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人は「架空」を求めている?

現代社会は、「架空」で溢れている。
漫画や小説、Netflix、匿名でやるSNS、ゲームの世界。自分の頭の中で妄想や思考を運んでいる時間も、「架空」と呼び得るかも。

ではなぜ、「架空」は求められるのか。きっと、現実逃避。

なぜ現実から逃避したくなるのか。
現実とは常々、わけがわからないものだから。揺れ動く理解不能は不安感であり、その不安感は我々から安心感を奪い取る。安心感を取り戻すために、架空の世界に潜り込む。そこには根源的な理解不能が住んでいないから。

飲酒は私を別の私へと運んでくれる。自分を取り繕ってみることで、「私」という理解不能な存在をとらえた気になってみる。

というより、私は生まれた時から、純粋な存在として生きることはできず、「生きる」という動詞の意味は、しばしば文化に色づけられているのか。「生きる」こととは、「演じる」ことでもあるのかもしれない。意識的にも、無意識的にも、何かを演じているのかもしれない。

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