見出し画像

「紗英ちゃんごめんね。裕太と話したんだけど、もう決めたからって一点張りで、何を言ってもダメだった。」

俊平くんは電話口で、申し訳なさそうに言った。

私は「何となく想像はしていたけど、やっぱりそうか。希望の光をひとつ失ってしまったな・・。」と思い、全身の力が抜けた。

「裕太は、紗英ちゃんが全部悪くって、自分は間違ってないと思ってるよね。それもなんだかなぁ。」

俊平くんはそう言って力無く苦笑いをした。少し雑談をした後、どちらともなく「また会おうね」、と電話を切った。あの俊平くんが説得してもダメなのか・・と私はうなだれた。

裕太は相変わらず私を無視していた。ふと思い立って、結婚前からお世話になっていた、秩父に住むアキさんに電話をしてみた。

シングルマザーのアキさんは皆の姉さん的存在で、裕太は私がヤキモチを妬くほどアキさんを慕っていた。同性の俊平くんがダメでも、アキさんの言うことなら聞くかもしれない。

「はい、もしもし。」

2回のコールで懐かしい声が聞こえた。懐かしさにホッとして思わず涙が出そうになった。「ハワイにいたよね?どうしたの?」と聞くアキさんに簡潔に事情を話すと、驚いた声でアキさんは言った。

「・・それは大変だわ、紗英ちゃん。ちょうどね、私用事があって、近いうちに大宮に行くの。だからその時、裕太くんと話してみるよ。頭ごなしに否定したり説得するんじゃなくって、まずは話を聞いてみるね。」
アキさんに心強く優しい言葉をもらって、私はほっとした。これできっとうまくいく。あのアキさんに言われたら、裕太だってきっと考え直すだろう。

アキさんにはお子さんが2人いるのだけど、離婚の時に相当揉めたという話を少しだけ聞いたことがあった。今は下のお子さんを引き取り2人で暮らしている。お兄さんは既に独立していてお父さんと一緒に暮らしているということだった。

「2人共、やり直せないかな。。」

アキさんはそう言ってくれけど、私は到底、そんな気にはなれなかった。

裕太と会った帰りのアキさんと、大宮近くの駅で待ち合わせて飲みに行った。忙しいはずなのに時間を作ってくれて本当にありがたい。私たちは小さな居酒屋に入り、ボックス席に座った。なんとなく人には聞かれたくないなと思ったから。
アキさんは席に座ると共に切り出した。
「・・紗英ちゃん、ごめんね。裕太くん、残念だけど意思は固いみたいで、何を言ってもダメだった。可奈ちゃんは俺が育てる、今は会わせない、の一点張りでね・・。離婚するんだから、紗英ちゃんとは縁を切るんだ、って。」そう言うと下を向いた。

「それでね、可奈ちゃんの様子がおかしいから、精神科に連れて行く、って言うんだよね。。子どもを精神科に連れて行くなんて、ちょっとおかしいよね。」

精神科?一体、可奈に何が起こっているの?

「可奈ちゃんの様子がおかしいのは当然だよ。紗英ちゃん、心配しないで。ママと突然引き離されて、幼稚園をやめさせられ、急に環境がガラリと変わったんだからさ。」

アキさんは続けて言った。
 
「それでね、いつ紗英ちゃんに会わせてあげるの、って聞いたら、『可奈が会いたいって言ったら。』って言うのよ。けどそれって、常套手段だよね。大人になってから、って意味にもとれるしさ。そんなの、絶対に信じちゃダメだよ、紗英ちゃん。」

私は言葉を失った。事態は私の手の届かないころでどんどん悪い方向に進んでいる。アキさんは続けて言った。

「残念だけど、これじゃあ話し合いにもならないね。紗英ちゃん、調停してみたら?私もね、した事あるんだよ、離婚した時にね。家庭裁判所でやるんだけど、裁判とは違って話し合いの場なんだ。調停員さんに間に入ってもらって話し合いをするの。抵抗あるかもしれないけど、一度利用してもいいんじゃないかな。」

「・・そうだね、それがいいのかも知れない。というか、それしかないよね・・。」

私は言った。相変わらず、何を食べても砂をかむような味しかしなかった。

アキさんと別れて電車に乗り、家まで歩いた。

今日は満月だ。歩き疲れて、公園のベンチに座った。月の明かりが池に映って、キラキラと揺れて、宝石みたいだ。

最悪のケース、可奈が大きくなって自分からママを探しに来るまで会えない、もしくは探しにも来ないで、このまま生き別れになる可能性もあるのか・・。

悪い想像はしたくなかったけど、情け無いことに楽観的で動くのが遅かったからこそ、ここまで足元をすくわれてしまったのだ。先を予想することは悪い事ではない。

あの時、裕太の異変に気を留めていたら。

そんな事、考えてもしょうがないのに、どうしても考えてしまう。
ずっと我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出した。

なんであの日、私は可奈を裕太に預けてしまったんだろう?
なんで、母親なのに、これから起こる事に気付けなかったんだろう?

こんなことになるんなら、あのとき可奈が欲しがっていた花柄のドレスや、マーケットで売っていたクッキー。カラフルなケーキも全部全部、買ってあげればよかった。神様お願いします。なんでもしますから、もう二度と良い事が起きなくっていいから、どうかどうか、可奈を私のもとに返してください。あの子に母親を返してください。

私はそう祈りながら嗚咽をあげて泣き続けた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?