ビーチグラス

ビーチグラスをご存知か。砂利っぽい砂浜の波打ち際に落ちている、波に削られサラサラの手触りになったガラスの事である。
わたしは綺麗な石を集める癖があるが、ビーチグラスも集めているのである。
そしてビーチグラスを集めるのに適した海は、わたしが知る中では葉山が一番である。

25歳の頃、大学時代のバイトの先輩ユリさんに組んでもらった合コンで宮内さんという男性と出会った。
宮内さんは香川県出身で笑顔が優しく金払いもよく昨今の男性に珍しいマッチョマンであった。
後日会う約束をして店に入り席につくときには何気なく椅子を引いてくれたり、重いドアを押さえてくれたりと気遣いが細やかでたちまち好きになった。

ある暑い日のこと、ハードロックカフェでポテトをかじりながらわたしは「タッチよりH2の方が好き」などと熱弁をふるっており、宮内さんはウンウンと聞いてくれていた。
その日パシフィコ横浜では学会が開かれており、友人がわたしの舞い上がった姿を見たよとメールをくれた。「学会をサボって何をしているのかと思えば大声で喋りながら笑顔で男と歩いていたね」と。
そのデートでわたしはビーチグラスを集める趣味があることを彼に打ち明けたのだった。
すると宮内さんは面白そうに「今すぐそれを拾いに行こう」と提案した。
調べてみると漂流物の多い浜といえば葉山らしい。
初めての葉山。
キラキラしたかけらを拾うため、ハードロックカフェを出て我々は葉山へ急いだ。
逗子駅からバスに乗り、肩がふれるほど狭い座席で宮内さんは「将来このあたりに一戸建てを買って住みたい。UMIちゃんはどう思う?」などと語った。
わたしはときめきのメーターが振り切れ「素敵ですね、家庭菜園なんかやってみたい」などと合わせた。
潮風は家や車を早くダメにすると知っていたし虫も土も大嫌いであるにもかかわらずである。
バスを降り住宅街を抜けると砂浜があった。
わたしはサンダルが汚れる前に靴を脱ぎ裸足で砂浜に足を踏み入れた。

砂が指の間にモリモリ侵入してきて気持ち悪い。不安定な足元。さりげなく宮内さんの腕にふれたらどう思うかしら。神奈川の砂浜ってゴミ多いな。これはガラスもありますわ。フナムシみたいなのいる。帰り足どうしよう。まさか今日海に来るとは思わなかった。ペース乱されてドキドキしちゃう。準備なく海に来るのってほんと最悪。

心と頭が完全に乖離したまま波打ち際に向かうと驚くほどたくさん、そこらじゅうにビーチグラスを見つけることができた。
大中小、カルピス、薄緑。
キラキラしたかけらを、お互い見せ合いながら拾い集め、足をふいた後のタオルハンカチに包んで持ち帰った。

帰ってからユリさんに電話して「宮内さんってどんな人?」と聞くとユリさんはあまり関心がなさそうに「入学の時とすごく変わったんだよね…田舎の古い家柄で跡取りだから親がすごく厳しかったって言ってたかな。」と不思議な答えをした。跡取り?

何か結論を焦ったわたしは「つぎのデートは宮内さんの行きたいところへ行きましょう」と提案し、渋谷のワインバーでベロベロに酔っ払い、円山町の隠れ家バーで終電を逃し、ホテルへ向かった。
そして。
宮内さんは、あからさますぎてひくほど連絡が途絶えがちになった。
口の悪い同僚は「ヤリモクだろ」と呆れた様子だったがわたしはあのキラキラが忘れられず連絡を取り続けた。
すると、根負けしたのかある日連絡が来て新宿で会うことになった。
タバコくさい座敷席で彼が教えてくれたのは、仕事の人間関係が難しいこと、寮生活のストレス、忙しくてあまり寝ていないこと、わたしと出会う前の合コンで知り合った女の子からLINEの返信がなく諦めていたら最近急に連絡があり関係に進展があったこと、など。
あんまりに身勝手な内部事情の数々であった。
つまり一発やられてしっかりと天秤にかけられ、フラれたということであった。

ビーチグラスを見るとあの日のキラキラした海と汚い浜辺を思い出す。
なんだかケチがついてビーチグラスを集めるのはやめてしまった。
でもジャリっと砂を噛んだような後味悪い出来事なのになぜか輝いて忘れられないのである。
#エッセイ

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