糸状乳頭に削られるミニーマウス

「エモい」が、未だによくわかっていない。「これエモくない?」と言われても、それな〜!ってならない。それなも使わないけど。語源のエモーショナルをググれば何となく雰囲気は把握できるが、説明がぼんやりというか、ありゃちょっと曖昧ではない?だからか、昨今その言葉を使いこなしているひとたちは、追いつけないほど非常に広い範囲でその言葉を使っているように思う。逆に言うと、もっと細やかであるはずの感情の動きを、「エモい」で十把一絡げに片付けてしまっているのでは、と思う。便利な言葉になりつつある。ひとの感情は言語化して始めて共通認識になるので、「エモい」という言葉で生命を持った感情も、死んでいった感情もあると思う。とはいえ、言葉は流動的なものなので、今死んだとて未来に生き返るかもしれないし、使い手によって意図が異なる言葉なんて腐る程あるし、エモいという言葉の賛否はどうでもいい。のに、なんだか批判めいて聞こえる言い方をしてしまった。失礼。ただただ、私は私の感情が死ぬのを認められなかったので、半ば意地になって感情に名前をつけてやろうと思ってこれを書いています。


例えば、娘とディズニーランドの映像を見ていて、1990年代後半の、赤地に白い水玉のドレスを着たミニーマウスのきぐるみを見てウグッとなった。(わざわざ年代まで記載したのは、どうやら年でお顔立ちがやや異なるらしいためだ。青いアイシャドウをつけているミニーマウス。)私は彼女を確かに知っており、そして恐らく、彼女にまつわる「絶対に忘れたくない(あるいは絶対に忘れられない)と思っていたが、忘れてしまった大切な思い出」がある。そういう感覚だった。これは多分「エモい」に含まれると思うんだけど、「エモいね」と言われると腑に落ちない。頑張って言語化すると、「老いた猫にからだの内側をざらりと舐められる」に近かった。大切なものが指の隙間をすり抜けていく、不明瞭になった愛と、後悔と、それを再確認するような優しい痛み。ちなみに老猫はノミとりシャンプーのにおいがする。この感情の動きを「ドシャい」とします。ラングドシャからきています。

例えば、大学時代に連日連夜遊び狂ったまちを、遊び相手であった夫と、その夫との子を連れて訪れた。コロナ禍で様子が大分変わった学生街、だのにはっきり溢れ返る学生時代の思い出。夫は隣で感慨深げに「エモいね」と言った。このひとエモいとか言うんだ、と思いつつ、ねー、と相槌をうった。でも全然エモいとは思ってなかった。「映画を見ている感じだな」と思っていた。楽しかったことや苦しかったことや、そういうのを、スクリーンに映るシーンとして思い出すことができる。私はその映画で確かに主演女優であったはずなのに、久しぶりに見ると全然知らない奴や、当時の助演俳優やエキストラが主役で続きをやっている。私はここであの映画の続きをやっていることさえ知らなかった。私が思い出せるあのシーンも、このシーンも、キラキラ光って最高だったのに、今や出演者も観客もみんな全然違うものをみてる。あれっ、私のあれこれは嘘だったか?とちょっとだけこわくなる。そういう感じ。まあ人生とは概ねそういうものかもしらんけれど。「ムビい」にします。ムービーの。流行んねえな。

ドシャいとムビいは全然違う。ディズニーランドでムビいな〜と思うことも、学生街でドシャいな!と思うこともあるだろうなと思う。こういう感情の動きを総じてエモいと呼ぶ人がいる、そしてそれが通じる。書いてて思ったけど、こんなに広い意味の言葉に共通の「型」?を見出だせる人間、すごいな。なんとなく言葉の根本を理解するんでしょ。意味が通じる、だけでは説明がつかないよね。差別用語と言われる言葉たちも、あれは背景とか思いを知ってたり理解したり嗅ぎ分けてたりするから差別になるんだものね。ふう〜ん。やや批判めいた書き出しから一転、言葉の奥深さに感心しています。つーか、エモいが理解できて140字のツイートの意図が読み取れない人は何がどうなってるの?

ここまでツラツラ書いてきたけど、あるわ、エモい、正反対の君と僕読むと「ッカ〜〜〜〜〜〜〜!!!!エモいな!!!!!」と思う。よくわかんないまんま思ってる。作品につられてるのかもしれない。感情の死を認めないぞと意気込む私の中にも私の中だけで死んでいった感情がたくさんあり、その死体の山の上でひとつふたつつまんでみて「ドシャい」とか、3日後には忘れているようなことを言ってるわけですな。夫への好きとか、明細を見ると2万6千種ありますからねえ。早く感情の色や温度やイメージや触り心地や痛みで伝えられるようになると良いな。いや、伝わりきらなくてもいいのかな。でも少しでも伝えたいからエモいという言葉が生まれたんだもんね。と、考えて、今私はトショい気持ちになっています。でかい図書館でみっちり並ぶ大量の本を見てウキウキワクワクする反面、絶対にすべてを読み切ることはできないという絶望のような色もある気持ちです。誰かもっとしっくりくる言葉に整えられたら教えてね。


おしまい。

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