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『今村翔吾の参勤翔待』レポ part2-本編

2023年4月1日(土)。東京新大久保にある『K-Stage O!』の前に、ずらりと長蛇の列が出来ていた。
新大久保は韓国ファンの聖地とも呼べる場所で、このステージも普段はK-POPアイドルが主にコンサートを開いているらしい。
街中を歩いてみても韓国料理を楽しんだり、アイドルグッズを身に着けている若者が多く散見される。
だが『K-Stage O!』に並んだ列は、その中で一線を画していた。
女性がやや多めであるが、年代層は常なら学生が多い年齢に比べると高め。コンサートに来たにしては、グッズらしきものは見受けられない。
何より不思議に思うことは、”赤いTシャツ”を着ている人が多い。
よく見るとそれは、全員お揃いのデザインであることが見て取れる。
一体何の列なんだと、通行人も疑問に思ったのだろう。特に人通りが多い通りに面している為、行列に並んでいる人達を通行人は好奇の目で眺めてゆく。

会場『K-Stage O!』

だがそんな視線もなんのその。開場を今か今かと待つ人達は、あちこちで楽しく語らい合っていた。周囲から見ると、以前から仲の良い集団のように見えていたかもしれない。
しかし実態は、今日が初対面という人達がほとんでであった。
来た場所もバラバラ。北は北海道、南は広島までと全国各地から集まっている。
このファンの行列は、ある1人の作家に会いたいが為に出来ていた。

その作家の名は、今村翔吾。
時代小説、歴史小説の革命児とも呼ばれる彼は、ここで初めてのファンミーティングを開催する。
冠された名は『今村翔吾の参勤翔待』。
言葉通り、今村翔吾の元に全国からファンが参集した。

本が好き。読者が好き。と聞くと、控え目で大人しい印象を持つかもしれないが、今村翔吾のファンは少々特殊である。
本人も事務所も、出版社すらも公認している、『今村翔吾ファン倶楽部』が存在しているのだ。その派生として様々な媒体でコミュニティがあり、今村ファンは普段からSNS上で強く結びついている。
だからこそ初めて顔を合わせるにも関わらず、ファン同士はすぐに繋がり、共通している大好きな作家の話に花を咲かせていたのだ。

作家としては異例とも呼べるこのファンミーティングだが、ファンはその事に何の疑問も抱いていない。寧ろ待ち望んでいたのだろう。
並んでいる人々の顔は、誰もが明るく輝いていた。
待っている時間さえも話題に事欠かず、これだけのファンを熱狂させている今村翔吾。
でもこの熱はまだまだ種火の段階。
これから開演するステージでその熱量は益々上がり、ファンの心には、消えることのない火が灯されることになる。


開場

スタッフが開場する事を告げ、先頭から順番に建物の中へ吸い込まれていく。ステージは3階。エレベーターで上がる度に、心臓の鼓動も高く早くなっていく。
3階には広間があり、『今村翔吾の参勤翔待』の横断幕が張られたテーブルがあった。そこで電子チケットを見せて受付を行うと、白い半透明の短い棒を渡される。これは【SPステージ2】で活躍することになるので、後述する際に思い出して頂きたい。

受付場所

受付から奥へと進むと、突き当りの壁にも『今村翔吾の参勤翔待』の大きなポスター。両隣には出版社から贈られた立派な花が飾られていた。
会場に入ると雰囲気が一転。
入って正面にあたる場所には、大きなステージが設置されている。その前にはずらりと並んだ椅子。奥の方にはグッズを販売するであろうブースも見受けられた。
想像よりも広いスペースだが、ステージと椅子の距離は至極近い。また横に長い作りであるため、最後尾でも十分に顔がわかる程の近さだ。
ステージは照明に彩られ、正反対にあたる椅子の背後には立派な音響が設えてある。コンサートにも使われると聞いてはいたが、正にライブ会場そのもの。
先頭から順に好きな場所へ移動していくと、椅子の上には2枚の紙と『今村翔吾の参勤翔待』のロゴが入ったコルクの可愛いコースターがあった。
1枚には本日のプログラムが掲載されている。開演まであと少し。
席は徐々に人で埋め尽くされ、比例するように高揚感も高まっていった。

来場者特典のコースター


開演

会場がざわめく中、スタッフJがステージに立った。今日の司会進行を務めることを述べ、開演の挨拶を告げる。
そして早速、今村翔吾がステージへと呼ばれた。割れんばかりの大きな拍手に迎えられて、少し照れながらも、いつもの笑顔で舞台袖から出てくる。
「キャアッ」という黄色い歓声や、最前列で振られているうちわを見つけて、「また言うてる」「すごいなそれ」などと笑いながら会場を見渡し、見知った顔を見つけては、実に嬉しそうな顔で微笑んだ。

「どこから来たか聞こうかと思ったけどやめとくわ。
顔見たら大体わかる。みんな遠くからもよう来てくれたな。
ここに集まってくれた人達はほんまコアなファンやね」

全国各地にいるファンと、1人1人真摯に向き合っている今村翔吾ならではの言葉だ。彼は誰よりも多く書店を回り、サイン会を開き、数えきれない程多くのファンと出会いながらも、ファンの事を驚くぐらい覚えている。
それがまた、ファンが彼に惹かれてやまない理由の1つでもある。
来てくれたファンへの感謝と、スタッフ達が一生懸命準備してきた、楽しんでいって欲しいという想いを伝え、早速1つ目へのプログラムへと入っていく。
最初はまつり旅の時から、今村自身が”やってみたい”と公言していた【クイズ大会】だ。


クイズ大会

スタッフに促され、クイズ大会の参加者がステージに登壇した。参加者はファンから3名、編集者が2名の計5名。
回答者が一列に並ぶようテーブルと椅子が用意されており、机上には名前が記載された紙のプレートが置かれている。
ファン代表として選ばれたのは誰もがご存知ファン倶楽部会長と、「永遠の小学生」と言えばこれまたファンもよく知るR君。残る1人は、まさかのファン倶楽部北海道支部から選ばれた。
北海道支部の認知度と歴史は、会長と比べると雲泥の差があるが、まつり旅の時に誕生して以降、熱量と愛で突っ走っている集まりである。
編集者は祥伝社からSさん、講談社からTさんが参戦された。

名前プレート

最初にクイズのルールがスタッフJより説明された。
クイズは5つのジャンル「今村翔吾・歴史・作品・文学賞・Youtube」から出題。
それぞれ10点から50点まで5つの問題が用意され、10点、20点、40点は早押し問題。30点は早押しフリップ。50点もフリップ問題だが早押しではない。全員参加型で、正解の数だけ得点が与えられるという、一発逆転のチャンス問題だ。

問題は、今村翔吾のピアスの場所と数を答えるというマニアックなものから、第160回直木賞候補者4名の名前が出た後、残り1名の名前を問う硬派なものまで様々。
『作品』に関しては今村翔吾自身が作成したという問題もあり、ある一問については回答者が全員首を捻ってしまった。
だが今村のとっさの機転から、作品の担当者へ”テレフォン”するという一幕が発生。
突然の事であったが担当者に電話が繋がり、見事大正解。
その瞬間、会場からは大きな感嘆の声があがった。

白熱のクイズ大会を制したのは、「永遠の小学生」R君。
幅広い歴史と作品への、圧倒的な知識量の勝利であった。
問題の”引き”にも大きく左右された為、戦績が振るわなかった回答者もいるが、誰もが今村翔吾への熱い愛を強く感じることができた。


SPステージ1『林家けい木SP落語』

最初の【SPステージ】では、林家けい木の落語が披露された。
なんと今回披露して頂くにあたって特別に、今村翔吾の代表作ともいえる『羽州ぼろ鳶組シリーズ』と『くらまし屋稼業シリーズ』をコラボしたオリジナル落語を作成頂いたのだ。

大人気シリーズ

自身も今村翔吾の大ファンであるという林家けい木。
短い作成期間と練習期間だったにも関わらず、その完成度は素晴らしい。
しかもシリーズを知っているファンにとっては堪らない、なんとも憎い演出がこれでもかと詰め込まれているのだ。
ファンは時に大笑いし、時に息を潜め、推しの登場時には心躍らせた。
ざくっとしたあらすじはこうである。

江戸の町に住む大工の棟梁とその弟子2人が、新庄藩火消組が開く防火訓練に参加する。この2人はオリジナルの登場人物で、しばらくはこの棟梁視点で会話劇が繰り広げられていく。
棟梁はしっかり者、弟子は天然だが憎めない性格。失敗しては棟梁が懸命に謝り「おい、お前も謝りやがれ!」と弟子に頭を下げさせようとすると、弟子は棟梁を指差し「本人もこう言ってるんでどうか」と小気味良い返しで笑いを誘う。

時刻より遅れて新庄藩に辿り着くと、鳥越新之助が2人を出迎えた。
遅刻した2人と軽快な会話を交わしているところに、折下左門が登場。
防火訓練の講師である新之助を探していたらしい。
新之助は左門に窘められながら、2人を伴い訓練場へと入っていく。
すると満を持して登場したのが、松永源吾。新庄藩火消組の頭取だ。
源吾は「田沼様に呼ばれている」為、訓練に参加できないらしい。
左門に「遅れないように」と言われ、源吾が屋敷から出ようとしたその時、ハッとして耳に手を当てた。
それだけで既に周りの鳶達は何事か察した。
「半鐘が鳴っている」と源吾が言うや否や、武蔵は既に極蜃舞を取り出しており、今にも飛び出しそうな勢い。
源吾は場所が”日本橋堀江町”だと特定し、ぼろ鳶組は現場へと急行した。

現場に辿り着くと、一軒の居酒屋が燃え盛っていた。
店の名前は『波積屋』。
そこで働いているという年増が道端で倒れており、煙を吸ってしまったらしくごほごほと咳き込んでいる。
源吾はすぐに近寄り安否を確認すると、中に人が残っていないか尋ねた。
すると年増は泣きそうになりながら訴える。
「隠し扉の先にある2階に、まだ七瀬さんがいるの」
必死の声が届いたかのように、野次馬の中から飛び出るように出てきた1つの影。
年増は「平さん!」と声をあげると、その影ーー平さんは「お春!」と大急ぎで近づき抱き上げた。
「七瀬がまだ中に残っているのか!?」
「茂吉さんの位牌を取りに行くって、中に戻ってしまったの」
それを聞くなり水をざぶんと被ると、源吾の必死の静止も聞かず、炎の中へ飛び込む平さん。
お春を駆けつけて来ていたけ組の燐丞に預け、源吾は極蜃舞を持った武蔵を伴い、その後を追いかけていった。

SP落語あらすじ

それから物語は炎との格闘へと移り、七瀬は無事救出され、火事も鎮火されることになる。
原作に忠実でありながら、ぼろ鳶とくらまし屋を見事にコラボさせた一席。源吾と平九郎が邂逅するなんて、心が震えるではないか。
更に半鐘を聞き、波積屋へ集った火消達がこれまた豪華絢爛なのである。
王者たる加賀鳶の大音勘九郎をはじめとして、に組の九紋龍こと辰一、い組の漣次に、八重洲河岸常火消のaddidas…ではなく内記。
ファンは心の中で「黄金の世代だぁ!!」と叫んだに違いない。
『襲大鳳』を彷彿とさせるが如く、最強の火消がこれだけ勢揃いしているのだ。
しかし残念なことに、今日は”外れの日”であったらしい。
あっぱれあ組は駆けつけてきたが、頭である晴太郎は不在。
源吾が大きなため息を吐いたところで、会場はくすくすと親しみを込めた笑いで沸いた。

黄金の世代が集結する第1シーズンの最終章

火と戦うシーンは実に手に汗握る展開。
星十郎が風を読み、兵馬が建物の構造を視ると、倒す場所を次々に指示していく。それに呼応して、寅次郎と牙八は競うように配下に激を飛ばしながら、お互いの得物を大きく振りかぶった。
中でも特に印象的だったのは、屋根に登ろうと飛んだ彦弥が、足を踏み外してしまった場面だ。
ハッと観客までも息をのんだその時、がっしりとその手を掴んだのが、江戸最強の纏番、縞天狗の漣次である。
組を越えた火消ならではの絆と、現代と次世代を担う2人の共演に胸が熱くなった。

まだまだ見どころはたっぷりとあるのだが、何と言っても落語の醍醐味は生で視て・聴いて・空気に触れることである。
これだけ濃厚な物語を台詞として表現し、これほどまでに数多くの登場人物達を声や仕草、表情で全て演じ分けているのだ。
新之助が登場するシーンは、誰とも何にもヒントがない状態から、その声だけで新之助だとわかった。他にも極蜃舞をぐるぐる回しているのは武蔵で、前髪をくるくると弄びながら考え込んでいるのは星十郎。兵馬は右目の眼帯を手で抑え、刮と目を見開く。馬の手綱を持ち上から物を言うように話すのは、騎乗している勘九郎。この他にも羅列仕切れない程、なんとも細かい所作まで見事に表現されている。
大いに笑いながらも、その圧倒的なまでの迫力と凄みに感嘆の声があちこちであがった。

これほどまでの一席を、この場だけで終わらせてしまうのは勿体なさ過ぎる。ぜひともまた観たいと願ってやまないし、出来ることならその台本を書籍としても手元に置いておきたい。
今回のファンミーティングで落語を初めて観劇するという声もちらほら見かけたが、ファンとして存分に楽しめた一席だっただけではなく、落語という素晴らしさにも触れられたステージだった。


質問コーナー

胸躍る展開だった落語の後は、再び今村翔吾の登場。
スペースやYoutubeライブでもお馴染み、どんな問いについても答えてくれるファンサービス満載の【質問コーナー】だ。
事前にファンから募集された質問が書かれた紙が箱に入っており、「出来る限り多く答えたい」からと、どんどん引いてはテンポよく質問に答えていく。
数多くの質問に答えてくれたが、ここで答えられなかった質問は、またYoutubeやスペースで答えると言ってくれた。そんな気遣いがまた、なんとも今村翔吾らしい。

質問の中には、「得意料理はなんですか?」というものもあった。
それは”春キャベツのハンバーグ”というなんともお洒落な回答。他にも色々凝った料理もするといい、”クリームコロッケ”をベシャメルソースから作ったこともあるらしい。
なおこの”春キャベツのハンバーグ”は、以前『ほんタメ』のYoutubeでも同じ回答をしている。
「第6回吉川英治文庫賞」を受賞後の収録で、少し前のことにはなるが、変わらず熱くて、少年ように無邪気な今村翔吾を垣間見ることができる。

また今後書きたい作品の構想として、以前から何度か教えてくれた『西遊記』をあげた。
これはもう既に頭の中にプロットが出来上がっているらしく、ものすごいことを考えついているらしい。
彼がいう”すごいこと”とは、これまでにない前代未聞の本当にすごいことに違いない。
版元も決まっているというので、今後の展開が今から待ち遠しい。


SPステージ2

照明が暗く落とされ、ステージ上にはマイクと椅子、そしてキーボードが置かれていた。
スペシャルゲストとして、山田竜平が出演することを知っているファンは、どうしたってあの曲が披露されるのではと期待してしまう。

今村翔吾は前職のダンスインストラクター時代、音楽の道を志していた。バンドを組み路上ライブをやったり、ソロ活動としてアルバムも作っていたらしい。
今回『今村翔吾の参勤翔待』のグッズの中には「福袋」があり、羽州ぼろ鳶組シリーズのタンブラーやマフラータオルの他、CDが一枚入っていた。
タイトルは『万里香(ばんりこう)』。
これこそ、今村翔吾としてソロ活動をしていた時に作成したCDだという。

アルバム『万里香』

ステージに登場した今村は、これまでの登場とは違い、恥ずかしそうな笑いを浮かべていた。
おそらく実際にそうだったのだろう。待ちかねた生歌の登場に瞳を輝かせている、ファンの気を散らすようにこう言った。

「当たり前っちゃあ当たり前なんやけどさ。
俺、ずっとステージ出てへん?出ずっぱりなんやけど笑」

会場に笑いが起き、緊張した空気がふわっと和らぐ。
それから山田竜平を紹介し、先にも述べた自身の音楽活動について語った。

中でも印象的だったのは、チャンスを掴みそこねてしまったという後悔の言葉。
バンドを組んでいた頃、路上ライブを行えば多くの人が集まる程盛況で、地元ではよく知られた人気グループだったという。大手音楽レーベルからも声が掛かり、東京のライブハウスでライブも行った。いわゆるデビューのチャンスというものだ。
だがその時を振り返り、「もっと練習をしておけばよかった。練習してはいたんやけど、もっとやれたはず」と語った。会話の冒頭にも「こんな形でステージに立つとは思わなかった」とも言っている。
以前は、本気で音楽の道を進むことを夢見ていたのだろう。
だがファンならご存知の通り、彼はあるきっかけで作家への道を進むことになる。
その時の彼の熱意と努力も、色んな媒体を通して知っているはずだ。
それこそ全身全霊で、自身が持てる全てを掛け、毎日寝る時間も惜しんで原稿と向き合った日々。
今村翔吾は、一度夢に破れた挫折と後悔を知っている。
その経験を糧とし、次のチャンスは必ず掴むと決意した彼は、見事にそれを掴み取った。

「夢は必ず叶う。
夢が叶わない現実を知っているから。
だらこそ夢の光の部分を伝えていきたい」

講演会など、特に子ども達に対してよく言っている言葉が、ここにきてグンとより深い重みを増した。
そして現在も「人間らしい生活を出来ていない」と言うまで、自分を追い込んででも作品や他の活動にも励む彼の姿に、熱い想いが込み上げてくる。
身体も心も持たないのではないかと心配で堪らなくなるのだが、もう後悔をしたくないのだろう。常に全力で挑んでいきたいのだろう。その想いも、痛い程伝わってくる。

ふと、初めて『じんかん』を読んだ時、作中のある言葉に強く引き込まれた事を思い出した。

「まだやれる」

『じんかん』

これは戦局が劣勢に立たされた九兵衛(松永久秀)が、味方を1人でも多く引き込む為に、寝食を忘れて書状を書き続けている時の台詞である。
この言葉を言った九兵衛の姿に、原稿に向き合い続ける今村翔吾の姿が、何故か重なって見えたのだ。
この『じんかん』に込められた想いや、出来上がるまでの経緯を知った今では、そう感じたのもあながち間違えではなかったのかもしれないと思う。
そして今回彼の口から過去の話を聴いたことで、より一層一言の重みが増したのを確かに感じた。


1.涙唱

前置きが長くなってしまったが、まだ手元に残していたという『万里香』を、今回特別に福袋に入れてファンの手に届けてくれた。
そしてその中から、今回は2曲の歌を披露してくれるという。
最初の歌はアルバムの1曲目に収録されている『涙唱』。

これは今村の祖父の事を思って作った曲だと教えてくれた。
祖父は戦争を生きた人で、特攻隊に属していた。9月に出撃する予定で、その20日前に終戦した。同じ部隊の仲間は、既に何人も飛び立っていたらしい。
戦争が終わってから、祖父と共に、祖父が飛び立つ予定だったという飛行場へと赴いた。
そこで聴いた話、感じた想いを込めた歌。

照明がライトダウンし、曲に合わせて幻想的な雰囲気を醸し出す。切なくも美しいメロディに、透明な歌声。
その声には悲しみが漂いながらも、内に秘めた静かな力強さも感じる。
歌詞の中にはこんな一説がある。

”幾千年前から この国は泣いています
その国に私生まれ落ち ただ一つの恋します
願いはこの島を やがて覆ってゆくでしょう"

今村翔吾『万里香』収録「涙唄」より

正に、これまで描かれてきた今村翔吾の作品そのものではないか。中学生の頃に作ったというが、その時から既に今村翔吾の核が積み重なっていたのだろう。
優しい歌声に歌詞が重なり、小説のシーンも次々と思い浮かんでは心に染みていく。
思わずこぼれ落ちそうになる涙を堪えて、じっとその歌に聴き入った。今でもその声は、凛とした彼の姿と共に脳裏に蘇ってくる。

なおこの曲は、『今村翔吾のまつり旅』で訪れた鯖江市での講演でも歌われている。
今回のファンミーティングとは場所と状況も違うが、ぜひとも観て頂きたい。


2.万理香

次に披露されたのは、アルバムの表題曲である『万里香』。
「バンリコウ」と呼び、桜の名前である。
歌へ入る前に教えてくれたこの桜は、一度全滅した種であるらしい。だが北海道で奇跡的に1本だけ発見され、今では各地に広がっていった。
一度は失われたが、今では美しく咲き誇っているこの桜のように、これは以前の恋人への想いを込めて作れられた歌だという。
「まだ純粋だった時の俺」と、茶化すかのように笑っていたが、普段からの彼の言動や作品を見ると、十二分に今もまだその”純粋さ”を失っていないように見える。
あの熱く激しい闘いを書いた『塞王の楯』にも、主人公である匡介の淡い恋心が、なんとも自然に作中に描かれている。その描写がまた初心で、胸がキュンと高鳴る程純粋なのがその証左だ。

『塞王の楯』

春を思わせる優しいキーボードの音色に始まり、Aメロはピアノの和音だけが響く中、なんとも甘い声で歌い始める。
その瞬間、おそらく会場にいるほとんどの女性は彼に恋に堕ちたのではないか。
しっとりと聴かせるバラードで、普段ファンを面白さで笑顔にしてくれる彼とはまるで違う表情。
この男性が、わずか一週間前に武田信玄の甲冑を着て、なんとも無邪気にはしゃいでいたとは一体誰が想像できようか。

その時に向けられた視線と、歌う彼に注がれた視線に込められた感情はまるで異なるのものであろう。
だが、彼に魅せられているという点では共通している。
感情を大きく揺さぶってくる今村翔吾のギャップ。
その魅力を知ってしまったら、今村翔吾という人物からはきっと、離れることが出来なくなってしまう。


3.Festival Journey

時間はあっという間で、最後の曲にしてファンミーティングの締めに入ろうとしていた。
何を歌うかは、ファンは既にわかっている。
今村翔吾と山田竜平、この2人が揃ったらあの曲しかないし、彼自身にも歌って欲しいと皆が願い続けていたのだ。

椅子から立ち上がり、「この曲が一番緊張するわ」「絶対間違ったらあかんからな」と、『万里香』の照れを隠すかのように彼はまた話し始める。
会場のファンは終わってしまう寂しさも感じつつ、待ち望んでいた曲にそわそわと静かなざわめきを生んだ。
この曲は今村翔吾とファンを結び付け、大きな感動を呼んだ曲なのだ。
今村翔吾自身が作詞し、幼馴染でもあり、音楽活動を共にしていた山田竜平が作曲を手掛けている。

「一緒に手拍子をしたり、歌ったりして聴いてください。
『Festival Journey』」

曲名が紹介され、わっと会場が湧いた。
何度も聴いて、耳によく馴染んでいるこの曲は『今村翔吾のまつり旅』のテーマソングとして作られた。
きっと会場にいるほとんどの人は、まつり旅で今村翔吾に会いに行っただろう。もしかしたら、まつり旅で初めて知ったファンも会場にいるかもしれない。
大好きな作家に会える。
その貴重な経験と大切な思い出を与えてくれたまつり旅は、人生の一ページに挟まれた”栞”となったであろう。
この曲を聴きながら、まつり旅での出会いを振り返ったファンも多いのではないだろうか。

まつり旅を共にしたたび丸

優しいメロディに合わせ、歌詞の如く語り掛けるように歌い始める今村翔吾。
音がフェードアウトして一転。
明るいアップテンポへと変わり、軽快なリズムに合わせてファンが自然と手拍子を始めた。
誰しもが楽しそうに手を叩きながら、会場全体が一体となる。

照明も曲調に合わせてクルクルと変わり、場をより一層盛り上げていく。
Bメロに入ろうかという時、会場が俄かにざわつき始めた。ごそごそと何かを探りながら、微かに交わされる話し声。
するとぽつぽつと、客席に青い光が灯り始めた。その青さは徐々に波のように広がり、やがて会場は青い光で満たされていった。

この青い光の正体は、一本のペンライト。
冒頭で取り上げた、受付時に渡されたという物がこれである。
椅子に置かれたプログラムの下部には、こんな事が書かれていた。
『Festival Jorney』を歌う時に、合図に合わせてこのペンライトを振って欲しい。
今村翔吾には秘された『サプライズ』である。

『サプライズ』

光が灯り始めてから、「すごっ」と呟かれた声を聞いたが、ステージ上からは果たしてどう見えていたであろうか。
観客の立場からでは決して知ることは出来ないが、美しく見えていたらいい。
ファンの想いが少しでも、光となって彼に届けばよいと願う。

そして今度は、ファンに向けた『サプライズ』があった。
間奏に入った時、パンっと弾けるように、舞台袖から何かが飛び出た。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐにスタッフCの溢れんばかりに輝く笑顔が目に飛び込んでくる。
よく見ると、参勤翔待の青いTシャツを着たスタッフ達が、音に合わせて躍動感たっぷりに踊っている。
会場全体が目を奪われ、すぐに思い出したかのように歓声が溢れた。
かつてはダンスインストラクター時代の教え子だったというスタッフ達。今でもそのダンスは現役であるかのようにキレがあり、まさか作家事務所で働いているとは思えない。
振付もおそらく自分達で考えたのであろう。歌詞に合わせて、”越えていく”、”星を見上げながら”、”愛を繋いで”など、キーとなる言葉で巧みにサインを入れている。
ファンの盛り上がりは最高潮に達し、今村翔吾も心から楽しそうな笑顔で、スタッフとファンを眺めながら歌っていた。

きっとこれを、幸せな光景と呼ぶのであろう。
普通の作家では考えられないようなこのステージ。
だがこれが”今村翔吾”だと、ファンは精一杯の楽しさを込めて手を振ったり手拍子をし、その瞳に溢れんばかりの喜びを湛えている。

今村翔吾と出会い、その作品を読んだときには、きっとこんな光景をファンは想像だにしていなかったに違いない。
もしかしたら、今村翔吾自身もそうかもしれない。
まつり旅が無ければ、生まれていなかったのではないかとさえ思う。
だが今は、唯一無二である”道なき道を行く”作家がもたらす楽しさを知ってしまった。
サイン会や講演会自体、作家本人に会えるという貴重でかけがえのない場所であったのに、この幸せを味わってしまったのだ。

会いたい。ではなく、また会いに行きたい。
その考えへと変わってしまったファンは、1人や2人ではないであろう。
この場に来たくても来れなかったファンも、全国には大勢いる。
正直、ファンにとって会えることが当たり前だと思ってしまうことは少々不安にも思う。
当たり前の事なんて、世の中には無いことを知っているからだ。
だがだからこそ、それでも敢えて信じたい。
きっとまた、今村翔吾はやってくれる。
この幸せな光景が1回限りではなく、この先もずっと続けてくれると信じている。

曲が終わり、大歓声と拍手に包まれる中、今村翔吾が最後の挨拶をする。
その挨拶の中でも、また次を示唆するような言葉を述べてくれた。
今村翔吾は、最後に「別れの挨拶」はしない。必ず「またな」と、再び会うことを約束してくれるのだ。
それがいつ、どんな場所でかはわからない。
今回のファンミーティングのように、前代未聞の驚くような再会であるかもしれない。
その言葉を受け、ファンはより盛大な拍手を送った。
また続いていく次なる"festivaljourney"へと、ありたっけの想いを込めて。

まつり旅Finalで配られたうちわには
『Festival Journey』の歌詞が書かれている


『Festival Jornhey』後に終幕の言葉があり、今村翔吾は舞台袖に去っていった。
そのままステージは終わりサイン会へ移行していくかと思ったが、スタッフCが出てきて、会場全体に「アンコール」の声と手拍子が大きく響き渡った。
詳細は別途記事にしているのでここでは省くが、ここでスタッフ達の協力があってこそ実現した、ファンから今村翔吾へのサプライズがあった。
Twitterで今村翔吾に関する思い出と題して集められた、約2000枚の写真で作ったモザイクアートが、今村翔吾へと贈られたのだ。
今回のファンミーティングは、普段応援しているファンに楽しんで欲しいという思いで開催してくれたものだ。
だがファンにとっては、いつも本やTV、SNSなどの媒体を通して、多くの幸せを今村翔吾から受け取っている。
感謝を伝えたい気持ちは、ファンにだってあるのだ。
またファンだけではなく、写真募集時には書店や出版社の担当編集の方々も参加されていた。それだけでも、今村翔吾がどれだけ周りから愛されているかがわかる。
このモザイクアートは、みんなの想いで出来ていると言っても過言ではないだろう。

今村翔吾との思い出写真で作られた
モザイクアート


最後に今村翔吾は、こんな言葉を言った。

「本当に今日は楽しかったです。
普段は正直辛いことや大変なこともある。
でも、みんなの前では笑顔でいると決めました。
ここを、幸せな場所にしたい。
だからここでこうしてみんなに会える時は、僕は笑顔でいたいと思う」

一体彼は、どこまでファン想いなのであろう。
日頃よりサービス精神旺盛で、ファンの事を大切に思ってくれる今村翔吾。
その想いに感謝し、少しでも力になりたいと応援するファン。
ここまでの関係性を築ける作家はそういない。
今村翔吾は、根っからのエンターテイナーなのだと改めて実感した。
ファン一人一人にも、大変な日常や辛い現実があるだろう。苦しくて逃げ出したい時だってあるだろう。
だが、今村翔吾の本を読めば、いつでもその世界に浸ることができる。
そして実際に、こうして会いに行くこともできる。
そこから得られるものは、かけがえのないものに違いない。
今村翔吾が創ってくれるものは、ファンにとってもまた、大切な”約束の場所”なのだ。

今回のファンミーティングで、ファンは沢山の思い出と共に家へ帰り着いたことであろう。
中にはここで初めて会った仲間と繋がり、ファンの輪が広がった人も少なくはない。
こうして今村翔吾を軸として、愛を繋ぎ、また新たな”約束の場所”へと続いていくのだ。

これからどんな未来があるかわからない。
どんな夢が待っているかもわからない。
だがきっと誰もが、次の場所へと歩いていくことができる。
今村翔吾が”道なき道を行く”のであれば、ファンも共に”道なき道へ行こう”。
そうして辿り着いた場所には、今はまだ知らぬ、幸せな景色が広がっているはずだ。





※文中、敬称略。
※客観的な視点を意識して書きましたが、個人的な感想も含んでおります。
※記憶を頼りに書いております。実際の言葉と違っているかと思いますが、ニュアンスとして捉えて頂ければ幸いです。


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