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24. 裁判するなら働かないとね。

出来るだけ穏便に話し合いの場である調停で解決させたかったけど、調停では解決しないだろうと弁護士の浜田先生は言った。調停で合意を得られなければ審判に移行する。審判、といっても映画やドラマであるような「法廷」に行くのは一番最後で、まずは何回か書面でやりとりをするそうだ。その間、相手と顔を合わせる事はないが、法廷の「証人尋問」の場で初めて、相手と顔を合わせることになるという。

「きっと親権を争う事になるので早めに仕事を見つけてください。」と浜田先生に言われた。フリーで翻訳の仕事をしていたが、ここ最近の不況の影響であまり仕事がなかったので、急いで職を探し始めた。

本来ならば社員、しかもなるべくお給料の良いところを探すのが親権争いにおいては得策なんだろうけど、こんな心もとない状態で新しい仕事は始められないと思った。始めたところで周りに迷惑をかけることは目に見えていた。食欲のわかない、眠れない日々が5日間ほど続き、6日目に限界に達して、まとめて食べて寝るような日々を過ごしていたのだから。

私は新しい仕事ではなく以前働いていた職場をあたろうと思い、学生時代に働いていたカフェにコンタクトをとった。場所は吉祥寺の井の頭公園にほど近い、自然に囲まれた空気のいいエリアだ。ハワイから直輸入した旬の素材には定評があり、半年先まで予約が埋まっているような老舗の良いお店だった。

オーナーの多江さんに連絡をしてみると「ちょうど今人が足りないので助かる!」と言われ、すぐに働くことになった。私はその足でカフェまで行き、話をしに行った。多江さんは私が戻ることをとても喜んでくれた。仕事内容はウエイトレス、場合によってはキッチンにも入る事になった。アルバイトだけど、ひとまず安心だ。

出来れば娘と離れて暮らしている話は伏せたかったけど、これから調停が始まり急に休みが必要になることもあると思い、多江さんには全てを話した。多江さんのカップを握る手が止まった。驚き、目を見開いて私を見つめ、目にうっすら涙を浮かべた。そして私の手を取り、「出来ることなら何でも協力するから言ってね。」と優しい瞳で言ってくれた。

何もしないでいると負の思考ループに落ちてしまいそうになるけど、こうやって少しでも可奈の為に動いている時だけ、気が紛れた。

前に進まなければ。

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