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梅田のハヤシライス

ひさしぶりに仕事で梅田に出た。青空に向かって伸びるビルを見ていると、何故かしら、竹下文子さんの「ポケットの中のきりん」を思い出す。「ポケットの中のきりん」は、高層ビルの窓の清掃員コージさんと私のショートラブストーリー。コージさんはポケットの中にキリンを飼っていて、キリンは最後に、コージさんのポケットから抜けだして、晴れ渡った空の下、高層ビル群の間を散歩する。それをコージさんと楽しく過ごした喫茶店の窓から見る私。最高に切なく美しいシーン。

梅田といえば、これまた雨に煙る丸ビルと、阪急百貨店大食堂のハヤシライスを思い出す。もう40年近く前、たしか幼稚園生だった僕は父親に連れられて阪急百貨店の大食堂で、遅い昼食を食べていた。大阪生まれ大阪育ちの父親は事あるごとにハヤシライスの話をした。戦後あまり食べるものがなかった時に、近所の洋食屋のショーウィンドウにハヤシライスの見本が飾られていて、それがとてつもなく旨そうだったと。会社員になり最初にもらった給料でハヤシライスを食べたこと。そういえば、カレーライスにもウスターソースをかけていたのももしかするとハヤシライス風にしたかったのかも。

僕もたいがい「俺がいいと思ったものが一番」と子供に無理強いするところがあるが、父親は僕以上だった。僕のリクエスト(お子様ランチ)は当然のごとく無視され、運ばれてきたのは2人前のハヤシライス。雨が降っていて、大食堂の窓から雨に煙る丸ビルをぼんやり眺めながら、父親のハヤシライス談義を僕は聞いていた。

晩年、車に乗せるのもやっとの状態になった父親に、「梅田えらい変わっとるで。連れてってやろうか?」と言うと、「うん」と車椅子の中で丸まって子供のようにうなづいた。仕事が忙しくて、父親を助手席に座らせても外の景色すら見れないような状況だったので、結局、約束は果たせなかった。

父親が今の梅田を見たらどんなに驚くやろか、と思うと、なんだか胸が切なく苦しくなる。もし人間に魂というものがあるなら、きっと今頃、コージさんのキリンのように、梅田の高層ビルの間を空中散歩していることだろう。息子と二人でハヤシライスを食べた阪急百貨店の大食堂(2002年閉店)を探して、百貨店の窓をのぞき込んだりしながら…。

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