似非エッセイ『HANA-BI』(#シロクマ文芸部)

(本文588文字)

 ありがとう、ごめんね——。
 そして、海岸に二発の銃声が鳴り響く。

 北野武監督の「HANA-BI」は1998年公開され、第54回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞(最優秀作品賞に該当)を受賞した、日本映画史に燦然と輝く名作です。そのエンディングに、冒頭に書いたやり取りがあるのです。

 実は、この台詞は主人公(たけしさん)の妻役の岸本加世子さんのセリフですが、この夫婦はシャイながらもお互いを信頼し切っていて、いちいちやり取りが微笑ましくて、言葉も不要なぐらいに理解し合っているのですが、実際に作中にセリフがないのです。
 そして、最後の最後に初めて声にした言葉が、冒頭のセリフなのです。つまり、岸本加世子さんの唯一のセリフです。
 そこに至るまでのストーリーや設定など、詳細は省かせていただきますが、仕草と表情だけの二人の演技は、圧巻です。

 ありがとう、ごめんね。

 この二つの言葉が持つ重みを、これほどまで簡潔に、そして見事に、効果的に、象徴的に表現したシーンは他に類を見ないでしょう。胸に迫るものがあり、あまりにも切実で、純粋な「愛」に打ちのめされるのです。

「ありがとう」と「ごめんなさい」を言えない人……いえ、厳密には、その言葉を必要とする感情を持てない人は、寂しい人だと思います。
「ありがとう」と「ごめんなさい」を、素直に口するだけで、解決することはたくさんあると思うのです。


(了)


#シロクマ文芸部

レビューのような、エッセイのような、「似非エッセイ」として参加させていただきます。
HANA-BI』は北野作品の中では、個人的には一番好きかも。