13. 日本へ
よほど憔悴していたのだろう、空港からどうやって帰ったのか、全くと言っていいほど記憶がなかった。覚えているのは、実家のドアを開けた時泣きそうな顔をした母の顔と、リビングに座る父の背中だ。
(親不孝をしてしまったな、、。)どんな表情をすればいいのかわからず、顔が歪み、間の抜けた「ただいま」を言ってしまった。母が悲しそうな笑顔を向けた。
実家を出てからもう10年以上は経っていたけど、学生時代に使っていた部屋はそのままだった。だけど、久しぶりの実家は静かで、家全体が何だかよそよそしく感じた。既にハワイが恋しい。
相変わらず裕太から返信はなく、電話も出ない。ブロックされていないのが不思議なくらいだった。私はスマホを片手に、着替えもせずに泥のように眠った。
☆
父と母の話し声で目が覚めた。私の事を話しているようで、不機嫌そうな声が胸に刺さる。何となくリビングに行きそびれ、時間を持て余していると、ひとつ違いの弟の夏生が顔を出した。
「姉ちゃん、久しぶり。俺、暫くここに泊まるからさー、よろしくな!」
そう言って夏生は隣に腰を落とした。何もなかったように微笑みかけるその顔を見ると、懐かしくって肩の力が抜けていった。
子どもの頃から年のわりに落ち着いていた夏生は、大学を卒業したら税理士の資格を取り、学生時代の親友と一緒に会社を始めた。開業3年目にして軌道に乗っていたので、仕事も出来るんだろう。
夏生は私のスマホに映る可奈の写真に目をやると、悲しそうに微笑んだ。
瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきた。家族まで悲しませる、そんな暴力的な行動をとった裕太への腹立たしさと、可奈に会えない寂しさでぐちゃぐちゃになった心が、涙と共に溢れ出した。
夏生は黙って、私の泣き止むのを待ってくれた。
☆
数日経ったある日、夏生が私の部屋に来て言った。
「姉ちゃん、ちょっと調べたんだけどさ、もしも姉ちゃんがここで裕太さんの実家から可奈ちゃんを連れて帰ったら、違法になるんだって。それで、最初に連れて行った裕太さんには、何のお咎めもないんだって。」
「・・え? それっておかしくない?」
可奈を連れて帰るなんて事は考えもしなかったけど、そんなの、どう考えてもおかしな話だ。理解に苦しむ。最初の連れ去りはOKで、2回目は逮捕?そもそも、裕太のしたことは罪にならないのか。
「実の親にしろ同意なしに子どもを連れ去るなんて、どう考えても違法だろう。だから、この状況が続くなら、警察に行けば何とかなるだろう。」という私の考えは甘かったらしい。
「・・でもね、そんなに大げさな話じゃ無いと思うんだ。きっと時間が経てば、裕太も考え直して、育児が大変だから、「紗英、助けて!」って言ってくると思う。可奈だって寂しがって泣いてるだろうし、1か月ももたないよ。」
夏生は少し考えて言った。
「そうだね。そうならいいんだけど。・・・無駄足ならそれで良いんだからさ、いちど駅前でやってる法律相談に行ってみたら?」
法律相談?私が?
少し考えたが、どう考えても今の状況には関係ない話だと思った。弁護士とか裁判所だとか、そういったものにはそもそも関わりたくなかったし、大袈裟だろう。
☆
西日がまぶしい。
私の部屋の前には公園があって、子ども達の楽しそうな声が聞こえる。いつも無邪気で可愛いな、と思っていた子どもの声。今聞くとどうしても可奈を思い出し、苦しくなって窓を閉めた。あの日からずっとそうだ。どうしても、子どもを避けてしまう。
きっと私は、側から見たら子ども嫌いの冷たい女に見えるんだろう。
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