端折ります。ライカ前夜。

さてここまで個人の歴史を書いてきたけれど、今の話ではなくて自分でも書いていて面白く無いので、一気にまとめる。

2014年暮れにあらたに自分の店(自転車屋)を立ち上げ直した。店のYouTubeを始めたのでモデル落ちのSONYα6500を購入。

しかしどうも活用が上がらない。しっくりこない。機材とか物にはとても拘るほうなのだが、状況をわきまえたくて、事前リサーチなしに店員さんのお薦めにしたがったからなのか、わからない。

いまから2年前、2018年の暮れのこと。とあることで、なかなか疎遠になってしまっている東京にいる父に連絡をしてみた。根っからのカメラ好き、いまなにか使っていないカメラとかあれば貸してほしいと。

こうやって用事がある時ぐらいしか連絡しない私はダメ者だなと思いつつ、妹の結婚式にも出なかった変わり者の父は、たぶんだけれど頻繁に普段連絡されることはあまり好まないので、年に数回電話で会話するぐらい。ほんとうは飯でも食べたいのだけれど、なんだかんだで10年ぐらい会えていない。

さて久々の会話で、なんと10年ぐらい前に買ったデジカメがあって、使わずにダンボールのままだという。それが使えるならばあげよう、送ると言うことになった。えどぎ

もちろんに大変ありがたいし
あまり親には頼りたくない。
しかしこの際、あまえよう。

ただ、10年前のデジカメか、
ソニーの方が当然良いだろうし
電話してからのこんなお話、
だめでも大切にしないといけないよなと。

一か月ぐらいして、
段ボールが届いた。
中を開けると銀色の箱がぎっちり並んでいた。

あけてみてびっくりライカだった。
Leica M8.2
レンズ3本
フラッシュやらがほぼ未使用で入っていた。

戸惑いながら、バッテリーを充電し、無事に電源をいれてから中にあったデータを背面モニターでみる。

購入したであろう店のなかでの数ショットのみ。そうして、目の前にあった浄水器にピントを合わせて撮ってみた。

何気ない写真で、それに時代遅れの背面モニターはさらに再現性は低いはず。

にもかかわらず
私にはズドンと衝撃がはしってしまった。

忘れられない。これが初ライカ体験であり、以来、ライカのカメラ、そして撮ることに夢中になってしまうはじまりなのであった。

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