作品の看視(監視)という仕事

しばらく空きましたね。日々雑事に追われると、1日が瞬く間に過ぎさって、ふと我に返るともう6月。改装休館まであと約一年間となってしまいました。日々の業務内容が多忙という状態には残念ながら当館ならないことが多いのですが、それでもそれなりに早い1ヶ月。せっかくなので、今回は私達看視員(監視員)が、一体どんな業務をしているのか、もちろんあくまでも私の浅い経験のなかでのお話でしかありませんが、軽く一例としてお話していこうと思います。
まずは一般的に美術館博物館の受付案内の業務。館の受付インフォメーションブースや、入り口付近のスタッフにあたりますね。
こちらでは、まず観覧チケットの販売や、団体の受付、職員(学芸員さんや事務方職員)への来客対応、来館者への館内ご利用案内業務などが含まれます。当館の場合、体験施設ご利用者にもご案内や、イベントが開催される日には、開始時間にあわせたイベント告知の館内放送なんかも担当します。その他にも、いわゆる『お車の、お呼びだしを致します……』って奴も、私達の担当です。緊張するんですよね。館内放送🎵

そして、それと同時にやっているのが、展示室入り口でのチケット確認です。当館わりと複雑な構造をした建物で、入り口が二ヶ所にあり、展示室入り口もいくつもあり、更に二階と地下にも展示が点在していますので、すべての出入り口に係員を配置するのは不可能なため、メインの各入口で必ずチケットの有無を確認する必要があるのです。できれば性善説に基づいて、『入室する人は、皆チケット買っている』としたい所ですが、前回も言ったように一定数『え?お金要るの?』という層が存在する以上、チケットを購入したかたが不利益を被る事の無いように配慮が必要です。そして、実はお客様は余り識別して認識していないようですが、私達、『移動してるんです』。大抵20分から30分おきに場所を入れ替わって業務をこなしているので、入室した時のチケット確認した人が、ずっとそこにいるわけではないのです。ですから、当館のように展示室の構造が複雑な場合、『出口から入っての無料観覧』(入口を通らなければスタッフからのチケットチェックがない)という事態を防ぐために、受け持ち場所を移動した直後に逆走するような動きをするお客様には、やむを得ず念のためにチケットの確認でお声を掛ける事があるのです。お客様サイドからすれば、私達監視員受付員は、『皆同じ』という認識のことが多く、『さっきあなたにチケット見せたでしょ⁉️』とムッとされることも。(……いや多分それ私じゃないんですよ……)と思っても言えませんが。展示室内で別に戻ったり、ぐるぐるしても構わないのですが、予想外の挙動は監視員がお声を掛けるということだけ、覚えていて下さると助かります🎵

そして最も大切な業務が、展示室内での作品の看視です。美術館博物館というと、大抵の皆様はガラス越しの作品を少し遠く感じながらも目を凝らして見たり、慣れているかたは単眼鏡等を駆使して観覧するというイメージが、あるかと思います。そうした展示室内で、私達看視員は『隅のほうで椅子に座ってる人』ぐらいに思っている方も多くあるようです。実際新しく入ってきた看視員の中にも、そうした認識で業務内容をイメージしていたという話も聞きますので、想像以上に多岐にわたる業務内容に目を回すことも。

当館は陶磁器を専門とする美術館ですので、一般的な美術館博物館とはまた多少勝手が違うとは思いますが、基本的には展示室内に観覧者が一人でもいる場合は、『立って看視』が決まりとなっています。実際私達の居場所となる『椅子』の置場所は、学芸員さんが毎回展示替えの都度決定しますが、学芸員さんの椅子の置場所の選定基準はあくまでも『お客様の観覧の妨げにならない』という点にあります。(当館の場合です)お客様の導線を邪魔しない場所=隅っこ。という訳ですね。

ただ、そうなると大抵壁の隅だったり、展示室の一番端だったりで、そこに座ると正直『何も視えない』こともしばしば。お客様がうっかりガラスに顔面をぶつけてしまっても、ぶつかる音がするまで動けないのでは看視の意味がありませんからね。たとえ全作品ケースに入っていても、私達はただ、『ぼーっと座っている』訳にはいかないのです。       必ず、展示室内に現在何人の観覧者がいて、どこで何をしているかを『注視せずに』把握する。(←じっと見られて気分の良いかたはいませんからね。)そして自分が移動するときには次にそこに来た看視員に『何人』と引き継ぐ事で、先ほど述べた『チケットのダブルチェック』をしなくて済むというメリットがあります。たまに折悪しくその引き継ぎを看視員がしているのを『隅っこでこそこそおしゃべりしてる』と思い込んでしまわれることもありますが、基本的にお客様のいる時に無駄話をする時間はありません。私達の移動はいわゆるローテーションになっていますから、自分が次の場所に移動しなければ、その先ですべて移動が滞ってしまいます。皆に迷惑かけますからね。あくまでも業務内容の伝達です。

そして、一番大変な業務が、昨今非常に界隈をざわつかせた『オープン展示』の『現代アート作品』の看視という業務です。当館陶磁器作品を専門分野とする美術館ですので、当然作品のなかでもそうした分野の作品展示が行われるのもしばしば。つまり、『陶磁器』という素材で造り出された『現代アート作品』というジャンルのいわゆる『オブジェ』がオープン展示されているのです。ご存知ないかたは多分いらっしゃらないと思いますが、陶磁器というのは、『割れる』んですよね。(生涯一度もお茶碗や湯呑みを割った事無いかた、居ませんよね。)一見、陶芸作品のオブジェの表面は頑丈そうに見えるかも知れませんが、中は大抵空洞ですから、もちろん多少表面を撫でるぐらいなら大丈夫ですが、手を付いたり体重かけたりしたら破損することも。そしてその他にも作品を触ってはいけない理由、陶磁器の表面、釉薬というガラス質の膜がありますが、(無いものもあります)そこに皮脂等が付着して経年劣化して(もちろん百年単位のタイムスパンです)………というものも想定しています。この皮脂、陶磁器に限った話ではなく、美術館博物館のあらゆる展示品に関して触ってはいけない理由の筆頭に挙げられます。『ちょっと触っただけじゃない。大袈裟ね‼️』と思うかたもいるかも知れませんが、学芸員さん達のタイムスパンは、もっとずっと先を見据えているのです。

美術館博物館の責務の一つ、『保存して後世に引き継ぐ』というのは、そういう事です。

話がそれましたね。私達看視員の話に戻りましょう。オープン展示がある場合、先ほどのように観客導線だけではなく私達の立ち位置が変わります。もちろんその作品が看視出来る場所に必ず最低限一人、複数のオープン展示のある場所では死角の無い位置関係で二人というような配置になることも。この場合やはり気をつけなくてはいけないのは、悪意の有無に関わらず、作品との接触事故を防止することが最重要事項となります。最近は美術館博物館入口付近にリターン式(つまり無料)コインロッカーがある場所が増えましたが、やはり最も危険なのがそうした手荷物関連と作品との接触事故です。最も厳しい制限では、手荷物持ち込みサイズの規定がある館も。当館はそこまで規制しませんが、やはりオープン展示の看視の際にはお荷物を持っているお客様の通行が一番緊張を強いられます。本人に全く悪意も故意も無くても、作品を見ようと体勢を変えた瞬間鞄が動いて………何てこともある訳ですから。そして次に冷やっとさせられるのは衣服です。冬場のロングコート、マフラーを初めとして、夏場のショールやつばの広い帽子等々。自分の身体の延長上にあるものでも、やはり末端まで神経が通っているわけではありませんからね。振り向きざまが一番ドキドキします。そして更に怖いのは、実はチラシ、チケット、パンフレット、作品リストなんですよ。『自分達で配っておいて何を言ってるの』という声も聞こえるような気がしますが、お客様に多いのがパンフレットやチラシ、チケットを使って作品を差し示すという動作です。ペラペラの紙切れ一枚といえど、作品に当たればダメージもゼロではありません。指先よりも長い分だけ、実は作品にもっとも危険な存在になりうるのです。陶磁器に関してはいわゆる『吹き付け』で上絵付けならば絵付けが削れます。油彩や水彩画などの絵画作品では絵の具が削ぎとられることにも。作品に対する愛情のあまりに『この、ここの色が……』とか説明したくなるお気持ちはわかります。ですが、ヒートアップして振り回したチケットで作品損壊なんて結末は、やはり見たくないです。

オープン展示の手法というのは、現代アートのように、作品の形や、大きさなどの理由や、学芸員さんからのキュレーションのなかでケースに入れられないものを間近に感じてもらえる良い機会です。ガラス越しでは判らなかった質感や細かな色調の違いなど、観覧することで得るものも多いのは、もちろん理解しています。

ですが、看視員サイドからは、オープン展示は『尋常じゃないレベルの緊張を強いられる展示』という位置付けになるのです。内心ピリピリと神経を張り詰めていながら対応はあくまでもソフトに。にこやかに展示室内を動き回りながら監視員(看視員)、毎日胃をキリキリさせているんですよ。オープン展示のある展覧会は、胃薬と仲良しです。

そして、お子さん連れのお客様。もちろんきちんとした親御さんならば自分達のお子さんの行動を把握して危険ならば止めてくれる………というのは実は理想論でしかない、というのを日々ひしひし感じています。むしろ親御さんが観るのに夢中で子供さん放置(放牧)というパターンが最近増えているのは悩ましいです。子供なんて芸術が、わかる筈ないと思っているかもしれませんが、実はきちんと見方を教えてあげれば、十分楽しめるんですよね。子供たちは『何を、何処をみるか』がわからないからつまらないのであって、それさえ解れば大人そっちのけで展示に夢中になることが多いのです。

以上なかなか長い文章でしたが、私達看視員という仕事の内容、お分かり頂けましたでしょうか。🎵🎵😸😸👍

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