「感じやすく弱い」ことはむしろ強みになる

社会的弱者を英語でいうと 「ソーシャル・ビュルネラブルズ」になるのだが、このビュルネラブルというのは単に弱い、というだけではなく、影響を受けやすい・感受性が高い、ゆえにときに弱い立場に追い込まれる、という含みがある。

この繊細さゆえの弱さ、というのは、今の時代むしろ強みになったりする。ので、リーダーシップの文脈でこのある種の「弱さ」が専門的に研究されていたりするのだ。サーバント(家来の)・リーダーシップ、とかいって。でも、なぜ弱さが強みになるのか。

話を聞く、というのと、話をする・指示を出すというのが、リーダーのするべきことの全てだろう。グローバル企業で世界中のデキる人の仕事ぶりをじっくり観察しているうちに、その両方において、リーダーシップには3つの発展段階があると気づいた。

まず「聞く」技能において、3流のリーダーは聞き流す。しっかりと向き合って話を聞くことをしない。2流のリーダーはフィードバックをする。それならこうしたらどうか、と。1流のリーダーはただ共感する。あーそれはキツいよね、と。そして、自らが鏡になって、相手に自分の姿を見せてあげる。でも、その話をするときちょっと嬉しそうだったよ、などと。そして、相手が自ら答えを出すように導くのだ。

余談ながら、これって男女関係、友達関係にも言えたりして、いわゆる愚痴を聞く時って、変にアドバイスをするより、ただ共感してあげればよかったりする。するとちょっと冷静になって頭が整理され、勝手に自分で答えをみつけてすっきりしたり。

「話す」技能において、3流のリーダーは「やれ。理由?仕事だからだ」という態度をとる。2流のリーダーはその仕事の重要性を、会社全体の視点と個人の能力開発の両方の視点から語ってきかせる。1流のリーダーは、「助けてくれ!これはお前しかできない」と部下をうまく頼りにする。

いずれにおいても、1流のリーダーはどこか弱い。不完全、と言い換えてもいい。部下の共感ポイントをさぐるのに、部下を頼りにするのに、感じやすさは大きな武器になる。強すぎる感じやすさは弱さにもつながるが、まあそれでも感受性がないよりずっといい。

ビジョンやゴールを示す能力はもちろん必要だ。先頭にたってみんなを文字通り導く必要もある。しかし、みんなをそこへ連れていく道中、リーダーは必ずしも強くなくてもいい。完璧でなくてもいい。むしろ、不完全で感じやすく、弱いところがあったほうがいい。きょうびそういうリーダーに、人はついていくのだ。

おわり

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