家族の話
わたしの家族は少し他と違った。父は身体の半分が植物で出来ていて、身体を覆うように蔓が巻きついていて、下半身は樹木の幹のように力強く、歩くたびに地響きがした。
母は両耳が生まれつき聞こえなかったが、とても美しい顔を持ち、その儚い美しさに誰もが心を奪われ、彼女が涙を流すと晴空ですら顔を曇らせ、涙を流した。
弟には心が無かった。生まれてすぐに心臓の病気が判明し、彼は心臓を抜き取ることなった。弟の心臓があったところはぽっかりと穴が空いたままで、真っ暗なその穴に彼はよく指を入れて遊んでいた。
わたしはそのとき、ひとの心というものは脳ではなく心臓に存在していたのだということに気づいた。心臓のない弟は感情を持たなかったが、それを気にした様子は見られなかった。わたしは心のない彼が心底不憫で幾度となく涙を流したが、そのたびに彼はにこりと笑って言うのだった。
「僕には心がないが、魔法使いには皆心がないのだという。僕は魔法使いになれるから悲しいと感じないのだ」
わたしは生まれつきひとの愛を見ることができた。わたしの家族は皆黒いしなやかな髪とお揃いの黒の瞳を持つが、わたしの瞳の色は灰緑色であった。父の心臓には小さな棘があり、心臓に触れることを誰にも許すことはなかったが、そんな父の愛は母と同じくらい大きく目で見ても伝わるほど温かいものであった。
わたしの弟は愛を生むことはできないが、与えられた愛を集めて、大層大事そうに心臓があった穴に入れて持っていた。
わたしが生まれてすぐ、母はわたしに歌を教えた。耳の聞こえない母のために歌うことに意味があるのかわからなかったが、わたしが歌うと父の薬指から生えた霞草が小さく揺れるので、それを見るのが好きだった。弟は心を持たないが、わたしが歌うと近くに寄ってきて、下手くそな踊りを見せてくれた。
わたしが成長をするとともに、わたしの瞳は黒色に近づいていき、ひとの愛が見えなくなっていった。わたしの瞳の色が真っ黒になった頃には、弟は家を出て魔法使いになった。父は蔓が首の辺りまで伸び、身体はもうほとんど動かずに足元に深く根を張るようになっていたが、母は変わらず目を見張るほど美しかった。
「わたしは愛が見えなくなったけれど、愛があるとどうしてわかるの?」
愛というものは、目で見えなくても、耳が聞こえなくても、触ることのできなくても、心が無くても、きちんとあるとわかるものだと母は微笑んで教えてくれた。
わたしは母が教えてくれた歌を、わたしの家族のために歌ったが、わたしの声がきっと母に届いているだろうと感じた。母の顔は見えなかったが窓の外では優しい雨が降り、父の薬指の霞草がゆらゆらと揺れて、わたしはそれがすごくうれしかった。
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