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連珠世界選手権記・15 強くなりたいのか、勝ちたいのか

全てのラウンドが終わり、夕方表彰式が行われた。

五目AT&BT、連珠AT&BT、連珠WTのトロフィーが並んでいた。想像以上に大きく、立派だった。私は涙ぐんだ。こんなに美しく誇らしいものを貰ったら、どんな気持ちになるんだろうと。想像もつかないし、想像しようと思っただけで胸がいっぱいになった。

正直なことを言うと、来る前の自分はメダルを欲しいという強い気持ちを持っていたわけではなかった。もし結果を残せれば日本で連珠を記事にしてもらい、連珠のことを普及するお手伝いができるかも、というヨコシマな打算しかなかった。私が連珠を頑張れば、人の為になれるかもなどという、思いあがりがあったのだ。私は実際のトロフィーを見て、一緒に戦った仲間たちを見て、心から受賞した人を祝福したくなったし、この日初めて震えるほどに羨ましい世界があるのだと知った。

これまでは誰が表彰されていても、表彰状を見ても、遠い世界の出来事で何の感慨も無かった。私はこの場に心を震わせて参加できているということだけで、もう充分だった。頑張ってきてよかった。

エストニアは連珠普及王国だ。アンツ・ソーソロフが育成した選手、子どもから元世界チャンピオンまでが総出でスタッフとして従事していた。中村茂と番勝負を戦ったあの伝説のメリテーは、式典で効果音を調整する音響スタッフをしていた。誰もが対等に大会を盛り上げようとしていた。スタッフ全員に表彰状を渡したのは、素晴らしいことだと思う。

選手も全員が表彰された。AT、WTだけでなく、オープン大会のBTまで。名前入りで一枚一枚印刷され、全てにアンツの署名が入っていた。この場で一緒の時を過ごした全員に互いが拍手を送り合った。

AT初参加の井上さんは12位。1勝するまで長く、途中は重苦しい空気を漂わせていたが、一度勝ってからは吹っ切れ、のびのびと打っていた。ATは誰もが出られるものではない。この経験が今後の連珠人生の糧となるだろう。

小山さんは目標の5割を取って7位。前半はレースを引っ張るペースメーカーとなり、日本選手の活躍を後押ししたと思う。棋譜が最も美しかった記録賞も併せて受賞した。

岡部さんは表彰式でも隙あらば目立とうとしていた。自身最高タイの5位。順位より何より、こんなに濃密でしんどいことを2年に一度ずっと抱えて生きてきたことが凄いと思った。その苦労の一端を今回見られた気がした。

中山4位。QTと併せて18局を満身創痍になりながら戦い抜いた。QT出場者の中で、上位に入ったのは彼だけだ。誇らしい結果だと思う。

そして神谷君3位。おめでとうございます。

夜の街に繰り出す神谷君のトロフィーを、代わりにホテルに運んだ。ところが神谷中山部屋が余りにも汚く(連珠にリソースを全部投入したため!)トロフィーが置ける場所がない。私はこっそり自分の部屋に飾った。

夜の街に繰り出した神谷君はなかなか戻って来なかった。中山は神谷のいない部屋で「はっきり言ってめちゃくちゃ悔しいよ」と言った。「このトロフィー、叩き壊したいもん」。

私は笑い、そんな暴言を吐ける先生を愛おしく思った。だって、この世の誰がそんなことを言えますか?神谷君相手に悔しいと言えるは、トロフィーを叩き壊しても許されるのは、ほんの一握りの、力一杯やりきった人間だけ。そう言える先生は間違いなくカッコいい。メダルとか関係ない。順番なんか付けたくないほどカッコ良かった。

帰りの機内で、中山は「2年後の世界選手権は、強くなりたいのか、それとも勝ちたいのか、自分がどうしたいかを決めた方がいい」と私に言った。どちらも求めると中途半端になって良くないことが今回分かったと言う。「勝つ為の方法論と、連珠が強くなることは違う」。

私は「次は勝ちたい。でも勝つことより強くなりたい。強くなるための勉強がしたい」と答えた。自分の実力は勝ちたいと言える土俵に立ってない。まだわかってないことが沢山ある。連珠のことをもっと知りたい。

その一方で、今度は大会に特化した準備をして臨みたい。勝ちたいのもあるが、それは結果なので自分がコントロールできるものではない。それよりも、準備をして臨んだら何が見えるか、何を感じるかにとても興味がある。一つの実験として、一生に一度ぐらいはやってみたいと思った。

私が決めかねていると、「1年は強くなるためのことをして、そこでまた改めてどうしたいか考えてもいいかもね」と中山は言った。私もそう思った。そして当たり前のように2年後の話をしてくれたことに、棋力も立場も違っても同じ選手として対等に話してくれたことに、この上ない幸せを感じた。

私は中山に言われたことを2年間考え続けようと思う。そして次は他の誰のためでもなく、自分の為に世界選手権に参加しようと思う。

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