エピクロス

生い立ち

アテナイの植民地、サモス島に生まれる
両親は移民だったため、その生活はとても貧しかった

18歳の時に兵役で2年間アテナイに上京
その際にアカデメイアなどで講義を受ける

兵役が終わるとアテナイを出て家族のもとに戻る
デモクリトス派の哲学者ナウシパネスに師事

30歳の頃、レスボス島にて学校を開くが、迫害を受け
翌年ラムプサコスに移り、そこで弟子を取るように

おおよそ5年後、弟子たちとともにアテナイに戻り
そこで庭付きの小さな家を購入、弟子たちと共同生活を始める
【エピクロスの園】

その後は、友人を訪ねる旅行以外はほとんどこの庭園で過ごし
紀元前270年に72歳でこの世を去る

快楽主義

『人生の目的は快楽であり、快楽こそが最高の善である』

エピクロスの生活は質素なもの
過剰な性交には否定的「それが人間の利益になることはない」

魂の快楽を追い求めるべき
…『平穏な心の状態』(アタラクシア)
生きていく上での欠乏をなくし
不必要な欲望に心が乱されることを避けるべき

物事には以下の3つのパターンがある

【自然かつ必要不可欠なもの】…衣食住
【自然だが必要不可欠ではないもの】…いわゆる贅沢
【自然でもなく必要不可欠でもないもの】…名声や権力など

【自然かつ必要不可欠なもの】のみで生活をし、
それ以上は求めない。
これによって魂が安定し、幸せな生活ができる

自然に生きるのが一番
…『隠れて生きよ』

現実主義者としての側面
デモクリトスを源流とする師を持つだけに
エピクロス自身も原子論者

死んだ後には魂ごと消滅すると考えた

死ぬと無になるので苦痛や欠乏も消える
快楽主義の観点から考えるとこれは望ましい
死は怖いものではない

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