ブルーベリー

冷蔵庫のブルーベリー・ジュースはすでに腐っていた。わたしはきみが好きだったものを思い出していたが、そんなもの初めから一つも分かっていなかった気がして、そうなるとこのブルーベリー・ジュースは一体誰が置いて行ったのだったかと不思議な気持ちになる。きみが好きだったものは甘いスポンジケーキだったかもしれないし、苦いコーヒーだったかもしれないし、もしくはぐちゃぐちゃのスクランブルエッグだったかもしれない。わたしは白いシャツを着て、朝日を浴びるのが眩しくて苦手で、お気に入りの眼鏡は少しだけ度が合わない。きみの匂いのことなんて覚えているはずもないので、例えば街中の誰かの香水をふと嗅いだりして「懐かしい匂いだ」なんてふざけたことは言えない。そういえば昔よく行った喫茶店は潰れてしまったらしい。ウェッジウッドのカップとコーヒーの匂いだけは、なんとなくまだ思い出せるような気がする。冷凍庫には夏に買ったバニラ・アイスクリームがまだ入ったままだったが、もう外の風は冷たいのでわたしにはあまり気が乗らない。きみはオレンジ色のスウェットをよく着ていた気もするし、緑色のセーターの触り心地が柔らかかったような気もする。パンケーキを一緒に食べたのは誰だったか、ナポリタン・スパゲティを作ってくれたのは誰だったか。わたしには全くもって思い出せそうにないので、ごちゃごちゃになった記憶をごちゃごちゃになったままで、「だいすきだったな」なんて映画のように泣きそうな顔で呟いてみたりする。そんなことを言ってもわたしにはもう顔や声すら思い出せそうにないので、一体全体わたしは何を愛して何の約束をしたのかわからないでいて、今までのきみが無駄になってしまったかと思うと少しだけ切ない。

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