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その「ありがとう」は一方通行じゃないか?

「すみません」の謝罪よりも、
「ありがとう」の感謝を日々口にしよう。

よく聞く言葉だ。
私は、中高生頃にこの言葉に出逢い、
感銘を受け、この言葉のように行動してきた。

「ありがとう」は伝えた側も、
伝えてもらった側も、嬉しくて幸せな、
心が温かい気持ちになる。

だから、たくさん口にするだけ、
その分幸せになる言葉だと思っていた。

感謝の気持ちで溢れている人は、
きっと優しい、素敵な人であると思っていた。

そんな私は、
横断歩道を歩く際に車が曲がるのを待ってくれて
いると、「ありがとう」の気持ちを込めて
会釈をして小走りで通り抜ける人になっていた。

高校3年の頃、大学の入学式で着るスーツを購入
するために、初めて自分の用事で家族とスーツ店
に入った。

人生ではじめての、大事なスーツ。
何着も試着を繰り返し、
「パッと見はどれも同じに見えるのに…」
と私もちょっと疲れてきていた。

そんな中でも、店員さんは私がジャケットに腕を通すたびに、ジャケットを両手で持って、
私が腕を通しやすいようにしてくれる。
腕が上がりづらくなってきた私が着やすいように、配慮をしてくれる。
そんな細やかな気配りに感動して、
「ありがとう」「ありがとう」と息を吐くように
その言葉を口にしていた。

そして、なんとかスーツを購入して店を出た。

そこで母に、「あなたはお客さんなんだから
あんなに、ありがとうと何度も言うんじゃない」
と言われたのだ。

良いことだと思い、たくさん口にしてきていた
私にとっては衝撃的だった。
何でそんな風に言われたのか、すぐには飲み込めず、ずっともやもやしていた。
でも、咎められたので、ちょっと自制するように
しようと思うようになった。

…このエピソードは、私と近しい関係の人には
何度か話したことのある話だ。
私のこれまでと、私の性格がよくわかる。

一昨日、中高時代の友人と話をしていて、
「引越しの準備中なのだが引越し業者の態度が悪く、
父から電話を入れてもらうと、父と私で態度が
違っていて嫌な思いをした。
だから、私は反面教師で電話での対応で
人を不快な気持ちにさせないように気をつけようと思った。」という話を聞いた。

そこで、またこの自分のエピソードを思い出して
話したのだ。

実は、このエピソードには続きがある。

そんな風に、まさかの「ありがとう」と言いすぎて母から咎められたことのある私だが、
最近、母の気持ちがわかるようになってきたのだ。

横断歩道を歩くとき、車が曲がろうとしている。
横断歩道のない道を歩くとき、車が横切ろうとして譲り合いになることがある。

そんな時、一緒に歩いていた人が
「すみません」と口にしながら小走りで渡ろうと
すると、「すみませんじゃないよ!!!」
と大声で言いたくなるのだ。

そして、「私も前はそうするタイプだったけれど
車校に通い、この世は歩行者優先であることを
知ってから、堂々と歩くようになった。」と話す。

私はこうして人を咎めるとき、その方が
その人のためになると思って話をしている。

そして、なぜそんな風に思うようになったの
だろうかと考えてみて、
「だって、そんなに何でもかんでも、全てに対して
すみません、ありがとうと思って生きていたら
しんどくない⁇」と思ったのだ。

そんなことに思いを巡らせ、
自分が歳をとったことを感じながら
電車でオードリー若林さんのエッセイ集を開いた。

そこでちょうど読み進めた「なぜ、こんなに怖いのか」が、タイムリーに、私のこの変化と通ずるところがあるように感じた。

そして、なぜ私はあの頃、
「ありがとう」とたくさん口にする自分が、
正義だと思っていたのかと考えた。

その頃の私は、
人からの意見で自分が成り立っていて、
周りの目を気にして、
良い人と思われたくて、良い人になりたくて、
だから「ありがとう」をどこでも、誰に対しても
たくさん口にしていたのではないかと。

自分に自分で自信が持てなくて、
自分の中で勝手に作り上げた虚栄心で
自分の「ありがとう」は良いことだと
思い込んでいたのではないだろうか。

もちろん、一つ一つに感謝の気持ちを込めて
たくさん「ありがとう」と口にしていた自分も
好きだったし、その度に幸せを感じていた。

でも、いまの私は、みんなから伝えてもらって
自分の良いところも知っている。
自分に自分で自信を持っている。

だから、周りの目をそこまで気にせずに、
ありのままの自分で堂々とあれる。

必要以上に、過度に「ありがとう」と口にしなくても、自分で幸せを感じられる。

それに気づけたいま、同じ「ありがとう」でも
暴走気味で一方通行な「ありがとう」じゃなく、
前よりも相手と心の通った「ありがとう」を
生み出せる気がする。



「ありがとう」
伝えた側も、伝えてもらった側も、
嬉しい、幸せな、心が温かい気持ちになる言葉。

一方通行ではない、双方に通う「ありがとう」
を、日々口にしていこう。

〈1958文字〉

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