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2024年なにしよう: 釣り

釣り糸を垂らして魚を釣る。単にそれだけのいかにも原始的な活動なのだけれども、昨年はちっとも釣れなかった。なぜか。

年末にテレビをつけたら孤独のグルメをやっていて、管理釣り場で釣れない井之頭五郎がこう言われている。

そんなに焦ってちゃあ釣れるもんも釣れねえよ

おじさん(螢雪次郎)

これだ。釣りたい気持ちが強すぎて、釣れない。(家族に示しがつかない)焦りや(イワシですら仕掛けを見切ることへの)殺気、(となりで釣れてるひとへの)妬みや嫉妬、(場所が悪いや天気が悪いなどの)怨念、(魚屋で買って取り繕おうとする)邪念。ありとあらゆるダークサイドが湧き出てきて、糸を通じて魚に伝わる。

とすれば、今年はジェダイにならねばならぬ。
日本のジェダイと言えば西郷隆盛だが、西郷はこう言っている。

道を行う者は、もとより困厄に遭うものなれば、いかなる困難の地に立つとも、事の成否身の死生などに、少しも関係せぬものなり。事には上手下手あり、物には出来る人出来ざる人あるより、自然心を動かす人もあれども、人は道を行うものゆえ、道を踏むには上手下手もなく、出来ざる人もなし。ゆえにひたすら道を行い道を楽しみ、もし困難に遭うてこれを凌がんとならば、いよいよ道を行い道を楽しむべし。

西郷隆盛「西郷南州遺訓」

ほほう。「釣りを行い、釣りを楽しむべし。」これだ!すっかり忘れていた。

子供達を往復3時間のドライブでうんざりさせたり、友人を前泊までさせて来させたりして、それで坊主でもイインダヨ。自分が楽しければ。
イワシに仕掛けが見切られたってイインダヨ。賢くてどうせろくなイワシじゃない。
となりの人が大物釣ってもイインダヨ。どうせ美味しくない。
抜群に釣れる場所が取られていても、天気が急変して大雨になってもイインダヨ。どうせ釣れない。
魚屋で買って行ってもイインダヨ。結果よければすべてヨシ。

だから今年は、釣りを楽しむことに原点回帰。春夏秋冬、季節の移り変わりに合わせて釣りものを変え、その場その場で頭と小手先を捻りながら、魚相手に我慢くらべをする。そんな気ままな釣りをしていこう。

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