つまらない青年『高橋和巳全集2』327頁

なにも大理想をもたないからその青年がつまらない人間だとは限りませんよ。いや、むしろそれは逆なんじゃないかな。はなはだしく野心的な若者は、往々にしてもっとも下劣なやつであることが多いんですよ。誰だってスキーがうまく滑れれば、滑ってる間はけっこう楽しいんだし、女の子と道を歩けば、その間、擽ったい感じがするでしょう。無理にそれを感じないで、何か観念的なこと考えている方が青年らしいというのは滑稽ですよ。憂鬱になったりスランプにおちいったりしたときでもそうでしょう。生理的に抑圧されたり欲しいものが買えなかったりしたときは誰だって楽しくはない。だけど、そのとき世界中が間違っているとか、社会機構を根本的に変革しなければ幸福はないなんて考えるのは馬鹿げている。それよりは、風呂に入ったり、酒を飲んでバーの女給と悪ふざけでもして一夜睡れば、また明日は気分が変わりますよ。(……)それだけでしょう。いけないんですか、それが。なんか、もっと深刻になって髪の毛を掻きむしったり、女の子の股をまさぐりながら神の観念でも思い出して自分を責めよって言うんですか。
高橋和巳「悲の器」『なにも大理想をもたないからその青年がつまらない人間だとは限りませんよ。いや、むしろそれは逆なんじゃないかな。はなはだしく野心的な若者は、往々にしてもっとも下劣なやつであることが多いんですよ。誰だってスキーがうまく滑れれば、滑ってる間はけっこう楽しいんだし、女の子と道を歩けば、その間、擽ったい感じがするでしょう。無理にそれを感じないで、何か観念的なこと考えている方が青年らしいというのは滑稽ですよ。憂鬱になったりスランプにおちいったりしたときでもそうでしょう。生理的に抑圧されたり欲しいものが買えなかったりしたときは誰だって楽しくはない。だけど、そのとき世界中が間違っているとか、社会機構を根本的に変革しなければ幸福はないなんて考えるのは馬鹿げている。それよりは、風呂に入ったり、酒を飲んでバーの女給と悪ふざけでもして一夜睡れば、また明日は気分が変わりますよ。(……)それだけでしょう。いけないんですか、それが。なんか、もっと深刻になって髪の毛を掻きむしったり、女の子の股をまさぐりながら神の観念でも思い出して自分を責めよって言うんですか。
高橋和巳『悲の器』『高橋和巳全集2』327頁

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