家と私 (3)Nの出入り口
出入り口がいっぱいあります
先日、昔の実家の玄関の話をしたが、実家には正面玄関のほかに出入り口が3つある。
一つは車庫の中で、階段の真下につながっている。
古くてかがまないと通れないほど小さな戸だが、正面に次いで使用頻度が高い。
みんなで出かけるときは最後に出る人が正面の鍵を内側から閉め、この戸から出るからだ。
帰りもこの戸から入って玄関を内側から開ける。鍵を使って正面玄関を閉めたり開けたりすることはほとんどない。
この勝手口にも鍵は一応あるにはあるが、曲がった釘どうしをかませるような弱いつくりで誰も使わない。
シャッター付きの車庫の中にあるので、鍵をかけなくてもいいという判断なのだろう。
もう一つは台所の裏。
サザエさんでいう三河屋がいつもお酒を置きにやってくるようなところだ。
たまった生ゴミの袋を持ってゴミ捨て場に行く時に使うところで、普段は鍵がかかっている。
最後はまた車庫にあるのだが、戸をあけると車庫と2階の生活スペースを結ぶ階段になっている。
ほとんど使わない。
これも同じ理由で鍵はかかっていないことが多い。
というわけで実家は正面が閉まっていてもだいたいどこからか入れたものだが、小学生のころ、一度だけこの戸をすべて施錠した時があった。
Nという人物
公立の小学校というのは良くも悪くも多様な人間のごった煮なので、本当にいろんな人がいた。
Nもその一人で、客観的にみてそんなに親しい間柄ではないのに、妙になれなれしくしてくる男だった。
誰に対してもそういう風だったのでみんな距離を置きたがっていたように思う。
それだけならそんなに害はないと思い、私もほどほどにつきあっていたが、彼には一つ悪い癖があった。
借りたゲームを返さないのである。
何度か期限付きで貸したときがあるが、「来週まで」「今月まで」と言ってなかなか返さない。
二度と貸すまいと心に決めると、今度はいきなり家に来る。
「ゲーム貸してくれん?」と言って、こっちが何を言っても貸すまで帰ろうとしないのだ。
そんなこんなでNを避けていたのだが、いつだったか「今日、Nがまた家にゲームを借りにくるかもしれない」という日があった。
なぜそう思ったのかは覚えていないが、とにかく彼が来る可能性があったのだ。
たてこもり
私は学校を終えて家に帰るなり、家中の戸を閉じ、鍵をかけた。
正面玄関のいつもは閉めない下の方の鍵まで閉め、勝手口のねじれた釘どうしも絡ませた。
これで誰も入って来られない。
(裏口からNが入ってこないとはわかっていたが、この籠城のスリルを楽しみたかったのだ)
やつが来ても居留守を決め込もうと、自分の部屋で静かにしていると、家のインターフォンが鳴った。
音を立てないように玄関ののぞき穴をのぞく。
そこにいたのはうちのばあちゃんだった。
買い物を終えて帰って来たところらしい。
戸を開けると「どこも開いてなかったから(ベルを)押したちゃ」という。
少し拍子抜けした。
結局その日、Nは来なかった。
「今思うと…」と思うことが多い
その後もなあなあなつきあいを続けたが、クラスが分かれるとつきあいもなくなった。
中学へ上がってからはほとんど話すこともなくなった。
今はどうしているのだろうか。
当時はにやにやした愛想笑いと、こっちの話を聞かないのに親しげにしてくる態度が恐ろしかったけれど、今思うとやり方が不器用なだけで、普通に誰かと仲良くしたかっただけなんだろうな。
ゲームを買ってもらったこともなかったのかも知れない。
地元は狭い世界だ。
どこかでふらっと出くわしたら、そのときは一緒にスマブラでもしたいような気がしている。
正面玄関の鍵を開けて、部屋まで案内するよ。
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