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至高の現代文19/10東大国語 第一問(評論)

【2010東京大学/国語/第一問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は阪本俊生『ポスト・プライバシー』。
①段落。個人の本質はその内面にあるという私たちの心への信仰は、私生活を重視し、個人の内面の矛盾からも内面を推し量ろうと試みてきた。近代ほど内面の人格的な質が重要な意味をもち、個人の社会的位置づけや評価に大きな影響力をもって作用したことはなかっただろう。個人の内面が、社会的重要性をもってその社会的自己と結び付けられるようになるとき、「内面のプライバシー」(傍線部ア)が求められるようになったのである。
②段落。自己の所在が内面であるとされているあいだは、プライバシーもまた、そこが拠点となるだろう。プライバシーのための防壁は、私生活領域、親密な人間関係、身体、心などといった、個人それ自体の周囲をとりまくようにして形づくられる。つまり、個人の内面を中心にして、同心円状に広がるプライバシーは、人間の自己の核心は内面にあるとする文化的イメージ、そしてこのイメージにあわせて形成される社会システムに対応したものである。
③段落。個人の自己が、その内面からコントロールされてつくられるという考え方(a)は、自分の社会的・文化的イメージにふさわしくないと思われる表現を、他人の目から隠しておきたいと思う従来のプライバシー意識と深くかかわっている。…
④段落。これ(a)は個人の自己統一性というイデオロギーに符合する。自己は個人の内面によって統括され、個人はそれを一元的に管理することになる。このような主体形成では、個人は自分自身の行為の矛盾、あるいは過去と現在との矛盾に対し、罪悪感を抱かされることになる。個人の私生活での行動と公にしている自己表現との食い違いは、他人に見せてはならないものとなる。
⑤段落。ただし「このような自己のコントロール」(傍線部イ)は、他人との駆け引きや戦略というよりは、道徳的な性格のものであり、個人が自らの社会向けの自己を維持するためのものである。だからこのことに関する個人の隠蔽や食い違いには他人も寛容であり、それを見て見ぬふりをしたり、しばしば協力的にさえなる。
⑥段落。だが人びとは、他人のプライバシーに配慮を示す一方で、その人に悪意がはたらくときには、その行為や矛盾の非一貫性を欺瞞ととらえて攻撃することもできる。…

⑦段落。しかし、もし個人の内面の役割が縮小し始めるならば、プライバシーのあり方も変わってくるだろう。「情報化が進むと、個人を知るのに、必ずしもその人の内面を知る必要はない、という考えも生まれてくる」(傍線部ウ)。たとえば、個人にまつわる履歴データさえわかれば十分だろう。その方が手っ取り早くその個人の知りたい側面を知ることができる。場合によっては知られる側も、その方がありがたいと思うかもしれない。自身を評価するのに、他人の主観が入り交じった内面への評価などよりも個人情報の方による評価の方が、より客観的で公平だという見方もありうるのだ。
⑧段落。「人に話せない心の秘密も…いまでは情報に吸収され、情報として定義される」とウィリアム・ボガードはいう。私たちの私生活の行動パターンだけではなく、趣味や好み、適正までもが情報化され、分析されていく。「魅惑的な秘密の空間としてのプライヴァシーは…もはや存在しない」。「ボガードのこの印象的な言葉は、現に起こっているプライバシーの拠点の移行に対応している」(傍線部エ)。個人の身体の周りや私生活のなかにあったプライバシーは、いまでは個人情報として変換され、個人を分析するデータとなり、情報システムのなかで用いられる。ボガードはいう。「スクリーンは人びとを「見張る」のでも、プライヴァシーに「侵入する」のでもなく、しだいにスクリーンそのものがプライヴァシーになりつつある」と。
⑨段落。今日の情報化社会では、プライバシーは監視される人びとの側にあるのではなく、むしろ監視スクリーンの方にある。つまり個人の内面や心の秘密をとりまく私生活よりも、それを監視する情報システムこそがプライバシー保護の対象になりつつある。
⑩段落。「今日のプライヴァシーは、管理と同様、ネットワークのなかにある」とボガードはいう。だからプライバシーの終焉は妄想であると。だが、それでもある種のプライバシーは終わった。ここに見られるのは、プライバシーと呼ばれるものの中身や性格の大きな転換である。「今日、プライヴァシーと関係があるのは、「人格」や「個人」や「自己」、あるいは閉じた空間、一人にしてもらうこととかではなく、情報化された人格やヴァーチャル領域」なのである。そして、情報化された人格とは、ここでいう「データ・ダブル」(傍線部オ)のことである。

〈設問解説〉
問一 「内面のプライバシー」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「プライバシー」の語義(私事を他人に干渉されないこと)を踏まえた上で、本文の内容に沿って具体的に説明する。傍線部イとの「住み分け」に注意すると、傍線部イの「コントロール/一元的管理」がプライバシーの積極面を表すなら、傍線部アは「干渉を防ぐ」という程度の消極面に限定できるだろう。そこで、消極面から積極面に記述がスイッチする③段落冒頭の記述に着目し、「(社会的イメージなどに)ふさわしくない…表現を、他人の目から隠しておきたいと思う従来のプライバシー」(A)を解答の核に利用する。
それに、②段落の「プライバシーのための防壁は/個人の内面を中心に同心円上に/形づくられる」という要素(B)を補足として、①段落の「近代ほど/内面の人格的な質が/社会的な位置付けや評価に/影響力をもったことはない」という要素(C)を前提として加える(Cである以上AB)。

<GV解答例>
個人の内面が近代社会における評価対象の中心である以上、その評価にそぐわない側面を、内面に近い領域ほど強く、他者の視線から隠すこと。(65字)

<参考 S台解答例>
近代において、社会的自己を形成する本質とされた個人の内面は、他から秘匿すべき重要なものと見なされたということ。(55字)

<参考 K塾解答例>
社会における自己の本質をなす個人の心が、身体や親しい人間関係などの私生活の領域の中心として他者から隠しておくべきものとされること。(65字)

問二 「このような自己のコントロール」とあるが、なぜそのようなコントロールが求められるようになるのか、説明せよ。(60字程度)

理由説明問題。③段落から⑥段落までの意味のまとまりを視野に入れれば、解答の骨格は見えやすい。④段落冒頭の二文より「個人の自己の統一性というイデオロギーが(A)/Bを強いるから」(→このようなコントロール=内面の一元的管理が求められる)の形を導く。
Aについては「イデオロギー」の語義(行為を規定する観念/自明性・虚偽性)を踏まえて、④⑤段落より「個人は/内面を中心に/行為の一貫性を保つ/主体であるべきだとする/道徳/観念」とした。なのに人間はたびたび(←④⑤⑥)、というよりも「本来的に」(←イデオロギー=虚偽性の逆)矛盾を露呈するものだから、それを「隠蔽」する(B)ために、「内面を一元的にコントロールする」のである。

<GV解答例>
個人は内面を中心に行為の一貫性を保つ主体であるべきだとする近代の道徳観念により、自己の本来的な矛盾を隠蔽することが強いられるから。(65字)

<参考 S台解答例>
社会が求める個人像は、各個人が内面によって自己を矛盾なく統括した、統一的な主体でなければならなかったから。(53字)

<参考 K塾解答例>
近代では、社会的自己が個人の内面によって形成されるという考えに基づいて、社会的に一貫した自己像を提示することの責任が個人に帰せられるから。(69字)

問三 「情報化が進むと、個人を知るのに、必ずしもその人の内面を見る必要はない、という考えも生まれてくる」(傍線部ウ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。(60字程度)

理由説明問題。「否定表現は肯定表現に直す」(ないある変換)が定石。「個人を知るのに…内面を見る必要はない」を変形して、「外面を見ることで、個人を知ることができる」から(→内面を見る必要はない)、という形を導く。後は「情報化」から「外面」につなぐことができれば、ほぼ完成。
⑦段落「たとえば」以下より、「個人の知りたい側面」は「個人情報(データ)」として「外面化」する。そうした情報による個人の評価は、知る側はもちろん、知られる側にとっても(よって一般性をもって)「客観的で公平」な評価として受けとめられる。
⑧段落2文目より「(外的な)行動パターンだけでなく、趣味や好み、適性(内的性格)までもが情報化され」る。これも加える。

<GV解答例>
情報技術により個人の内的性格までもが情報として外面化されると、それをたどることこそ、その人の客観的で公平な評価だと見なされるから。(65字)

<参考 S台解答例>
情報化が進んだ社会では、個人はその内面よりも、データ化された個人情報によって把握できると見なされるようになるから。(57字)

<参考 K塾解答例>
内面を知るよりも、個人情報による方が、はるかに簡単にその人を理解でき、より客観的な人物評価につながると考えることもできるから。(64字)

問四 「ボガードのこの印象的な言葉は、現に起こっているプライバシーの拠点の移行に対応している」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。ボガードの「この…言葉」とは「…秘密の空間としてのプライヴァシー(X)は…もはや存在しない」であり、「プライバシーの拠点の移行」とは、ざっくり「個人の内面(X)」から「外面的な個人情報(Y)」へプライバシーの「拠点」が移行したということである。それで傍線部を記号化して捉えると「Xがなくなったことは、XからYへの移行と対応する」ということになる。これでは、ただのトートロジーではないか。最初から「XではなくYになった」または「XはYに移行した」でよいではないか。なぜ、傍線部のような回りくどい言い方をするのだろうか。
ヒントになるのは、傍線のある⑧段落の次の次の⑩段落「(ボガードによれば)プライバシーの終焉は妄想である」という記述。(この直後で筆者は「だが、それでもある種のプライバシーは終わった」とボガードの言説を否定修正するが、これは問五の領域)。これにより、傍線部を「かつてのプライバシーは存在しないかに見えるが、実は拠点が移行しただけで、プライバシーの本質は変わらない」と捉え直す。
とすれば「プライバシーの拠点がどう変わったか(X→Y)」と、その上でなお「(ボガードの言うところの)変わらない本質(X∩Y)」について答えるべきである。それでXは①~⑥段落を参考に「近代の内面信仰/秘匿すべき私的領域」とし、Yは⑦~⑨段落を参考に「情報化社会/個人情報として外面化」と対比的に配した。それで変わらない本質は、⑨段落末文より、私生活でも情報システムでも「プライバシー保護の対象」であるということである。

<GV解答例>
近代の内面信仰の下で秘匿されるべき個人の私的領域は、情報化の下で個人情報として外面化された上でなお、保護対象としてあるということ。(65字)

<参考 S台解答例>
プライバシーが外部の情報システムによる個人情報へと変換されることで、個人の内面はかつての秘密の魅惑を失ったということ。(59字)

<参考 K塾解答例>
内面を核とする私生活としてのプライバシーが、情報システム内で用いられるデータの集積となったことは、秘められた価値の喪失を意味するということ。(70字)

問五 「データ・ダブル」(傍線部オ)という語は筆者の考察におけるキーワードのひとつであり、筆者は他の箇所で、その意味について、個人の外部に「データが生み出す分身(ダブル)」と説明している。そのことをふまえて、筆者は今日の社会における個人のあり方をどのように考えているのか、100字以上120字以内で述べよ。

おなじみの「内容説明型」要約問題だが、今回は、傍線部の補足を設問に加えてある。通常の処理の仕方は以下の通り。今回もこれに準じて解答を作成する。
1⃣ 傍線部自体を簡単に言い換える。(解答の足場)
2⃣ 「足場」につながる必要な論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
3⃣ 必要な小要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)

1⃣ 「データ・ダブル」についての設問での補足を踏まえ、今日の「個人」のあり方を、最終⑩段落から考察する。まず大切なのは「データ・ダブル」は筆者の概念であり、ボガードの概念ではないということだ。⑨段落までボガードの論に依拠しながら論を進めてきた筆者だが、⑩段落で二つの点においてボガードの論を修正する。一つは「プライバシーを継続されたもの(拠点の移行)ではなく、変質したものと捉える(中身や性格の大きな転換)」点。もう一つは「個人をダブルと捉える」点である。
今や、ボガードも言うように、保護される領域はデータの側にある。ならば、その「分身」としての個人は、どういったものになるのか? あまりオプティミスティックな見立てでないことは確かだ。
2⃣ 上記の理解と問四での考察をあわせて、次のように構文を決める。
「情報化の進展に伴いプライバシーの拠点が/XからYへ移行しても(A)/個人のプライバシーは保護されると思われたが(B)/実は、情報的な人格の分身として(C)/個人のプライバシーは保護されなくなる(D)」。
この設問では「今日の個人のあり方」について問うているが、それについて直接的な言及はない。しかし、上のように捉えることで「かつては保護を受けていた(B)/今は保護を受けていない(D)」ものが何か分かれば、自ずと見えて来るだろう。
3⃣ AのXとYは問四でも考察したように、それぞれ「近代社会/個人の本質/内面性」「情報化社会/外面化/個人情報」くらいで良いだろう。
B「プライバシーの保護」とは言うが、結局何が守られていたのか? これについては、問一、二で考察したように、「社会の評価にそぐわないもの」「自己の矛盾性」が他者から隠されることで「自己の統一性」(④段落)が保たれていたと言えよう。ならば、逆にDは「統一的な個人の解体」ということではないか。
C「情報的な人格」(⑩段落)は「ヴァーチャルな領域」にある。ならば、その情報は現実に則していない、その意味で「恣意的で操作的」な情報である。気まぐれな相棒に振り回されて、僕らは途方に暮れるしかないのだ。「そして僕は途方に暮れる」(大澤誉志幸)。

<GV解答例>
情報化の進展に伴いプライバシーの拠点が、近代社会における個人の本質である内面性から、外面化した個人情報に移行しても、統一的自己は保護の対象として維持されると思われたが、実は、恣意的な情報による自己イメージの分身として個人は拡散し形骸化する。(120字)

<参考 S台解答例>
情報化が進んだ現代社会における個人は、近代において社会的自己の根拠とされ心身に秘匿された実体的な内面から切り離されて、外部にある情報システムが管理するデータの集積としての個人情報に外在化してとらえられる仮想的表象へと変容しつつある。(116字)

<参考 K塾解答例>
個人の行動や嗜好が情報として蓄積されていく中で、個人がおのれの内面を中心にして常に一貫した社会的自己を形成するという考え方に代わって、個人の外にある情報システムによって管理されるデータの集積を一つの人格だと見なす見方が浸透しつつある。(117字)

問六(漢字)
a.防壁 b.維持 c.攻撃 d.皮膚 e.保護

〈設問着眼点まとめ〉
一.設問の「住み分け」→解答範囲の限定。
二.「イデオロギー」を語義と文脈から具体化。
三.ないある変換→骨格から細部へ。
四.傍線の整理→問の「真意」の発見。
五.「ボガード/筆者」の対比/論理的推論。

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