお前を愛したものだった。そういえばあの汚い駅前のトイレには幽霊が出るそうだ…。わたしはお前がいつでも心配であったが、お前が幽霊を信じることはなかった。わたしはいつでも丁寧であったので、きっと幽霊になっても汚い言葉を発したりはしない。わたしはいつかお前が幽霊に喰われてしまうと恐れた。森の奥にいる大きな獣は夜が明けると死んでしまうのでわたしは至って丁寧に…死んでしまうことのないように…。医者はわたしの目がよく映ることを忠告した、そう、わたしの目にはお前が誰よりもよく見えていた。なによりも丁寧に生きているものだからわたしは非常に臆病であって、そんな怖がりなわたしをお前は唯一恐れた。ああ、そういえば西の方で偉大な魔法使いが亡くなったらしい。カラスは生き物の中で一番大きな声を上げるのでどこにいても分かる。わたしの目はよく映る。わたしの目は何よりもよく映る。わたしはお前を二度と愛さないと震える声で告げ、そんなわたしをお前は「勝手なものだ」と目を細めて笑った。

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