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23. その日浅草で見た空はいつもより明るく見えた。

可奈の声を、偶然とはいえ2か月振りに聞けた私は少し元気を取り戻し、裁判所に行く決心がついた。争うのではなく、可奈の為に「調停」で話し合おう。調停で話がまとまらなかった場合、「審判」に移行して判決が出るとのことなので、覚悟が必要だった。(刑事事件ではなく民事事件なので裁判ではなく審判になる。)

後ろ向きな考えだけど、万が一話し合いがまとまらず生き別れになってしまった場合、いま調停を起こせば『ママは可奈と離れる事に同意していなかった』という事実を残せるとも思った。いつか成長した可奈がそれを知ったとき、愛情の証明になると。

大丈夫。ここまでのドン底に落ちたんだから、あとは這い上がるしかない・・。

私は当事者のゆみさんに電話をして、調停をする事にしたと告げた。ゆみさんは少し残念そうに、「そうなのね・・。頑張ってね。」と言った。そして、「弁護士さんをつける場合は、なるべく『自分の言った通りに動いてくれる人』がいいよ。」と、アドバイスをくれた。

駅前で相談した弁護士さんに依頼することも考えたが、「勝率は低い」と思っているような弁護士ではなく「勝てる、勝つんだ!」と考える人を見つけた方がいい、という母の助言から、学生時代からの友人に弁護士さんを紹介してもらうようにお願いした。


不安もあったけど、本やネットで調べると「親権争いは母親に有利」という記述をよく見かけたし、そもそも裁判所は「良心的で公平な判断をする所だ」、と信じていたので、未来は明るいし、結局これが最善の解決法だと思った。

友人からはすぐに連絡が来て、離婚に強いという弁護士さんを紹介してもらった。私は急いでアポを取り、次の日には浅草にある法律事務所へ向かった。

「母親だから勝てますよ。」

弁護士の浜田先生は今までの心配がすべて吹き飛んでしまうくらいに、キッパリとそう言い切った。歳は私より少し上の男性で、頼もしそうだった。

法律の専門家に「勝てる」と言ってもらえただけで、それまでの不安が嘘のように吹き飛び、力が湧いてきた。あまりの自信に、(今まで相談した人達が実は良く知らなかっただけなのかも?)と思った。

浜田先生は「早いほうがいいから」、と手際よく手続きのための書類を用意した。頼もしく思い、善は急げと私はその場で委任をした。

書面は浜田先生が書いてくれるというので、今までのいきさつをひと通り話した。先生はメモを取りながら聞き、話し終わると奥の部屋にコピーを取りに行き、書類を片手に戻ってきた。

なんと、ゴールデンウィークを挟むので明日の朝一番で裁判所に申し立てをしに行っても、調停が始まるのは1~1か月半後との事だった。こんな非常事態に、なんたるスローペース。裁判所ってそんな所なんだ・・役所なんだ、と愕然とした。

「これから先は、旦那さんとの連絡は全て私を通すようにしてください。調停の申し立てをした事は伝えたほうがいいけど、それ以降は直にはやらないで。」

浜田先生にそう念を押されて、事務所を出た。

☆ 

帰り道、気分転換に墨田川沿いを散歩した。頬をなでる風が、少し暖かい。

もうすぐ春だ。桜の蕾が膨らみ始めている。町中がうっすらとピンクがかり、そわそわしているようだった。

ベンチに腰掛け、裕太に調停を申し立てたことをメールした。すぐに返事が返ってきて、「本当にやるの?やめようよ。」などと言ってきた。

やめたって可奈に会える保証はないし、これ以上裕太の『引き延ばし作戦』に振り回されている時間はない。そんなことをしている間に『監護実績』はどんどんついてしまい、相手は有利になっていく。それに、こんな事をした裕太のことはもう二度と信用出来ない。

私は「これからのことは弁護士さんを通してお話しします。」とだけ返信をした。
まさか自分が家庭裁判所や弁護士のお世話になるなんて、想像した事もなかった。

だけど、やっと一歩進んだ。

その日、浅草で見た空はいつもより少し明るく見えたのだった。

次の日、念のために「離婚届が勝手に提出されないように」と、裕太と可奈の住民票のある区役所に『離婚届不受理申請』をしてきた。裕太は帰国直後に住民票を実家に移動させていた。

なんと、世の中には「親権者」の欄に勝手に自分の名前を記入して、離婚届を提出する人がいるらしい。しかもそれが受理されて、裁判をしても勝てない・・なんてケースもあるとか。

この国は一体どうなっているんだろう?

あまりにも酷い。知れば知るほど、先進国だとは思えないほど、人権が守られていない話が出てくる。にわかには信じがたい話ばかりだった。


実の親による子の連れ去りは違法ではないという事。
連れ去り返しは違法だと言う事。

本当は「未成年者略取誘拐罪」に当たるのに、警察は「民事不介入」で相談しても動いてくれない事。
婚姻中でも、渡航履歴やクレジットカードの履歴で相手の居場所を知る事も出来ないこと・・。

今までどれだけのほほんと平和に生きていたのか、痛いほどに実感した。だけど、こんな事になるなんて、誰が予想出来たんだろう?


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